大川原有重 春夏秋冬

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第二部 安全の指標(5) 研究者の苦悩 「独り歩き」した数字

2013-03-19 19:00:00 | 原子力関係
第二部 安全の指標(5) 研究者の苦悩 「独り歩き」した数字


 「数字が独り歩きしてしまった」。東京電力福島第一原発事故後、県放射線健康リスク管理アドバイザーで、広島大原爆放射線医科学研究所長の神谷研二(62)もリスクコミュニケーションの難しさを感じていた。
 放射線防護の世界では、低線量被ばくでも、線量に応じてリスクがあると考えられている。専門家でつくる国際放射線防護委員会(ICRP)は「安全」と「危険」を分ける「しきい値」は設けず、防護対策を講じる目安となる年間被ばく線量を示しているだけだ。低線量被ばくをめぐり、専門家の間で「安全派」と「危険派」に分かれていた。
 講演会で神谷は「科学的な知見の提供」に努め、放射線と向き合う判断は住民に委ねてきたつもりだ。だが、校庭の利用基準をめぐり、政府の対応がぶれる中、「住民が何を信じればいいのか分からなくなった」と振り返る。次第に、政府が長期的な放射線量の低減目標とした「年間1ミリシーベルト」を超える数字は危険との流れに変わっていった。
 神谷をはじめ、同じアドバイザーの長崎大大学院医歯薬学総合研究科長の山下俊一(60)=現福島医大副学長=らは、一般になじみのない放射線の健康影響を分かりやすく伝えるため、他の健康リスクと比較する手法を用いた。日常生活での喫煙は1000~2000ミリシーベルト、肥満は200~500ミリシーベルトの被ばくリスクに相当...。山下が原発事故直後、「100ミリシーベルトに達することはないから心配はいらない」と言い続けた100ミリシーベルトは野菜不足や受動喫煙と同程度とされる。それにも「影響を軽く見過ぎている」と批判があった。
 平成23年6月には市民団体が山下のアドバイザー解任を求め、署名活動を開始した。東電と国の責任を追及するため発足した「福島原発告訴団」は翌24年6月11日、東電の当時の会長勝俣恒久ら計33人を業務上過失致死傷などの容疑で告訴。その中には山下、神谷ら県のアドバイザー3人の名前も含まれていた。安全との説明を繰り返し、住民に無用な被ばくをさせたとの理由だった。
 山下は「安心と言えばたたかれ、リスクコミュニケーションの専門家は皆、引いてしまった。気付いたら、自分の後ろには誰もいなかった」と無念さをにじませる。
 東日本大震災から2カ月が過ぎた平成23年6月23日。長崎大学長の片峰茂(62)は、メッセージを発表した。「専門家として一貫して科学的に正しい発言をしているのが山下教授だ」と言い切り、山下の解任を求める署名活動が行われたことなどに異を唱えた。
 震災当日、東京都で開かれた全国の医大関係者が集まる厚生労働省の会議で福島医大理事長の菊地臣一(67)と隣同士で座ったのは山下ではなく、片峰だった。以来、本県や福島医大支援に積極的に取り組んできた。異例ともいえる声明には、被爆地として長年にわたり放射線研究に携わってきた長崎大の威信がかかっていた。
(文中敬称略)

2013/03/17 11:31 福島民報

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