プロローグ 傾国妖狐伝説
昔この国がまだ一人の若き王の手で治められていた頃、都中が異国から来た絶世の美女の噂でもちきりだった。
彼女の名は玉藻(たまも)。
金色(こんじき)に輝く髪と透き通る白い肌に吸い込まれそうな金茶色の瞳。
この世のものとは思えぬ美しさに見る者全てが心を奪われた。
彼女は王に召し上げられて寵愛を一身に受けた。
王は彼女に溺れ、政(まつりごと)をおろそかにして国は傾いた。
人々は彼女の事を男にも女にも化けて人間を誑かす妖(あやかし)と噂した。
国の行く末を憂えた若者達は彼女を亡き者にしようと狙った。
彼女の正体は白面金毛の九尾の妖狐。
都を逃れた彼女を追って、妖退治の術者を伴い、彼らは終に彼女を追い詰めた。
妖狐は術者の放った矢に倒れたが、その魂は光の珠となって飛び去り、どこへともなく消えたという…
この話には後日談があった。
都から遥か遠い地の果てのとある岬の切り立った断崖絶壁の上で毎日海を眺める美しい少女が居た。
金色の髪、白い肌、金茶色の瞳。
哀しげな眼をして海の彼方を見つめ続ける少女は、人に訊ねられると儚げな微笑みを浮かべて答えた。
「…船を待っているのです。いつかきっと迎えの船が来る。その船はきっと私を故郷に連れて帰ってくれる筈だから…。」
ある日誰かが崖の上に倒れている彼女を見つけた。
声を掛けられて彼女は消え入りそうな声で言った。
「…やっと迎えの船が来た…。」
しかし見渡す限りの大海原のどこにも船は見えない。
「…いいえ。船はちゃんと来ました。私が長い間ずっと待ち続けていた、故郷へ帰る船ではないけれど。
その船は私を連れて行ってくれる…永遠(とわ)の楽園・常世(とこよ)の国へと…。」
そして彼女はこと切れた。
人々は彼女の亡骸を母なる海へと還した。
手向けの花束は波に揺れ、無数の花びらが波間に漂い、生きて望みを果たせなかった彼女の故郷へと続く架け橋になった。
to be continued…