福島地域での除染作業に膨大な国費が投じられている一方、現場で仕事をするホームレス労働者は、その恩恵が及ぶ どころか、逆に借金苦に 陥る例もある。「多くのホームレス作業員は宿舎に入るが、そこで宿泊コストや食費が賃金から自動的に差し引かれ、月末には1銭も残らないということにな る」とホームレス支援団体「仙台夜まわりグループ」事務局長でバプティスト教会の牧師である青木康弘は言う。
実際の待遇に期待を裏切られ、作業員が賃金未払い請求を起こす例も少なくない。兵庫県姫路市に本社をもつ周東興業もそうしたトラブルを抱えている業者の1つだ。同社は、政府による事業を請け負うため、佐々からホームレス労働者の提供を受けていた。
同 社は復興事業の需要をつかもうと6000万円を投資。宮城県登米市にあったドライブインをがれき処理などの復興作業に従事する労働者 の宿泊所に衣替えした。そして、最も汚染のひどい地域の除染作業について、環境省から2つの契約も確保した。しかし、同社は現在、雇用していた作業員から 少なくとも2件の賃金未払い請求を受けていると、息子とともに同社を経営する金田富士子(70)は話す。
これとは別に、50代のあるホー ムレス作業員は、周東興業で1カ月働いたのに1000円ほどの支払いしかなかったという。ロイターが入 手したこの作業員の給与明細によると、食費、住居、洗濯費用などとして1カ月約15万円が引かれたため、彼には昨年8月末時点での取り分は1000円程度 しかなかった。
金田はこの男性が会社で働いていた事は認めつつも、待遇は正当だったと主張する。彼女によれば、周東興業は食費として1日 3500円は 差し引くものの、少なくとも8000円の日当を払っていたという。金田によれば、ある作業員は福島で仕事を始める前に200万円を前借りし、その負債は 減ったものの、昨年末の休暇のため、さらに20万円の借金をしたという。「あの人は借金を返すことはできないでしょう」と彼女は言う。
復興 作業の経験者である西山静也(57)は、周東興業で短期間働き、がれき処理の仕事をした事がある。今は仙台駅で段ボール生活をする 身の上だ。同社を去ったのは賃金を巡ってもめたからだ、と彼は言う。これまで建設会社と賃金をめぐって対立したことは何度かあり、そのうち2つが除染作業 を巡るトラブルだったと話す。
西山が仙台で最初に働いた業者は、がれき処理に日当9000円を支払った。しかし、食費と宿泊費には 5000円が必要だった。働けな かった日も、日当がないのに食費や宿泊費は徴収された。結局、増え続く借金に追われるよりも、路上生活の方が暮らしは楽になると思い、西山はホームレスを 選んだという。
「手配師にとって、ホームレスは簡単に狙える標的だよ」と西山は言う。「身の回り品をすべて持って、大きな荷物と一緒に動 き回っていれ ば、すぐにホームレスだとわかる。手配師連中は、ホームレスを見つけると、職をさがしているのか、腹は減っていないか、と聞いてくる。もし、腹を空かして いるとわかれば、彼らが仕事をくれるんだ」。
<実態不明な除染業者も>
福島の除染作業には今も多額の税金が継続的に投入さ れている。しかし、それがどう使われているのか、実態は不透明のままだ。大きな理由 の1つは、大手企業を頂点にして広がる何層もの下請け構造の存在にある。複雑な請負契約を結びながら、末端の零細業者もふくめて、除染事業には膨大な数の 企業が関わっている。
実際に除染事業を手がけている業者数は公表されていない。しかし、ロイターが情報公開法に基づき昨年8月に環境省から入手した資料を調べた結果、もっとも汚染がひどい10市町村とその地域を通る常磐自動車道沿いで、733企業が除染作業にあたっていることがわかった。
公共事業への参加には国土交通省の建設業者審査で承認される必要があるが、それらの地域で除染に関わっている56の下請け業者は、そのリストに名前がないことも明らかになった。
除 染や廃棄物処理を推進する法的措置として、2011年8月30日に議員立法による「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、12年1 月1日から施行されている。しかし、厚生労働省によると、この法律は、除染作業などを行う業者の登録や審査を義務付けておらず、誰でも一夜にして下請け業 者になることが可能だ。
さらに、福島県内のもっとも汚染がひどい地域での作業契約は環境省から作業員1人に対し1日1万円の危険手当が支払われるため、不法な派遣ビジネスを誘引しかねない状況にあるとも言える。
ロ イターの調査では、環境省が業務を発注している企業のうち、5社については総務省での法人登録が確認できず、公表されている電話番号 もウェブサイトもないうえ、所有者を示す基本的な企業情報も見つからなかった。信用情報機関である帝国データバンクにも、これらの企業の実態を示す記録は 存在していない。
「一般企業として稼動していたのか、休眠会社なのか。その代表や取締役の経歴にも注目すべきだ」と帝国データバンク東京支社情報部の阿部成伸は企業実態の慎重な調査の必要性を指摘する。
だが、除染作業に関与している無数の中小、零細企業がどのように人材を調達し、業務の安全性や安定性をどう確保しているか、その監視や責任体制が徹底しているとは言いがたいのが現状だ。
主 務官庁である環境省は、「労働関係の機関や警察と連絡しながら必要に応じてチェックしているが、元請け業者が除染工事という目的を達 成するために、目的に沿った体制を責任をもって完了するというのが基本的な考え方」(水・大気環境局除染チーム、工藤喜史課長補佐)と話す。つまり、現場 での作業管理は鹿島(1812.T: 株価 , ニュース , レポート )、大成建設(1801.T: 株価 , ニュース , レポート )、清水建設(1803.T: 株価 , ニュース , レポート )などの元請け企業に任されているわけだ。
そうした大手企業が除染現場などの状況を細かく把握できているかと言えば、現実はそうではない。何層もの下請け契約が介在しているため、末端に行けば行くほど実態は不透明になり、大手建設会社が直接に個々の仕事に関与できる状況になっていないためだ。
公 共工事に詳しい法政大学教授で弁護士の五十嵐敬喜は、菅直人政権で内閣官房参与として初期の災害対応に奔走した。その経験をふまえ、 除染作業のためにあわてて企業をかき集めた当初の経緯は、事態の緊急性を考えれば理解できる、という。しかし、今の段階では、不正入札など現場における悪 質な行為を防ぐために、政府自らが監視を強化する必要があると指摘する。
「公共事業で(法務局)登録していない業者は絶対にだめだ。税金を使っているので、使い道をはっきりするということが必要」と五十嵐は言う。「確かに除染には緊急性がある。しかし、多くの下請けがあって中間搾取されているのは大問題。それはそれで監視すべきだ」。
<先見えない除染事業>
2011年3月の東日本大震災で東京電力(9501.T: 株価 , ニュース , レポート )・ 福島第1原子力発電所が破壊され、福島を中心に深刻な放射能汚染が発生してから3年近くが過ぎようとしている。「福島再生にすべての責任を負う」と宣言し た安倍晋三首相は、復興加速化に向け国費主導の姿勢を鮮明にし、被災者帰還の前提となる除染関連事業には廃棄物の中間貯蔵施設の建設費用を含む4900億 円を確保するなど対応を強化する構えだ。
しかし、深刻な労働者不足や不当雇用に苛まれる除染作業が今後も順調に成果をあげるかどうかは未 知数だ。環境省は昨年12月26日、 もっとも汚染が深刻な地域での除染終了までには、2014年3月を目標にした当初の計画よりも2─3年は長くかかるだろうとの見通しを発表した。これらの 地域からの避難生活を余儀なくされている多くの人々にとって、かつての生活を取り戻せる日はまだ近づいてはいない。
(文中、敬称略。年齢は取材当時のまま)
(取材/執筆:斎藤真理、Antoni Slodkowski, Kevin Krolicki、取材協力: ElenaJohansson, 河野芳生、松平陽子、井上ふみか、Ruairidh Villar, Sophie Knight、編集:北松克朗)
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