ノリの東京の友人の生きる糧(福岡編)

日々のちょっとした楽しみや悲しみを徒然に語ります。

通算成績:0勝4敗 我が人生最大の未練との決別 ~ 52歳のハローワーク(9) ~

2018年08月02日 | 就職活動関連

 昨日記事に書いた北九州の会社への転職活動の裏で、もう1つの転職話が進んでいました。
 それは以前勤務していた古巣の会社への復帰話です。

 「そこそこ面白い人生を歩んでいるなぁ。」と私は自分で思っているので、過去を振り返ってもあまり未練や悔い、等を感じることはありません。唯一未練があるのは、私が大学を卒業して就職した会社(平成元年4月から平成14年1月まで在籍)への復帰(再就職)です。

 2012年1月31日の記事に書きましたが、退職したのは精神的に不安定になって環境を変えるためだったので、精神が安定した後は人的にも仕事的にも愛着のあった古巣にはいつか復帰したいとずっと思っていました。過去に2度復帰話がありましたが、現場がOKを出しても人事部からNOを出されました。まぁ、従業員が1000人近い会社なので仕方がないですね。大きな組織には厳格な規律や規則がないと運営できません。

 「復帰はもうないなぁ。」と思っていた私に変化が訪れたのは、昨年11月に久しぶりに私の師匠のYさんと飲んでからです(2017年11月26日の記事)。
 飲みの席での話でしたが、Y師匠から新規事業部門で人が足りない、と言うような話を聞きました。その後、メールで何度かやり取りを行ないましたが、「第二種電気工事士の資格を持っている人間が欲しい。と省エネ関連のビジネスを行なっている現場が言っている。」と言う話になったので、もう一度古巣への復帰に挑んでみたいと思い、Y師匠に復帰の仲介をお願いしました。勤務先は渋谷なので、昨年から進めていた『実家のある福岡に帰ろう』と言う流れに逆行する行動でしたが、人生最大の未練に対する想いも強く残っていたので迷わずに話を進めてもらいました。

 そして、4月中旬に履歴書と職務経歴書を提出、5月1日に人事部と面接、5月3日に適性検査を受検、5月中旬に健康診断を受診しました。「今回は大丈夫だろう。一度辞めて復帰した人もいるし、50代で中途採用された人もいるからね。現場は人が足りない状態だしね。」と、Y師匠からも言われていたので、希望を胸に人事部からの連絡を待っていました。

 連絡を待つこと約2週間、6月4日に人事部から来たメールには、

「ご活躍いただけるフィールドを見出す事ができませんでした。」

と書かれていました。不採用でした。この日、私が10年以上抱えていた人生最大の未練と決別することになりました。

 まぁ、この結果は仕方がないですね。辞めてから16年も経っていますし、健康診断の結果も『再検査』ばっかりで良くないですし、適性診断も早解問題みたいな質問にはちゃんと答えることができませんでしたからね。残念ですが現実を受け止めることにしました。夢が全て叶うとは限りません。なぜだかよく判りませんが気持ちがサッパリして晴れやかな気持ちになったのは不思議でした。

 その夜、転職サイトに登録していた希望勤務地の『東京、埼玉、千葉、神奈川、福岡、佐賀、長崎、大分』を『福岡、佐賀、長崎、大分』に変更しました。関東に未練がなくなったので、方針を『九州へのUターン』一本に絞ることにしました。


 以上、人生最大の未練だった古巣への復帰が叶わなかった話でした。
 この4敗目によって、私の52歳の転職活動は大きく動くことになります。次回からは勤務先を九州に絞ってからの活動の話を書きます。

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