志情(しなさき)の海へ

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「国立劇場おきなわ」15周年記念の年です!1719 年に組踊が首里城北殿の仮説舞台で上演されて300年ですね!

2019-01-17 22:05:57 | 琉球・沖縄芸能:組踊・沖縄芝居、他

「国立劇場おきなわ」は、沖縄の伝統芸能公演の象徴的存在になっていますね!ステイタスです!花道がいいですね。というのは沖縄芝居公演の華になっていますね。組踊は三方から鑑賞できる多良間の組踊の舞台の構造をぜひ、お能のようにそこに屋根をつけ座席を並べ原点志向に、と願いたいものです。現在の構図は近代の66年間から2004年に国立劇場おきなわができるまでの劇場形態ですね。額縁舞台がメインです。王府時代の組踊の再現というより近代の額縁舞台がメインになっているのですね。

しかし多良間や地方では三間四方の舞台が残ったのですね。そこに原型があるわけですね。現在の「国立劇場おきなわ」は原型になっていません。近代以降の舞台形態でしょうか?張り出し舞台が立体的な舞台構造になってきたのはいいが、それが三方からしっかり見れる形態ではないですね。三方から見ることは必要なのか、冊封使の正使や副使は真正面から見たのですね。その他の臣下の者たちは横から見たのでしょうか?

大城立裕さんは、仇討ち物の多さは作家の堕落だと書いていますね。朝薫五番が「つくれーとん」で評価されているのですが、それ以外では「忠孝婦人」がいいですね。「花売りの縁」「手水の縁」などなども。

芸術監督の嘉数さんはまれにみる才能の持ち主ですね。若い芸能者が嘉数さんについていくと沖縄の芸能ルネッサンスはすごいものになりますね。昨今の傾向を見ると、戦前の珊瑚座の名優たちのオールマイティーな芸道への回帰がなされているのですね。近代において芝居小屋で琉球舞踊も、組踊も公演されたのです。そして遊里の座敷ですね。座敷芸は古典女踊りの原型かもしれませんね。ジュリ小モーイと現代の女性舞踊家がさげすむ様に話すことがあるのは、お門違いですね。玉城盛義が舞台舞踊と座敷芸とは違った手を見せたという文章もあります。座敷の狭さと舞台の広さとの差異があり、それは当然ですが、古典女踊りのスペースは広くないですね。四竹などよく遊里で踊られてきたことが戦前の写真が伝えていますね。

芸能文化が盛んな沖縄です。しかしチケット代金は東京に比べたら安いが、一月に5公演見ると2万円は吹っ飛びます。舞踊家の独演会で5千円は普通で、先日は某舞踊家のチケットは7000円です。招待券がメインで1万円は包むのが常識でそれで公演が成り立つ沖縄だとも耳にするのですが、おつきあいがたいへんですね。一般庶民が何度も舞台を見れるような環境ではありません。同じ舞踊演目が多く、組踊もすでに見たことのある作品が何度も繰り返し上演されます。あえて新しい作品の場合は意図的に見ているのですが、それでも無料で何度でも、何でも見ることが可能な新聞社の芸能担当記者のように、網羅してみることはできないですね。その点、芸能担当記者は頑張って批評性も兼ねて記事に反映してほしいですね。

しかし、新作と優れた技量をもった芸能者の舞台はぜひ見たいですね。インターネットでは無料で名作ドラマや映画やドキュメントが見れますし、チョムスキーなどの優れた学者の講演が拝聴できます。それゆえにあえて生の舞台を見ることは、よほどのおつきあいか、通の人に限られてきますね。学芸会のように家族や親族を中心に身近な方々が中心に舞台を見るということになるのだろうか。贅沢な空間であることは事実ですね。

キャパやパイが少ない中で多くの公演が目白押しです。独自に現代組踊のように観客動員を成功させている事例もありますね。大衆動員できるミュージカル路線がメインで、それだけでもまた人々は飽きてしまうのですね。多良間の八月踊りだったら毎年でも見たいですね。なかなか行けませんー。「ライオンキング」のミュージカルが何十年もブロードウェイやロンドンで繰り返し上演されているということは、世界から観客が押し寄せているからですね。劇場のキャパ・空間は限られているので、何十年繰り返し上演されるのも不思議ではないのですね。

何十年と繰り返し上演され多くの観客に勇気と喜びと発見を与える作品(舞台)があるのですね!琉球歌劇もまたそうなのかもしれませんね。現代の琉球歌劇を創作したいものです。





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