仁左衛門日記

The Diary of Nizaemon

金色夜叉 / 林家たけ平

2018年11月04日 | エンタメ
落語『金色夜叉林家たけ平
噺は、「カルタ会で頭取の息子・富山唯継と知り合った鴫沢宮(お宮)は、結婚を間近にしていた許嫁・間貫一との関係を解消するため、熱海に湯治に出掛け、貫一へは父親から破談を伝えた。合点がいかない貫一は熱海でお宮を探し出し、夜の海岸で問い詰めるのだが・・・」という内容。
これは、小説家・尾崎紅葉(1868年~1903年)が書いた明治時代(1868年~1912年)の代表的な小説の一つだが、執筆中に作者が死亡したため未完という作品。
随分と人気が高かったようで、大正時代(1912年~1926年)になると何度も映画化されたようだ。
宮の父親から許嫁の関係解消を通告された貫一は、その突然のことに、「頭が混乱してよく分からないんですけど。お宮さんとの許嫁を解消して、あたしとお父さんが許嫁になるんですか?」と言うのだが、これは混乱し過ぎ。
さすが落語版だ。
(^o^)
さて、演者の林家たけ平師匠は、平成13(2001)年に林家こぶ平(現九代目林家正蔵)師匠に弟子入りし、平成28(2016)年に真打昇進を果たしたという落語協会所属の落語家。
"懐メロ鑑賞と研究"が趣味なのだそうで、熱海市民大学講座では『落語家が語る昭和の歌謡史』と題した講演も行っているらしい。
そういった縁もあっての"金色夜叉"なのだろう。
(^_^)

宮に似たうしろ姿や春の月

2013年10月28日 | おでかけ
寛一お宮之像】のつづき
記念撮影をした銅像の左隣には、「宮に似たうしろ姿や春の月」と刻まれた句碑があった。
これは、『金色夜叉』の作者・尾崎紅葉(1868年~1903年)の弟子・小栗風葉(1875年~1926年)が同作品を記念して1919(大正8)年に建立したもので、小栗も『金色夜叉終編』(1909年)という師が残した作品の続きを書いているようである。
また、昭和初期まで"羽衣の松"と呼ばれていた美しく有名な松は、この句碑建立後、1934(昭和9)年頃から"お宮の松"と呼ばれるようになったという。
ただ、当時樹齢約300年と推測されたその松は、付近の環境が激変したこともあって枯れてしまい、1966(昭和41)年に"二代目お宮の松"が植栽されたとのこと。
画像左が"二代目お宮の松"である。
つづく

寛一お宮之像

2013年10月28日 | おでかけ
どこも雨】のつづき
1960(昭和35)年に復興されたという小田原城天守閣(神奈川県小田原市)等の観光を中止にした我々一行は、幾分残念な思いを抱きながらも、一路、当日の宿泊先である伊東温泉(静岡県伊東市)に向かったのだが、その後の移動中も雨が時折強く降るような天候だった。
途中、我々のツアーに同行してくれたガイドさんの提案で経路を変更し、熱海サンビーチ(静岡県熱海市)では【寛一お宮之像】(1986年建立)の前にバスを停めてほぼ全員が下車、その銅像の前で記念写真を撮影した。
これは、明治時代の小説家・尾崎紅葉(1868年~1903年)の小説『金色夜叉(こんじきやしゃ)』(1897年~1902年/読売新聞連載)の、「学生・間貫一が熱海の海岸において、結婚を間近にしながらも富豪・富山の所へ嫁いだ許婚・鴫沢宮(しぎさわみや)を問い詰めた挙句、本心を明かさないながらも許しを請う宮を足蹴にする」という場面を銅像にしたもの。
「来年の今月今夜・・・、再来年の今月今夜・・・、10年後の今月今夜・・・、一生を通して僕は今月今夜を忘れん。僕の涙で必ずこの月を曇らしてみせる」という台詞が有名なようだ。
この小説は未完ながらも幾度となく映像化されているらしく、それ故に架空の一場面を題材にしたこのような銅像が出来上がったのだろう。
ちなみに(ウィキペディアによると)、1912(明治45)年の初映像化から1954(昭和29)年までは映画において24回も映像化され、1955(昭和30)年に一度テレビドラマ化されてから後は映画で取り上げられることがマッタクなくなり、すべてテレビドラマとして8回映像化(今のところ最後は1990年)されているのだが、その全32回のうち22回は太平洋戦争以前の映像化。
つまり、かなりご高齢でなければこの物語のことは良く知らないわけである。
おそらく、昭和の時代には最高の観光資源のひとつだったのだろうが、仁左衛門もこの物語の存在や劇中にそのような場面があることを情報として知ってはいたが、なにぶん小説を読んだことも映像作品を見たこともないので、"観光地での記念撮影"ということ以外にはさほど感動を覚えるポイントがなかった。
(^_^;)
ただ、この時のワイワイと記念撮影をしている様子がとても喜んでいる姿に見えたようで、このご高齢のガイドさんは、その後どんどんと予定の変更を提案してくることになる。
つづく