今朝から先程まで、「いのちの授業」(新潮社)という本を読んでいた。茅ヶ崎市の「新しい教育をする為に新設された小学校の校長先生」の話が書かれたノンフィクションである。この校長先生は癌になり、それても学校に出てきて、授業をしたり、その小学校の為に亡くなるまで、行動し続ける。
そのエネルギーの凄さにも圧倒されるが、「教育の方法」についても、目から鱗が落ちる様な「教え方」をされていた事を知り、義家先生の言っていた「熱」が「子供達を変えていく」ということをもう一度認識させられた。
昨夜、長男と次男を平手で殴った。何度、注意しても、生活態度が改まらないからだ。しかし、「殴ったこと」は良かったのか、今朝から自分の中で反芻し、悩んでいる。ちゃんと「子供の目線」から考えた末の行動だったのか・・・子供を育てていくことの難しさを今、自分の中に抱え込んでいる。正解などというものは無いと思うが、「殴った事」の「反作用」が僕自身に返ってきていて、その「反作用」をきっちりと受け止め、客観的に考えたいと思っている。
そのエネルギーの凄さにも圧倒されるが、「教育の方法」についても、目から鱗が落ちる様な「教え方」をされていた事を知り、義家先生の言っていた「熱」が「子供達を変えていく」ということをもう一度認識させられた。
昨夜、長男と次男を平手で殴った。何度、注意しても、生活態度が改まらないからだ。しかし、「殴ったこと」は良かったのか、今朝から自分の中で反芻し、悩んでいる。ちゃんと「子供の目線」から考えた末の行動だったのか・・・子供を育てていくことの難しさを今、自分の中に抱え込んでいる。正解などというものは無いと思うが、「殴った事」の「反作用」が僕自身に返ってきていて、その「反作用」をきっちりと受け止め、客観的に考えたいと思っている。
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