青年医師とセラピストは食後のコーヒーを飲んでいた。
時間を忘れて語り合っていたが、お互いについてそれほど深い話をした訳でもないのに何故だか遠い昔から知っていたかのようにわかりあえた気がした。
言葉にしなくてもわかる。
同じような時を過ごしてきたひとなのだと。
見つめ合えば、知るはずもない幼い日のお互いの姿が思い浮かぶ。
寂しかったのだね。…辛かったのだね。…痛かったのだね。…頑張っていたのだね。…
『葛野さんがこんなに雄弁とは意外でした。今日はあなたのことを知れて良かった。機会があればまたご一緒して頂けたますか?あなたのことをもっと知りたい。』
「狐原先生…。喜んで…。私も先生の印象が少し変わりました。うまく表現できませんが…。私のような者で良ければ、是非。」
『あなたは不思議なひとだ。不器用だけれど、素直で。私は自分が少し恥ずかしくなりました。』
「先生?すみません。何を仰っているのかわかりません。…私は先生といると心が洗われる気がします。私がカウンセリングして頂いているみたい。患者さん達が先生を慕って来られるのがわかりますわ。先生はきっとひとを癒す才能をお持ちなんですね。」
(それは違う。)と狐原は心の中で叫んだ。
(私の優しさは全て演技だ。手段だ。心なんてどこにもない。嘘なんだ。癒す振りをしているだけだ。あなたみたいに、毒を吸い取るように患者の闇を全て自分の身を呈して受け止めるなどということはできない。あなたは自分が押し潰されそうになりながらもひとの痛みを自分の身に受けている。私とは違う。私の癒しは全て嘘だ。)と狐原は心の中で言った。
何も知らずに、いつになく明るく笑っている葉月を見て、狐原は初めて本当にひとを癒すことができたのかもしれないと思った。
『そう見えますか?それは買いかぶり過ぎですよ。あなたは素直過ぎますね。私はあなたが思っているほど綺麗な男ではない。人間は誰しも汚いところがありますよ。私にだってある。隠すのが上手いだけだ。』
「先生?」葉月が目を丸くしてじっと見ている。
『あ、いや。あなたのようなひとは騙され易いから気を付けた方がいい。…さあ、もう遅いから出ましょうか。』
狐原はビルを手にして先に席を立った。
「先生…。あの…ご馳走様…でした…。」
葉月がうつむいたまま小さな声で言った。
『いいえ?』
いつも通りの笑顔で狐原が振り向いた。
二人は店を出て駅の方向へ並んで歩き出した。
時間を忘れて語り合っていたが、お互いについてそれほど深い話をした訳でもないのに何故だか遠い昔から知っていたかのようにわかりあえた気がした。
言葉にしなくてもわかる。
同じような時を過ごしてきたひとなのだと。
見つめ合えば、知るはずもない幼い日のお互いの姿が思い浮かぶ。
寂しかったのだね。…辛かったのだね。…痛かったのだね。…頑張っていたのだね。…
『葛野さんがこんなに雄弁とは意外でした。今日はあなたのことを知れて良かった。機会があればまたご一緒して頂けたますか?あなたのことをもっと知りたい。』
「狐原先生…。喜んで…。私も先生の印象が少し変わりました。うまく表現できませんが…。私のような者で良ければ、是非。」
『あなたは不思議なひとだ。不器用だけれど、素直で。私は自分が少し恥ずかしくなりました。』
「先生?すみません。何を仰っているのかわかりません。…私は先生といると心が洗われる気がします。私がカウンセリングして頂いているみたい。患者さん達が先生を慕って来られるのがわかりますわ。先生はきっとひとを癒す才能をお持ちなんですね。」
(それは違う。)と狐原は心の中で叫んだ。
(私の優しさは全て演技だ。手段だ。心なんてどこにもない。嘘なんだ。癒す振りをしているだけだ。あなたみたいに、毒を吸い取るように患者の闇を全て自分の身を呈して受け止めるなどということはできない。あなたは自分が押し潰されそうになりながらもひとの痛みを自分の身に受けている。私とは違う。私の癒しは全て嘘だ。)と狐原は心の中で言った。
何も知らずに、いつになく明るく笑っている葉月を見て、狐原は初めて本当にひとを癒すことができたのかもしれないと思った。
『そう見えますか?それは買いかぶり過ぎですよ。あなたは素直過ぎますね。私はあなたが思っているほど綺麗な男ではない。人間は誰しも汚いところがありますよ。私にだってある。隠すのが上手いだけだ。』
「先生?」葉月が目を丸くしてじっと見ている。
『あ、いや。あなたのようなひとは騙され易いから気を付けた方がいい。…さあ、もう遅いから出ましょうか。』
狐原はビルを手にして先に席を立った。
「先生…。あの…ご馳走様…でした…。」
葉月がうつむいたまま小さな声で言った。
『いいえ?』
いつも通りの笑顔で狐原が振り向いた。
二人は店を出て駅の方向へ並んで歩き出した。