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1小節の悲劇

2023年01月19日 | テレビ番組
画面が突然「黄色い地球のマーク」になった。北海道から鹿児島まで放送している全国ネット生放送番組。

この年の夏、僕は「24時間テレビ」サブ回しのディレクターをやっていた。

「サブ回し」とは「中継車から送られて来た放送画面にスーパーテロップを出す事」「CMに入るボタン(このボタンを押すと、その番組を放送している全ての局にCMに入る情報が流れる)を押す事」が主な仕事だ。

番組は大阪野外音楽堂からの「武田鉄矢コンサート生中継」。
現場で中継車に乗っているのは同期入社のU君だった。

CM入りのタイミングを確認する為、僕は本社からリハーサル中の中継車まで歩いて行く。八月末の雲ひとつない快晴、茹だるように蒸し暑い日だったのを覚えている。

U君曰く、武田鉄矢の歌終わり「12小節」あってCMにいって欲しいと。

その言葉を聞いて、僕は胸のドキドキが止まらなかった。U君は大学でオーケストラの指揮者をやっており、普段でも音楽番組を手掛ける「音楽のプロ」。

僕はと言えば、音楽はからきしダメ。ドラマ、ワイドショー、クイズ番組、お笑い番組のディレクターはやっていたが、音楽番組だけは全く経験が無かった。

というより、子どもの頃から音楽が苦手な僕はこの時、「小節」を数える事が出来なかった。

「イチニーサンシー、ニーニーサンシー」と数えて行けば何とかなるだろうと強引に自分自身を納得させ、本社に戻った。

いよいよ生放送開始。小さなミス(もちろん本当はあってはいけない)はあったが、番組は滞りなく進んでいく。

CM入りのボタンを押すと2秒後に「黄色い地球のマーク」が3秒間出て、全国28局が一斉にCMに入る。

昔、TBS「ザ・ベストテン」など生放送番組で、CMに入る前3秒間画面右下に「ザ・ベストテン」というスーパーテロップが出ていたのと同じ仕組み。

コンサート生中継が始まった。胸のドキドキは止まらず、お尻がディレクター席にちゃんと付いていない。

とうとう武田鉄矢の歌が終わった。僕は「イチニーサンシー」と数え始めた。

これでどうにかなると思った。なってくれた祈っていた。本当に「12小節」は長かった。

「いつコマーシャル行くんや?」
突然、音声さんが後ろから僕に怒鳴った。
「番組本編」から「CM」に入る際、音声さんはフェイダーで本編の音を下げなければならない。そうしないと、「番組本編の音」と「CMの音」がぶつかってOA上、不体裁になるから。

僕はこの音声さんの一言で、大事な事を忘れてしまった。
自分が今、何小節まで数えていたのか・・・

古典落語の「時そば」状態。

再び音声さんにCM入りのタイミングを急かされた時、僕は決心しCMのボタンを強く押していた。

武田鉄矢の顔のアップから画面が段々広がりかけようとしたその瞬間、「黄色い地球のマーク」になり、全国一斉にCM入り。

中継車内の音声が本社にも聞こえる。CMに入ったのに、中継ディレクターのU君はカメラに指示を出していた。彼の理想のCM入りのタイミングは、武田鉄矢のアップから画面が広がって来て、大阪野外音楽堂の全体が見える瞬間だったのだ。

中継車からCM入りのタイミングを間違えた僕にU君の怒鳴り声が聞こえた。

「音楽番組の難しさ」と「生放送の怖さ」を知った夏の一日だった。

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