おがはまのつぶやき

ボケばばぁの独り言です。今後の老老介護ならぬ朗々介護目指し、
ボケ老人の扱い募集中です!

回想

2009-06-18 06:12:47 | Weblog
今日80歳前後のおばあさんがやってきました。歯医者の帰り寄ると言うことで約束の日です。おばあさんの父とわたしの父とは、たばこ組合と農協組合の役員で友でもありました。「どういういきさつで結婚したんですか?」と話の流れで聞いてしまいました。『わたしは本当は2度目です。おばの所に嫁いだけれども、辛抱できずにはだし足袋をふとんの下に隠して衣類は外に隠して夜寝静まってから、走って逃げて炭焼き小屋で朝まで待って、山を越えて来たんだ。実家の近くに着いたら近所のおじさんが「逃げて来たのか?「うん」と言い、親には絶対行かないと、初めて反抗したのっさ、、、、」それを無言で親は家に入れてくれて、その次も大百姓で旦那は地区のお世話や農協の役付きで余り家のことはせず、自分が切り盛りして子供が小学1年に家を建てたんだ」その重みの顔には充分な信念が育まれてれていて、頑張りやさんの一生だったとそれぞれの人間模様を垣間見た気がしました。以前の話ですが、姑を10年前に送りましたが、伏せていて介護している時に娘が枕もとで「良くされているか?」の言葉を台所まで聞こえて、泣いて旦那に食ってかかったそうです。嫁とはと考えさせられたことがありました。ちなみに、山越えは今でも「ががや峠」(おかあさんと泣き泣き峠を越えた)で名が知れています。昔は見合った財産で親が決めて、また、その昔は栃の木のある家に嫁げば餓死から免れると言われたそうです。20年生まれは恵まれた時代を歩いた気がします。