[傷心]
深夜のカフェで狐原妖雅と葛野葉月はテーブルを挟んで向き合って座っていた。テーブルの上には二人のコーヒー。狐原は物憂げに目を伏せ
『葛野さん、私は龍造寺総合病院を辞めようと思っています。クリニックのシフトを増やして貰うことはできないか、院長に相談してみるつもりです。』
「突然どうなさったのですか?何か問題でも?失礼ですけど、先生はあちらの病院では…」
院長令嬢である恋人と結婚して後継者になるという噂があることを思わず口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。
『女性医長との噂でしょう?そんなことができるはずはありません。彼女とは住む世界が違います。でも、そのことで彼女に迷惑がかかるのなら、私はもうそこにはいられません。』
どうやらその噂が原因で何事かトラブルがあったのだろうと察しはついた。そして狐原がその女性のことをとても愛しているに違いないことも彼の言動から十分に伝わってきた。
「先生…」
『もうすぐ彼女の婚約者が海外から戻ってきて結婚するそうです。彼は私の旧友です。いつかそんな日が来ることはわかっていました。今日院長から身を慎むようにと直々に釘を刺されました。目障りだから消えろ、ということです。』
いつもは穏やかな口調の狐原が今日は自嘲的だ。自分の気持ちをコントロールする余裕がないのだろう。葉月は自分の前で他の人には決して見せない本音を晒す狐原を愛おしく思い、同時に切なくなった。
(狐原先生はそれほどまでに彼女のことを愛しているんだ…。狐原先生にそんなに愛されている彼女が羨ましい。私はこんなに狐原先生のことを思っているのに。でも、一番自分が辛い時に私を頼ってくれた。誰も知らない本当の自分を見せてくれた。狐原先生のお役に立てるのなら私はそれだけでいい…)
苦悩の表情で沈黙する狐原の頬は青ざめていた。
他に何を望む訳でもない。ただ側にいてずっと好きな人を見つめていたい。それ以外何の望みもない。そんな狐原の思いが痛いほどわかった。それは葉月が狐原に対して抱く感情と同じだったから。そしてその葉月の気持ちを知りながら、救いや癒しを求めて自分を頼る狐原を全身全霊をもって受け止めたいと思った。彼女への愛を抱いたままの彼の心を抱き締めたい。それで彼が癒されるなら私は傷ついていい。彼が安らぐなら私は何でもする。葉月は心の底からそう思った。狐原の愛は彼女のもので、自分に対しては微塵もないことは十分承知していた。愛されなくてもいい。私が愛していればそれでいい。この人を大切にしたい。この人を幸せにしたい。そのためになら何を失っても構わない。全てを彼のために捧げる覚悟はできている。葉月はそう考えていた。
深夜のカフェで狐原妖雅と葛野葉月はテーブルを挟んで向き合って座っていた。テーブルの上には二人のコーヒー。狐原は物憂げに目を伏せ
『葛野さん、私は龍造寺総合病院を辞めようと思っています。クリニックのシフトを増やして貰うことはできないか、院長に相談してみるつもりです。』
「突然どうなさったのですか?何か問題でも?失礼ですけど、先生はあちらの病院では…」
院長令嬢である恋人と結婚して後継者になるという噂があることを思わず口走りそうになり、慌てて口をつぐんだ。
『女性医長との噂でしょう?そんなことができるはずはありません。彼女とは住む世界が違います。でも、そのことで彼女に迷惑がかかるのなら、私はもうそこにはいられません。』
どうやらその噂が原因で何事かトラブルがあったのだろうと察しはついた。そして狐原がその女性のことをとても愛しているに違いないことも彼の言動から十分に伝わってきた。
「先生…」
『もうすぐ彼女の婚約者が海外から戻ってきて結婚するそうです。彼は私の旧友です。いつかそんな日が来ることはわかっていました。今日院長から身を慎むようにと直々に釘を刺されました。目障りだから消えろ、ということです。』
いつもは穏やかな口調の狐原が今日は自嘲的だ。自分の気持ちをコントロールする余裕がないのだろう。葉月は自分の前で他の人には決して見せない本音を晒す狐原を愛おしく思い、同時に切なくなった。
(狐原先生はそれほどまでに彼女のことを愛しているんだ…。狐原先生にそんなに愛されている彼女が羨ましい。私はこんなに狐原先生のことを思っているのに。でも、一番自分が辛い時に私を頼ってくれた。誰も知らない本当の自分を見せてくれた。狐原先生のお役に立てるのなら私はそれだけでいい…)
苦悩の表情で沈黙する狐原の頬は青ざめていた。
他に何を望む訳でもない。ただ側にいてずっと好きな人を見つめていたい。それ以外何の望みもない。そんな狐原の思いが痛いほどわかった。それは葉月が狐原に対して抱く感情と同じだったから。そしてその葉月の気持ちを知りながら、救いや癒しを求めて自分を頼る狐原を全身全霊をもって受け止めたいと思った。彼女への愛を抱いたままの彼の心を抱き締めたい。それで彼が癒されるなら私は傷ついていい。彼が安らぐなら私は何でもする。葉月は心の底からそう思った。狐原の愛は彼女のもので、自分に対しては微塵もないことは十分承知していた。愛されなくてもいい。私が愛していればそれでいい。この人を大切にしたい。この人を幸せにしたい。そのためになら何を失っても構わない。全てを彼のために捧げる覚悟はできている。葉月はそう考えていた。