◇「みる・きく・はなす」はいま
異例の出来事だった。
東京・渋谷のNHK放送センター本館。4月22日午後、経営方針を決める経営委員会で、それは起きた。
2日後に退任する上滝賢二理事が、涙で声を詰まらせた。「おわび番組で言明したことを実行するとともに、職員と対話して距離を縮めてほしい」
進言を受けたのは籾井(もみい)勝人会長だ。1月の就任会見で「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」「(特定秘密保護法は)通っちゃったんで言ってもしょうがない」と発言。先月のテレビ番組で「私の個人的見解を放送に反映させることは断じてない」と謝罪、弁明した。
選挙で特定の候補を支援した経営委員の言動なども問題になり、報道機関として、政治との距離が問われていた。一方で、風圧も、確実に強まっていた。
「勤務している外国人職員の人数をお聞きしたい」。昨年12月、衆院総務委員会で三宅博議員(日本維新の会)が質問。同局のドキュメンタリー番組などを「日本に対して大きな敵意を感じる」と批判した。
その後の予算委で籾井会長が22人と明らかにし、「募集時には国籍は不問」と答えると、三宅氏は言った。「中国の密命を帯びた工作員も一部いるんじゃないかな、というふうに私は想像しているんですよ」
三宅氏は取材に「中国、韓国、北朝鮮の側に立って制作しているように見える番組があった。外国人職員の影響でそうなったのか、疑問を感じた」と言った。
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「読者の知る権利に応える報道を続けよう」。2月末、那覇市の琉球新報社。松元剛編集局次長は局内の会議で語った。同社には同月24日付で防衛省から、申入書が届いていた。
2月23日、防衛省が南西諸島で計画している陸上自衛隊の警備部隊の配備候補地として沖縄・石垣島の2カ所を挙げ、「最終調整に入っている」と報じた。石垣市長選の告示日だった。
配備に慎重な前職に有利になる、との見方が現職を推す自民党に広がった。小野寺五典防衛相は「事実に反する報道が、このタイミングでなされるのはいかがなものか」と批判した。
防衛省からの書面は、日本新聞協会(東京)にも届いた。「慎重かつ適切な報道を強く要望」していた。個々の報道内容について、国が新聞協会に申し入れをするのは極めて珍しい。
同協会は自主的な業界団体で、加盟社を指導監督する役割はない。3月、「申し入れを受け入れる立場にはない」とする文書を防衛省に送った。小野寺防衛相は先月、国会で、現時点での候補地決定を否定した。
米軍普天間飛行場の県内移設が浮上して18年。沖縄のメディアは反対する報道を続けてきた。3年前には、琉球新報社が防衛省幹部のオフレコでの問題発言をいち早く報道。この幹部が更迭された。同社の松元局次長は申し入れを受け、現場の記者に「今まで通りの報道を」と呼びかけた。
沖縄タイムスも、申し入れをきっかけに先月、連載記事「新聞と権力」を掲載。普天間の移設先とされる名護市辺野古での取材・報道をめぐり、防衛省から幹部懇談への参加を禁止された経緯などを伝えた。武富和彦編集局長は局内報にこう書いた。「これまで通り権力監視は続けていく」
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NHKの現場には不安感も広がる。「理事の涙」を伝え聞いた職員の一人は、公共放送を担う矜持(きょうじ)を感じながらも、「巨大な力が踏みにじろうとしている、と驚き、恐れた」と言う。
別の職員は局内の雰囲気をこう語る。「ここ数年、制作の現場では上の意向を忖度(そんたく)したり、萎縮したりする空気が覆っている」。上層部に認められにくいだろう内容は、企画の段階で外すこともある。「重苦しい空気に立ち向かわなければ、と話し合っている」
今年に入り、局内の会議で籾井氏らの一連の言動が話題になった。「現場も誤解されかねない。こういうことでは困る」。職員の訴えに、幹部はこう答えた。
「これまで通りの取材、報道をしていく。ことさら忖度しないで、仕事を進めていくことが大事だ」
=おわり