goo blog サービス終了のお知らせ 

大倉草紙

旅の記録 食の記録 日々の記録

【東京】 木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし (東京都写真美術館)

2010年01月06日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月10日(木)
当日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】 → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


木村伊兵衛(1901-1974)とアンリ・カルティエ=ブレッソン(1908-2004)は、同じ時代にライカによって作品を残したふたり。
展覧会のサブタイトルに「東洋と西洋のまなざし」とある。
それが洋の東西によるものなのかは分からないが、ふたりの巨匠の作品の構図は明らかに違う。


木村伊兵衛『秋田市、仁井田』(1953年)


アンリ・カルティエ=ブレッソン『ラークィラ・デリ・アブルッツィ、イタリア』(1951年)

アンリ・カルティエ=ブレッソンの構図には、隙がない。
劇的なある瞬間をとらえるというのではなく、計算しつくされた構図となる瞬間を待っているかのようだ。
いっぽう、木村伊兵衛の作品にはピントの甘いものもあり、それがうまい具合に表現方法のひとつとなっているように思えた。

互いの姿を撮影したものもある。

アンリ・カルティエ=ブレッソン『木村伊兵衛』(1954年)


木村伊兵衛『アンリ・カルティエ=ブレッソン』(1954年)

著名人を撮影したものも多く、なるほど、この人の個性が出ているな、と観ていて非常に面白かった。
木村伊兵衛が撮影した著名人は、上村松園、鏑木清方、川合玉堂、横山大観、谷崎潤一郎、永井荷風ら。
アンリ・カルティエ=ブレッソンが撮影した著名人は、アンリ・マティス、ジョリオ・キューリー夫妻、ジョルジュ・ルオー、トルーマン・カポーティ、ジャン・ポール・サルトル、ジャン・ジュネ、ココ・シャネルら。

【東京】 冷泉家 王朝の和歌守展 (東京都美術館)

2009年12月20日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月19日(土)


最終日直前の昨日、「冷泉家王朝の和歌守展」へ行く。
和歌や書に特別な興味があるわけではないのだが、以前、テレビで冷泉家に関する番組を見てからというもの、京都に唯一残った公家である冷泉家に関心を抱くようになったのだ。
以来、京都御所を散策しながら「冷泉さんもここを散歩しているんだよなあ」と思ったり、そのそばの冷泉さんのお宅の前を通っては何とも譬えようの不思議な気持ちになったりしたものだ。
冷泉家の前の今出川通りは、舗装された道路を当たり前のように車が行き交う。
近くはゴミの収集所になっていて、カラス除けの青いネットが置いてある。
同志社大学の洋風の校舎が偉そうに建っている。
でも、塀の向こうには貴重な和歌集の眠る蔵があり、主家では古くからのしきたりに則った歌会が催されているのだ。
塀を越えた向こうの空間だけ、歴史の密度が違うような気がする。

そんなわけで、会場を入ってすぐに展示されている京都御所周辺のパネルからしてとても面白く感じられた。
展示品の数は夥しく、しかも、国宝や重要文化財に指定されているものが多い。


国宝『明月記』藤原定家自筆


重要文化財『仲文集』藤原定家監督書写


『光格天皇宸翰』

よくこれだけのものが、これだけ良い状態で残ったものだ。
冷泉家の蔵は、火災の際に屋根を落とすことのできる置屋根という構造を持っているそうだ。
それで、天明の大火(1788)でも、蔵は類焼を免れることができたのだという。

1980年年4月4日付の「朝日新聞」朝刊1面がパネルになっている。
「冷泉家古文書を公開 定家の『明月記』確認」という見出しが躍る。
勅禁により公開を許されていなかった冷泉家の和歌の典籍類を、24代目当主である冷泉為任氏が公開にふみきったというのだ。
「今日よりは重き戸開き世に出(いだ)す遠つ御祖(みおや)の水茎のあと」
これは、蔵の公開にあたって、冷泉為任氏の妻・布美子さんが詠んだ歌。
冷泉家が公開を決心するまでの心の内が伝わってくるようだ。

【東京】 清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界 (サントリー美術館)

2009年12月19日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月10日(木)
当日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】 → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


「清くあれ 潔くあれ うるはしくあれ」という言葉は、鏑木清方によるもの。
深く、心に沁みる。

会場に入ると、チラシにある『春雪』が迎えてくれる。
戦時中に疎開していた御殿場から見た富士の景色をイメージした作品なのだそうだ。
帰宅した夫の羽織をたたむ妻の姿。
溜息が出るほどの着物の美しさに釘付け。


『妖魚』
ただならぬ妖気。
肌の感じ、髪の感じ、そしてその眼差し。
コワいのだけれど、強烈に惹かれてしまう。
妖魚が掌で弄んでいるのは、小さな魚。


『秋の夜』
女性の視線の先にいるのは、コオロギ。
コオロギは脚の毛まで細かく描かれている。
女性のふんわりとした表情もいい。

【東京】 新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯 (根津美術館)

2009年12月18日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月10日(木)
当日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】 → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


青山(せいざん)と号した初代根津嘉一郎の茶道具が展示されている。
青山の茶の湯デビューは、大正7年(1918)。
それに先立つ大正2年(1913)には、南青山の庭園を講評してもらう「庭園講評会」を開いたそうだ。
山縣有朋にその庭を認めてもらいたかったらしい。


こちらは無鄰菴。
作庭は、七代目小川治兵衛。
ここに行った日は、えらく頭が痛かったのを思い出した。


こちらは並河靖之七宝記念館(旧並河靖之七邸)の庭。
無鄰菴と同じく、七代目小川治兵衛の手による。

さてさて、展覧会の話。
「壺割茶会」(大正11年12月26日)の話がおかしかった。
利休が花入の耳を欠いたように信楽の大壺の口を欠いたらいい、と高橋箒庵(そうあん)が青山に提案したという。
青山はしぶしぶ実行する。
茶会でその壺を目にした益田鈍翁(どんのう)が喝采し、青山はやっと納得がいったという話。
展示されていた『信楽壺花生 銘 破全』は素晴らしかったけれど、これなのかな?


『鼠短檠』
かわいらしい。
これに我が家の猫は反応するだろうか?
かわいいといえば、「夕陽茶会」の時に用いられた『交趾狸香合』も。
狸じゃなくて、熊みたいだったけれど。


『鼠志野茶碗 銘 山端』(重要文化財)
味わいのある素敵な茶碗。


伝 李安忠筆『鶉図』(国宝)
足利義教の鑑蔵印の入ったもの。
鶉の羽根の毛が、感動するほどに細かく描かれている。
朱いクコの実が全体をひきたてている。


飯塚桃葉作『百草蒔絵薬箪笥』
まあなんと綺麗なこと!
実にモダンなデザイン。うっとり。

【東京】 浮世絵の雪景色 (浮世絵太田記念美術館)

2009年12月17日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月10日(木)
当日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】 → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


展覧会の話、だけど、雪の話から。

関東平野に降る雪は、たかが知れている。
珍しいから、心惹かれる。なんだってそうだ。
だから、子どもの頃から、雪が降ると心がわくわくした。
温暖なところで降る雪は、水分をたっぷり含んでいて、綿みたいにふかふかだ。
だからなのかどうかは知らないが、降る雪は何重にもカーテンがかかったように見えた。
そんな雪を、教室の窓からずっと見詰めていたのを憶えている。
それから少し経って、雪のたくさん降る国で過ごしたこともあった。
そこで降る雪はサラサラだったから、私の知っていた雪とは全く違った。
足跡がつかないのだ。

雪は、足跡がつくから楽しくて、
足跡がつくから、さみしい、と思う。

そんなことを考えながら、太田記念美術館に向かった。
……ゴメンナサイ、正確には、お腹がすいたので、渋谷のマクドナルドでチキンフィレサンドセットを食べながら、そんなことを思った、のだ。

最初に観たのは、川又常正『遊女見送り之図』。
画題通り、遊女が男を見送っている。
遠く、小さくなった男を、女は見詰めている。
解説があった。
他の女のもとに通う夫の安否を気遣いながら見送る妻の姿だという説もあるという。
んー、度量が大きいことですなあ。
足跡が雪で埋まっても、待っているのだろう。
「足跡がつくから、さみしい」のだ。
浮世絵の彼女をランチにでも誘おうか。

歌川国貞(三代歌川豊国)の『今様三十二相 さむ相』は、こま絵の寒そうな男性に目をやりながら火鉢にあたる女性の姿が描かれている。
まるでテレビを見ているよう。


歌川広重『名所江戸百景 深川洲崎十万坪』はおなじみの一点。
遠くに見えるのは筑波山。
鷹の視線の先には、桶があるっていうのがおもしろい。

歌川芳虎『忠臣雪夜志』と歌川広重『忠臣蔵 夜討』を観ながら、ああ、もうそんな季節なんだな、と思う(※コレを書いたのは12月14日より前)。
どちらも犬がいるのだけれど、綱吉の時代だったから?

歌川国貞・歌川国久『江戸名所百人美女 猿若町』や歌川国貞(三代歌川豊国)『花鳥風月ノ内 鳥』は、着物にうっとり。
空刷りが美しい。

葛飾北斎『勝景雪月花 摂津能瀬の雪』では、能勢妙見山を描いている。
行ったことのある場所だと、興味の持ち方が違ってくる。

能勢妙見山の山門には、こんなふうに、最高気温と最低気温をグラフにして貼ってあった。
寒いからこそ、このようなグラフがあるのだろうなあ。

最後に、チラシにもなっている歌川広重の『木曽路之山川』。
なまじ凍っちゃっているよりも冷めたそうな深い青色の水に浮かぶ雪が、これまた寒そう。
そんな中、橋を渡る人が小さく、ちいさく描かれている。

【東京】 ユートピア -描かれし夢と楽園- (出光美術館)

2009年12月15日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月12日(土)
当日の行程:(東京メトロ・日本橋駅) → 【安井曾太郎の肖像画(ブリヂストン美術館)】【特別展 江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆 × 絵(三井記念美術館)】 → (東京メトロ・日本橋駅~神田駅…JR・神田駅~お茶の水駅) → 【大名と領地 お殿様のお引っ越し(明治大学博物館)】 → (東京メトロ・新お茶の水駅~日比谷駅) → 【ユートピア -描かれし夢と楽園-(出光美術館)】


ぐっすり眠っている布袋がいる(『布袋図』)。
ユートピアは、やはり時が止まっている。

小杉放菴『洞裡長春』は、洞窟の中から外の桃源郷を眺める図。
黒い枠が洞窟を表しているというのが面白い。

『吉野龍田図屏風』は、つい先日まで根津美術館で展示されていた『吉野龍田図』とホントそっくり。
パネルにその違いが説明されていた。
短冊があるのが根津美術館の『吉野龍田図』。

景徳鎮『粉彩百鹿文双耳扁壺』は、鹿だらけ。
「鹿(ロク)」は「禄(ロク)」との音が同じことから、富をもたらす縁起の良い動物なのだそうだ。

仙『百寿老画賛』は、100人どころか、寿老人を含めると120人も描かれているそうだ。
どのおじーさんもえらく楽しそう。
こういうの好きだ。

鈴木其一『秋草図』、酒井抱一『十二カ月花鳥図貼付屏風』、伝・俵屋宗達『四季草花図屏風』は、いずれもうっとりしてしまう美しさ。

勝川春草『美人鑑賞図』は、美人を鑑賞する図ではなくて、美人たちが絵を鑑賞する図。
だけど、絵を鑑賞する美人を鑑賞する私。
これで、私が美人であれば、絵を鑑賞する美人を鑑賞する私を鑑賞する誰かがいたりなんかして面白いのだが、残念ながら……。
美人が集まって絵を鑑賞している姿は、塀の外からはうかがい知ることができない「楽園」なのだそうだ。

【東京】 大名と領地 お殿様のお引っ越し (明治大学博物館)

2009年12月12日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
本日の行程:(東京メトロ・日本橋駅) → 【安井曾太郎の肖像画(ブリヂストン美術館)】【特別展 江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆 × 絵(三井記念美術館)】 → (東京メトロ・日本橋駅~神田駅…JR・神田駅~お茶の水駅) → 【大名と領地 お殿様のお引っ越し(明治大学博物館)】 → (東京メトロ・新お茶の水駅~日比谷駅) → 【ユートピア -描かれし夢と楽園-(出光美術館)】


あぁ、あれは懐かしい篠山城へ行ったとき、転封に関する展示を見た。
分かっているようで分かっていなかった「転封」。
へえーこんな風に移動するんだ、と初めて知った。

さて、「お殿様のお引っ越し」では、延享4年(1747)、陸奥国磐城平を治めていた内藤家が日向国延岡へ、延岡を治めていた牧野家が常陸国笠間へ、笠間を治めていた井上家が磐城平へ領地を移される三方領地替えの際の内藤家の資料を中心に展示されている。
チラシにあるのは、『延岡城下図屏風』。
この図屏風は、内藤家が転封されるより50~60年ほど前、有馬康純が治めていた時代のもの。
右隻には、延岡城のほかに、今山八幡宮の神事能が描かれている。
転封で城主が交替しても滞りなく神事能を行えるよう、道具類は城下町の人々に預けられていたそうだ。

延享4年(1747)の転封の場合、内藤家に転封が伝えられたのがその年の3月19日、国許へ伝えられたのが3月23日。
8月7日に城邑の受け取りと引き渡しが行われることが決まったのが6月5日。
領地はそのまま次の大名に引き継ぐのではなく、いったん上知されてから引き渡される。
転封にあたっては、領地の生産力等を記した「郷村高帳」を作成せねばならないことを考えると、かなりのハードスケジュール!
「引越らくらくパック」なんてなかっただろうし。

磐城平(現・福島県)から大坂までは陸路で、そこから延岡(現・宮崎県)までは海路で。
新幹線や飛行機で移動できる今日であっても、簡単に移動できる距離ではない。
これは、最も移動距離の長い転封なのだとか。

『宮崎郡御領分御引渡絵図』は、地名が入っていて楽しめた。
「生目」、「江平」など、今でも同じ地名が残っている。
さすがに橘通はない。
大きな川が流れている。
大淀川……ではなく「赤江川」。
赤江という地名は知っているが、赤江川は知らない。
調べると、現在の大淀川の河口付近は、かつては赤江川と呼んでいたそうだ。

そうそう、思い出した、
日向国には甲斐さんが多くて、甲斐国には日向さんが多いという話。
確かに、宮崎では甲斐さんによくお目にかかる。
黒木さんやナガトモ(長友・永友)さんも多い。
そして、椎葉村では、椎葉さんでないお宅は珍しい。
あらら、お殿様のお引っ越しからだいぶ話が逸れてしまった。
ここもまた、懐かしい場所のひとつなので、ついつい。

【東京】 浮世絵百華 (たばこと塩の博物館)

2009年12月11日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
12月10日(木)
当日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】 → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


「中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華」の前期を観る。
前期は12月13日まで。
12月15日から始まる後期では、作品はすべて入れ替えられる。
作品目録には、「重要美術品」「重要文化財」の文字がぞろぞろと。
新聞に付いていた割引券を持って行って入場料は150円だったので、とっても得した気分。


鳥居清忠『浮絵劇場図』
Wiiを使っての解説も楽しめる。
『暫』の一場面。
照明がなかったため、右上に障子を開けて明かりとりをしている人の姿がある。
明かり「とり」に掛けて、空には「とり」が飛んでいるのが洒落ている。

『暫』といえば、鳥居清倍の『初代市川團十郎の暫』もよかった。
表情が実にいい。楽しい気分になる。


鳥居清長『六郷渡船』
やはり立ち姿が美しいなあ。
富士山が遠くに見える景色もいい。

そのほか、印象に残ったものをいくつか。
石川豊信『花下美人』、桜の枝に短冊を結ぼうとしている背を伸ばす女性の姿が美しい。
鳥居清長『藤下婦女』、柱絵であることを効果的に使っているというような解説があったが、まさに、計算され尽くした作品。
あと、鈴木春信の『座鋪八景 あんとうの夕照』がよかったな。

【東京】 日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華 (東京都庭園美術館)

2009年12月10日 22時15分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
本日の行程:(JR・目黒駅) → 【日本磁器ヨーロッパ輸出350周年記念 パリに咲いた古伊万里の華(東京都庭園美術館)】< → (JR・目黒駅~恵比寿駅) → 【木村伊兵衛とアンリ・カルティエ=ブレッソン ― 東洋と西洋のまなざし(東京都写真美術館)】【開館記念特別展Ⅱ 没後10年記念展東山魁夷と昭和の日本画展(山種美術館)】 → (JR・恵比寿駅~渋谷駅) → 【中央大学創立125周年記念特別展 平木コレクションのすべて 浮世絵百華(たばこと塩の博物館)】 → (JR・渋谷駅~原宿駅) → 【浮世絵の雪景色(浮世絵太田記念美術館)】 → (東京メトロ・明治神宮前駅~表参道駅) → 【新創記念特別展 第2部 初代根津嘉一郎の人と茶と道具 根津青山の茶の湯(根津美術館)】【医学と芸術展 生命(いのち)と愛の未来を探る ― ダ・ヴィンチ、応挙、デミアン・ハースト(森美術館)】【清方ノスタルジア 名品でたどる 鏑木清方の美の世界(サントリー美術館)】


今年は、オランダ東インド会社がヨーロッパに時期の輸出をしてから350年目なのだそうだ。
それを記念して、展示されているのは、碓井文夫氏の古伊万里のコレクション。


「染付漆装飾花束菊文蓋付大壺」(1690~1730年代)


「染付牡丹文大瓶」

どれもこれも美しいのだけれど、朝イチで観るには重たいかも。
やはりこういうのは、宮殿を飾るものだよなあ。


「色絵鯉滝登り牡丹獅子文蓋付角瓶」(1720~40年代)
思わず微笑んでしまうものも。
滝を登る鯉のまじめな顔と、跳び箱をやっているようなポーズの獅子がおかしい。

おかしいといえば、「染付鯉蓮波文手付水注」。
水注の上半分が鯉の形で、下半分に波と蓮葉になっている。
蓮の茎が水注の持ち手になっているのだが、それが、鯉の身体から手が伸びて、酒をぐびぐびやっているように見えてしまうのだ。

庭園を散策して帰る。
交通量の多い道路が庭園に面しているのが残念だなあ。

【東京】 特別展 幻の京焼 京都瓢池園 (泉屋博古館分館)

2009年12月09日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館
11月15日(日)
当日の行程: 【旧乃木邸】【高橋是清翁記念公園】【豊川稲荷東京別院】【「虎屋・寅年・虎づくし」展(虎屋ギャラリー)】【圓通寺】【鈴降稲荷神社】【浄土寺】【激動の明治国家建設〔特別展〕(衆議院憲政記念館)】【藤本能道 命の残照のなかで(菊池寛実記念 智美術館)】【特別展 根来(大倉集古館)】【特別展 幻の京焼 京都瓢池園(泉屋博古館分館)】


地味ィ~なチラシで、積極的に行こうとは思わなかったのだが、「幻の京焼」の文字にひかれて訪れる。
「幻の京焼」京都瓢池園については、チラシで次のように説明されている。
「京都瓢池園は、日本の近代陶芸の大立者 河原徳立と実業家の廣瀬満正(住友家初代総理事廣瀬宰平の長男)の尽力によって、明治四〇年から大正九年にかけて制作流通したやきものです。河原徳立は、明治六年(一八七三)東京深川で東京瓢池園を設立し、海外輸出用の絵付陶磁器で高い評価を得ましたが、明治三三年(一九〇〇)のパリ万博博覧会で日本陶磁器のデザインの立ち遅れを痛切に感じ取り、心機一転その改良を目指して京都瓢池園(京都製陶所瓢池園)を設立しました。日本の伝統的工芸産地である京都で、新しい日本の陶磁器を作ることを目的とした京都瓢池園は、志を同じくする京都の芸術家達とも深く関わりをもち、また『ふくべ焼』の名で京焼の一つとしても流通しました。しかしその活動期間は非常に短く、現在では幻の京焼とも言われています。」

     
乳白釉色絵山鳩文花瓶  乳白釉色絵翡翠文花瓶
まるまるとした鳥がかわいい。
落ち着いた、品のある花瓶だ。


染付蘭花文珈琲器
こういう器で珈琲を飲めたら、美味しいだろうなあ。
器にばかり目が行ってしまうかもしれないけれど。

ほかには、『絵付柳燕文鉢』のモダンなデザインがよかった。
モダンといえば、『色絵鶴山水文皿』のように、神坂雪佳の図案に通ずるものもある。
ビール呑もある。
明治30年代は、ビールを飲むのが流行っていたとか。
それから、それから、愛らしいのは『染付動物絵角形向鉢』。
サイ、ゾウ、トラ、ダチョウ、ヒヒ。
図案は浅井忠なのだそうだ。