時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

タイムマシンで見る近未来?

2016年01月14日 | 午後のティールーム

"The Great European Disaster Movie" Official Film TRAILER @Springshot Productions


The Great European Disaster Movie (2015)
Springshot Productions, ARTE, BBC
NHK BS1で放映
 

タイムマシンから見た近未来ヨーロッパ? 

 ロンドン発ベルリン行きの航空機の中で、中年の男が隣り合わせた少女の質問に答えているシーンが映る。使い古したユーロ紙幣を見せながら、ヨーロッパにはかつてEUという共同体があったという話をしている。ベルリンの空港に近づくにつれて機体は激しく揺れる。機内はなんとなくざわめいて不穏な雰囲気でもある★1SFの世界を多少ご存知の方なら、これだけで、この航空機H.G.ウエルズの『タイムマシン』をモデルにしたものだと分かるはずだ(ウエルズの代表作『タイムマシン』(1895)には、実際にこれに似た情景が出てくる)。機内に映し出された時期は現在からさほど遠くない近未来らしい。

ウエルズの『タイムマシン』では、「タイム・トラヴェラー」は通常一定の方向性を持った(物理学でいう)「高速(velocity)」で、光のような速さで飛行するため、リスクは生じないが、着陸時など速度が低下する際(近時点)には機体が個体状(solid)のものに対するため激動に遭遇することになっている。

機内では機長アナウンスがあり、ベルリン空港には電力不足で着陸できなくなり、オランダのアムステルダム空港に方向変更し着陸すると告げられる。しかし、まもなく、それも不可能になりパリに向かうとのアナウンスだ(筆者も何度か空路でベルリンを訪れたことがあるが、この土地固有の気流の関係かあるいは偶然か、いつも航空機が大きく揺れたことを思い出す。東西ベルリンに分かれていた頃は、日本から低コストで行けたのは、アエロフロートという少し勇気のいる?航空機でモスクワ経由だった。機材のイリューシンはもともと軍用機として開発されたこともあって、後部座席に行くほど狭くなり、結露した水が天井から落ちてきたことを思い出した。前方のファーストクラスにはソ連の制服組をしばしば見かけた。東西ドイツ統一前の時期は、到着はかつての東ベルリン、シェーネフェルト空港だった(その後はアエロフロート以外はテーゲル空港、現在、ブランデンブルグ国際空港として拡大建設中、完成は2016年か)。
 

閑話休題。画面は大英帝国でチャーチル首相が活躍していた盛期の映像から始まり、世界大戦を経て今日の混乱した情景、かつて存在したEU(「ヨーロッパ連合」)が、ギリシャ、スペイン、イタリアなどの財政破綻、EUの主導国の役割を担うドイツから要求される緊縮財政への不満、増加する移民・難民とそれに対応できない受け入れ側の衝突など、近年深刻な課題が次々と画面に登場する。

説明するまでもなく、すでに過ぎ去った過去となった時代を近未来のある時を飛行しているタイムマシンから、回顧するという設定だ。そして航空機が飛んでいるのは、EUが崩壊したという設定でのヨーロッパであり、大きな混乱の中にあり、政治的には極右や極左の政党が勢力を拡大している。フランスでは国民戦線党首のマリーヌ・ルペンが首相の座についていた。ドイツはペギーダが一大勢力になっていた。

未来予測のひとつの前提は、過去、現在に存在したものは近未来においても、存在する可能性が高い。2030年という近未来では、現在の世界と比較して大きく違ったものは見えてこない。現在は存在しないものが、突如として予測される可能性は低い。21世紀になってからは不安なマイナス材料が多いから、当然暗い未来として投影される。

この点に関連して、19世紀後半から20世紀前半、世界を知的に独占したようなH.G.ウエルズの想像性の豊かさとその次元の大きさには、改めて驚嘆させられる。文字通り時代を超えた「知の巨人」であった。SFフィクションから始まり、ユートピア思想、科学や社会思想、政治経済学、世界戦争、そして日本国憲法の原案にまで影響を与えた。憲法のことを論じる人でも、ウエルズの思想との関連を知る人は少ない。最近ではウエルズの私生活、とりわけ奔放な女性との交際関係が話題となったが、この点はこの希有な人物が活動していた当時からかなり知られていた事実であった★2。結核、腎臓病、糖尿病、肝臓がんなど多くの病と闘いながらも、この「知の巨人」は79歳まで生きた。ウエルズについては、その生涯と作品、思想をもう一度見直してみたいのだが、筆者にはその時間はない。しかし、人生のさまざまな折に頭に浮かんでくる偉大な存在であることに変わりはない。

 

 

★1

 H.G.Wells の『タイムマシン』で、タイムトラヴェラーが時空の構成を次のように説明している:

“Clearly.” The Time Traveler proceeded, “any real body must have extension in four directions: it must have Length, Breadth, Thickness and ― Duration…. There are really four dimensions, three which we call the three planes of space and, a fourth, Time. There is, however, a tendency to draw an unreal distinction between the former three dimensions and the latter”

―Herbert George Wells (1866-1946), The Time Machine (1895)

邦訳はH.G.ウエルズ作(橋本槇矩訳)『タイム・マシン他9篇』 1991年、岩波文庫

★2 

 David Lodge, A Man of Parts, Harville Secker, 2011(デイヴィッド・ロッジ 高瀬進訳『絶倫の人:小説H.G. ウエルズ』 2013年、白水社

 

 


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