落語『金色夜叉』林家たけ平。
噺は、「カルタ会で頭取の息子・富山唯継と知り合った鴫沢宮(お宮)は、結婚を間近にしていた許嫁・間貫一との関係を解消するため、熱海に湯治に出掛け、貫一へは父親から破談を伝えた。合点がいかない貫一は熱海でお宮を探し出し、夜の海岸で問い詰めるのだが・・・」という内容。
これは、小説家・尾崎紅葉(1868年~1903年)が書いた明治時代(1868年~1912年)の代表的な小説の一つだが、執筆中に作者が死亡したため未完という作品。
随分と人気が高かったようで、大正時代(1912年~1926年)になると何度も映画化されたようだ。
宮の父親から許嫁の関係解消を通告された貫一は、その突然のことに、「頭が混乱してよく分からないんですけど。お宮さんとの許嫁を解消して、あたしとお父さんが許嫁になるんですか?」と言うのだが、これは混乱し過ぎ。
さすが落語版だ。
(^o^)
さて、演者の林家たけ平師匠は、平成13(2001)年に林家こぶ平(現九代目林家正蔵)師匠に弟子入りし、平成28(2016)年に真打昇進を果たしたという落語協会所属の落語家。
"懐メロ鑑賞と研究"が趣味なのだそうで、熱海市民大学講座では『落語家が語る昭和の歌謡史』と題した講演も行っているらしい。
そういった縁もあっての"金色夜叉"なのだろう。
(^_^)
噺は、「カルタ会で頭取の息子・富山唯継と知り合った鴫沢宮(お宮)は、結婚を間近にしていた許嫁・間貫一との関係を解消するため、熱海に湯治に出掛け、貫一へは父親から破談を伝えた。合点がいかない貫一は熱海でお宮を探し出し、夜の海岸で問い詰めるのだが・・・」という内容。
これは、小説家・尾崎紅葉(1868年~1903年)が書いた明治時代(1868年~1912年)の代表的な小説の一つだが、執筆中に作者が死亡したため未完という作品。
随分と人気が高かったようで、大正時代(1912年~1926年)になると何度も映画化されたようだ。
宮の父親から許嫁の関係解消を通告された貫一は、その突然のことに、「頭が混乱してよく分からないんですけど。お宮さんとの許嫁を解消して、あたしとお父さんが許嫁になるんですか?」と言うのだが、これは混乱し過ぎ。
さすが落語版だ。
(^o^)
さて、演者の林家たけ平師匠は、平成13(2001)年に林家こぶ平(現九代目林家正蔵)師匠に弟子入りし、平成28(2016)年に真打昇進を果たしたという落語協会所属の落語家。
"懐メロ鑑賞と研究"が趣味なのだそうで、熱海市民大学講座では『落語家が語る昭和の歌謡史』と題した講演も行っているらしい。
そういった縁もあっての"金色夜叉"なのだろう。
(^_^)