おっちゃんの四季通信

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「葛城の道」を歩く その14

2009-03-02 21:00:51 | ウォーキング

「葛城の道」を歩く その14
九品寺を左折して葛城の道を進みます。
九品寺の石仏の数の多さを思い出しつつ、歩いて行きます。
この九品寺は、行基が開祖、空海が中興の祖、歴史を感じます。
しかもこの地は、空海が気に入った所です。
葛城の道は、歴史ある街道です。

ここにも石仏が・・・・・・  ここの村人の信仰の厚さが思われます。

遠くに大和三山が・・・・・・
葛城の道 ここは畦道を歩く感じです。


なにか塔が・・・・・・
見落としそうですが「番水の時計」です。これは利水のための時計があります。
今でも約40件の農家がこの時計の時間に合わせ取水をされているそうです。
ところどころに水路を堰止めて水の流れを調整されています。

塔の中には実際に時計があって(夏季だけ)、この地区の田の水は
この時計の指す時刻を基準にして分配されています。
時計を見ようと思って覘きましたが良くわかりません。
夏の間だけ時計があるようです。

 

番水の時計を見て次のポイントへと・・・・・
突き当たりを左折します。

民家の間を抜けて・・・・・・・

葛城の道を歩いて行きます。1人ですのでのどかな風景を楽しみながら・・・・・

突き当たりを左に山に向かって・・・・・  
                                        この先を右に・・・・

右に曲がると、また田園風景が・・・・

狭い道を歩いて行きます。

もう少し先に六地蔵が・・・・・・

やっと六地蔵に到着。これが六地蔵 ?
六地蔵石仏があるこの地区は櫛羅(くじら)と呼ばれています。
中世には、倶尸羅と書かれた。語源は「崩れ」であることから。
そして伝承によれば、六地蔵が彫られた大きな石も、室町時代に
土石流が発生し、現在の場所に流れ着いたと言われ、その大災害に対し、
村人は仏教の六道をもって衆生を救うという、仏法の精神に照らし
極楽浄土を願い、その頃に彫ったと伝えられています。

この地の六地蔵は特別な石仏ではなく、村人の強い信仰心から大きな石に
刻んだものと考えられいます。


向かって右から天上道(日光菩薩)人間道(除蓋障菩薩)修羅道(持地菩薩)
畜生道(宝印菩薩)餓鬼道(宝珠菩薩)地獄道(壇蛇菩薩)となっています。
石の刻みが少なくなりよくわかりません。
何か修復をほどかさないと消えていく運命かと心配になります。


このまま近鉄御所駅へと・・・・
反対方向は、葛城山ロープーウェイ乗場です。

とにかく下っていきます。


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