ヒーリングルーム”祝祭” 0010110

創造主による量子ヒーリング退行催眠療法:
魂の癒しと成長・人生の意味を求めている人のために

2015-9-15セッション(青い鳥; 何世紀にもわたって求め続けた答えは自分の中にあった)

2016-01-05 00:24:44 | Testimonial/セッション感想
2015-9-15セッション(中世ヨーロッパの女性ー修道女ー城主の娘ー何故地球に来たのか)

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なるでこ 様

こんにちは! ご無沙汰しております。
9月15日にセッションを受けていながら、こんなに時間が経ってしまい
年末ぎりぎりにレポートを提出することになってしまって、本当に申し訳ありません。
あれから何度となくペンを取るのですが、1日机に向かっても文章がまとまらず
何度も断念していました。
ようやくですが、今なら書けるかもと思って、書き始めた次第です。

なるでこさんのブログに出会ったのは、今年の初めだったでしょうか。
それからは、かかさずに拝見するようになって、特に祝祭セッションは
みなさんのレポートをくいいるように見ていました。
みなさんのレポートを見るうちに私も、なるでこさんのセッションを受けたいという
気持ちが強くなっていきました。

それには理由があり、もう10年ほど前から自分の人生を変えたいと思い出し
その頃から色々なアチューメントや覚醒と変容のヒーリングとあれば受けたり
いろんな本を読んだりもしました。
でも本を読んだり自己啓発のビデオなどを見ても、その時には理解するのですが
やっぱり変われずに戻ってしまう。
本当に最近は、何を受けても聞いたりしても結局は、自分なんだと、自分が変わらなければ
何も変わらないという事は気付いていましたが、ずっと牢屋の中に閉じ込められて
そこにカギがかかっていて、開け方が分からず、そこから出られないような
どうしようもない感覚がずっとしていました。

私自身も10年ほど前から、ある事がきっかけで自分の過去生が見えたり
不思議な体験を経験してから、スピリチュアルな世界にとても興味を持つようになりました。
自分の覚えている過去生は、暗い人生が多く、それが続いたあげくに
幸せという感覚を忘れてしまい自分の望んでいるような人生を歩めなくなってしまったのでは
ないかと思うようになりました。
実際、現生でも生まれてから人生を心から楽しいと思った事は、ほとんどありません。
でも、小さい時から何故か何があっても、自分から命を絶つ事はしてはいけないと誓って
いたのを覚えています。(こんなふうに思っていたのは、セッションでの第2の人生で
神に仕えることをしてたからなのかとも思いました。)

そして、何か1つでも得意分野があり、情熱をそそいで一生懸命になれる事があれば
それが自信に繋がり変わったのかもしれませんが、何もなくて、いつも無価値感が強く
人生でやり遂げた事がないので、自分に自信が持てず、ましてや幼い頃の記憶が鮮明に
残っていて、特に傷ついたことなどは、事細かく残っているので、自己評価が低く
人より劣っている感覚が払拭できずにいました。

こんなにも人生がうまくいかず、八方塞がりで
やっとで今度こそは幸せになれると思っても
途端にダメになってしまったりということも多く私が過去生で何かひどい事をしたから
そのカルマをおっているのだろうかと思った事もありました。
そういうことで、なるでこさんのセッションを受ければ、何が原因かが分かり
何のために地球で生れて生きているのかが分かるのではないかと
思いセッションを受けることになりました。

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まず、なるでこさんのクリスタルボールの音色を聞きながら
自分のガイドを呼び出してくださいと言われ、すぐにユニコーンがやって来て
(彼)の背中に乗りました。
(彼)の毛はとても柔らかくてふんわりしていて、驚きました。
あの感触は、今でもはっきり覚えています。
それから第一の過去生に降り立って下さいと、なるでこさんの声が聞こえたのですが
(彼)の首筋に顔をうずめて、離れたくなくて涙が出そうになりました。
(実は、緊張もあって、その事をなるでこさんに言えませんでした)

そして、下を見ると足元に石畳が見えていたのですが、降り立つのが
とても嫌でした。
嫌々ながら降り立った石畳は、村の広場のようで周りには石で出来た
縦長の3階建てぐらいの家が広場を囲むように立ち並んでいます。
周りには人々もいて、私は6~7歳ぐらいの女の子でした。
印象的に残っているのは、長い木を何本か上で紐で結んで
それを使って鍋をつるして、外で煮炊きをしているようでした。
でも街並みも何もかもが、私から見ると灰色で明るい色彩では入ってきませんでした。
(時代や服装などからみると映画・レミゼラブルの時代に背景も服装なども似ていました)

私の家は、その縦長の家の中の1つで、家の中に入ってみると父親と母親がいました。
(2人は現生での知り合いではありません)
2人は、何か会話をしているふうでもなく、父は、部屋の片隅で何か手で物を作っていました。
父の仕事は、村はずれにある鍛冶屋のような所で働いている職人でした。
母は、台所で料理を作っていました。
そして、私は1人っ子のようでした。
その部屋には、大きな食卓があって、私は、いつもその食卓で絵を描いたりして遊んでいました。
家族の会話は、あまりなく父は、特に無口なようで1人っ子だからと猫可愛がりされている感じでもなく
明るく笑いがある家庭には見えませんでした。
1人1人がたんたんとしていて、子供の私でさえ1人で何かする事を好み
その家庭に不満を持っているというわけでもなく、それが当たり前でした。

それから20代初めに父が亡くなり、母と2人暮らしが続いたようでしたが
私は、外で働いているふうでもありません。
人との付き合いが苦手なようで、家の中で過ごす事が多かったようでした。
それから母も亡くなるのですが、結婚もせず一生独身だったようです。
晩年もあまり家から出ることはなく部屋の中で花を活けたり、本を読んだりと
1人の生活を楽しんでいて、唯一その場面だけがグレーではなく色彩がありました。
そして、70代ぐらいなのでしょうか、自宅のベットで誰にも看取られずに1人で亡くなりました。

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この第1の過去生で思う事は、現生でも1人っ子で育ったが
家族3人で旅行や遊びで行っても何故か心から楽しめず違和感を感じていました。
家族がべったりする事が慣れていなかったせいかもしれません。
そして、小さい時から1人の時間が好きで、親が仕事でいなくても平気でしたし
幼稚園や学校生活がとても嫌で、鍵っ子にもかかわらず学童に入る事を嫌い
誰もいない家に帰っても寂しいとは思わず、クッキーを焼いたりテレビを見たり過ごしていました。
いま、思うと変わっている子だなと思いますが、第1の過去生を見て納得しました。

彼女からのメッセージは、あまり人の目を気にしないでいいよとの事でした。

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第2の人生で降り立った所は、崖の上に1人たたずんでいました。
年は20代ぐらいの女性です。
辺りは何もなく見えるのは、遥か彼方の地平線と、岩肌の見える山が連なって見えるだけでした。
私が住んでいる場所は、崖の中にある修道女でした。
中の壁は、石や岩がむき出しになっていて、礼拝堂もありますが暗くジメッとしています。

そこには、何十人かの修道女が、共にそこで寝起きをして生活しています。
その中でも唯一、話をしていた人物が2人いました。
(現生では、娘の保育園のママ友でした)

何故そこで生活をしているのか遡ってみると、生まれたばかりの私を
母が育てられず、その修道女に置いていったようでした。
(その母は、現生では知らない人です)
何故育てられなかったかを見てみると、母は露店のような所で働いている
男性を好きになり子供が出来てしまったが、その男性には結婚する意思がなく
家族にもその事が言えずに困った母親は、どうしようもなく生まれたばかりの
私を手放したようでした。

それから、一生涯そこから出る事もなく暮したようだが、いつも1人になりたい時や
苦しくなった時は、最初にいた崖に上って、空を見上げて神に
何故、私の人生はこんな人生なんだろうか?何故?何故?と
今と変わらずに問いかけていました。

そして、年は70歳近くに見えますが、まだ50代ぐらいだと思います。
石壁が見える自分の部屋のベットでひっそりと
また誰にも看取られずに亡くなりました。

その時に、なるでこさんが、えっ、また1人で亡くなったの?
という声が聞こえて自分でもはいと答えていました(笑)

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現生での家は、無宗教に近い仏教だったのですが
小さい時、夜ベットに入って寝る前にいつもお祈りをして
寝ていたことを覚えていて、前からいつの過去生か分からなかったが
首からクロスのペンダントをしていた感覚が残っていました。

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第3の過去生では、ジメッとした芝生のような草の上に降り立ちました。
そこは広い庭で、周りは自然豊かな森に囲まれていました。
後ろには、石で出来た古城が建っていて、私は、そこに住んでいるようでした。
中に入ってみると家具なども少なく塔に上る階段がひときわ目立ってありました。

そこには、私の他に使用人が3人住んでいて、1人は、私の身の回りの
お世話をしてくれている年は、私より少し下ぐらいの女性。
彼女とはとても気が合い、夜になると塔の上で、よく話しこんでいたようだった。
(彼女は、現生でも一番辛い時に一緒にいてくれた親友です)
そして、食事の支度をする女性。年は、40代後半であまり感じがよくなく無愛想。
彼女とは、あまり会話することはなかった。(いま、思えば現世での私の叔父の奥さんの
母親ではないかと思いました)
そして、城の護衛をしているかっぷくがいい男性。(今の主人でした)

そこの城には、他に家族は一緒に住んでいません。
その時の父親は、現生での叔父で、土地などを管理している領主で
裕福な暮らしをしているようでした。
何故、私が1人で住んでいるかを生まれた時まで遡ってみると
別の大きなお屋敷で私は生まれて、父も母もとても喜んでいましたが
10代で母が病気で亡くなってから間もなく後妻がやってきました。
その後妻は今の叔父の奥さんでした。
その継母は、私がいることが疎ましかったようで、私を別の場所に
住まわせました。
その時の父は、継母の言いなりで助けてくれるふうでもありません。

それから私が25~6歳の時に城に兵士の格好をした盗賊が
城を襲い、みな殺されてしまいます。
今の主人は、最後まで私を守ってくれたが、早く逃げろと言い残して
目の前で、息絶えてしまう。
私は、森の中へ逃げ込みますが、さまよい続け息絶えてしまいました。

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現生でも、叔母とはなぜか合わず、叔父の家に行っても
いつも疎外感を感じて、最近は叔父家族の写真を見ると、何故か辛く
見たくない心境になっていたので、何かあるのだろうかと思っていました。
この過去生を見て納得出来て、反対に謎がとけてスッキリしました。

この過去生からのメッセージは、どんなに辛い死に別れをしても
いつか必ず出会えるということでした。

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この3つの過去生を見終わって、1人で亡くなり、やっぱり暗かったので
自分でもすぐにどう解釈してよいの分からず、なるでこさんが4つ目の過去生を
見てみる?ということで次の過去生へとつれて行ってくださいました。

そこは、地球ではなく空が青紫色のオーロラのようでした。
海が見え岩壁の上にドーム型をした屋根のない洞窟のような所に
私は、体を丸めて座っていました。
背中には、羽らしきものがついています。
地球での人生が終わって戻ってきたところなのか、あ~、疲れたと言っています。

そして、私の目の前を同じく羽がついた男の子が飛んで
こちらを見ながら、だけど自分が行きたいと言って行ったんでしょうと
呆れ顔で、私を見つめていました。
そして、また引きとめても地球へ行くのが分かっているようでした。

そんなに地球に行くことがきついのなら辞めればいいのに
私は、頑固に何かを学んでこなければいけないという強い気持ちがありました。
その男の子の他に誰かいないか見わたしましたが
そこには2人だけしかいませんでした。

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セッションを終えてから正直、見たものがどちらかというと暗くてパッとしなかったので
当初は、どうしてそこを見せられたのか自問自答の繰り返しでした。
セッションを受ける前に、なるでこさんからあまり期待しすぎないでね、
その時に必要なものだけしか見せてくれないし、自分で見ていくから
落とし込めるのよと言われていた言葉が私の心に強く残っていました。

なるでこさんのおられる仙台から私の住んでいる場所は遥か遠くて
最初、主人にセッションを受けたいと相談したのですが
まだ、先でいいんじゃないかと言われ、それでも諦めきれずに
今じゃないと意味がないと説得しました。
主人も分かってくれ、それだったら家族で旅行がてら車で仙台まで行って
帰りにまだ行ったことのないディズニーランドに寄って帰れば
子供も喜ぶし、私もセッションを受けれるのでいいのではと提案してくれました。

正直、1人で来ていれば、きっとこの過去生を見ての帰り道とても
落ち込んでいたかもしれません。
いま、思えば家族で車で長距離でしたが楽しく行けた事。
そして、興味がなく今まで1度も行った事がなくて、気乗りがしなかったディズニーランド。
どうせ人が作ったものだから面白くないと決めつけていたんです。
だけど、行ってみて時間を忘れるぐらい楽しくて、私の人生でこんなに
ワクワクしたのは、いつだっただろうと思えるぐらいでした。
でもその間もセッションで見た過去生のことを考えていました。

すると、私の中にふっと言葉が入ってきました。
今までの人生もこれからの人生もみんな自分で創っていくもの。
それが象徴で、今までの過去生の全部が石で創られいる世界でした。
もう、それは終わったんだよ。
見てごらん自分の意識が変われば、こんなに素晴らしい夢の世界も
創りあげることが出来るよと暗と明を見せられているようでした。
きっと、なるでこさんの所で体験したハイヤーセルフの声だと思いました。
それでもなお、その変えるのにはどうしたらいいの?と考えてしまいました。

それから1カ月ぐらいは、見た過去生が繰り返し繰り返し出てきては
頭から離れませんでした。
自分で落とし込めることが出来る!まさにそれでした。
その時に何を考え思っていたかが、実体験しているように深く刻まれていく感じでした。
その時に今度は、悪いところばかりにしか目がいってないとまた言葉が入ってきました。

それから色々な気付きがありました。
今までの過去生は、いつも1人で家族の縁が薄く、私も人付き合いが苦手。
でも今の人生は、家族が出来て、主人も娘も人懐っこい、それに慣れていない私は
どう対処していいのか困ることはあるのですが、お喋り多い笑いの絶えない明るい家庭です。

彼らが私に家庭の暖かさや明るさを教えてくれているんだなぁと実感しましたし
今では大好きな友人達にも囲まれています。
変わりたい変わりたい、そうなりたいと思って生きてきましたが
もうすでに変わっていたのだと気が付きました。
ずっと開かない開かないと思って、カギをかけていたのは自分なんだと。

私は、この問いに何世紀も答えを外に求めてきたけれども、童話の青い鳥のように
本当は、近くの自分の中にあったということに気が付きました。
求めよ、さらば与えられんという言葉がありますが、ずっと求めてきたから
答えが与えられ、何もかもは完璧で自分の中に強い力があるのだということが
心から理解することが出来ました。
きっとこの事が分からずには、私の新たな一歩は、踏めなかったと思います。
ようやく扉を開け放して、自分を信じて思い描く人生を歩んでいけそうです。

地球や人々の意識が変わろうとしているこの時期に気づくことが出来て
幸せですし、何よりもなるでこさんに心から感謝しています。
長い道のりでしたが、これを機会に楽しい人生に変わって
いくだろうと思っています。


:*゜..:。:.::.*゜:.。:..:*゜..:。:.::.*゜:.。:..:*゜..:。:.::.*゜

なるでこさん、お世話になっていながら、お礼も遅れてしまいましたが、
本当にありがとうございました。

セッションを受けてから、気付きまでに時間がかかりましたが
私は、とても頑固で、なかなか納得しないという難しい性格なので
上の方がその性格を分かった上で、なるでこさんという私が信頼を置ける方に出会わせてくれて
(他の方であれば見たものも全部否定していたかもしれません)
同じような過去生をなぜ送ってきたのかを1度、落ち込ませて考えさせるという
そして、家族での旅行という経験も入れ込んで、セッションを受けようと思ってから
この何カ月かが引き続いてのセッションだった気がしてなりません。

そして、初めて行った仙台の空が福岡とは違って、広くて懐かしく感じたのが忘れられませんし
なるでこさんに玄関で見送っていただいた時、せっかく会えたのにまた遠く
離れてしまうという寂しい気持ちに何故かなってしまいました。
でも、帰りに広島で、たくさんの龍神さんを見ることが出来たんですよ!
空を悠々と泳ぐ姿は、素晴らしかったです☆

それでは、今年あとわずかとなりましたが、良いお年を
お迎えください。
そして、お忙しいと思いますが、お身体ご自愛くださいませ。
コスモくんにもヨロシクお伝えください(^_-)-☆
また、お会い出来ることを願っております。


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(2015-12-27 に送ったお返事のメール)

〇〇さん、こんにちは。

すばらしいレポートをありがとうございました。

〇さんから貴女のことをちらほらお聞きして、どうしていらっしゃるかなあと思っていました。

ゆるぎない自分を確立されましたね。ご自分ではこの間、迷いながら、問いかけながら、もがいてきたのかもしれませんが、私から見ると、セッション前のあなたとは別人です。

セッションでHSが選んできて見せるもの、どの方にとっても、それは、その人に現世をポジティブにとらえ直してもらうための教材です。

やり方には二通りあって、ある人に対しては、明るい前世を見せて励ますやり方が有効、でも、ある人に対しては、むしろ逆に思い通りに行かなかった人生を見せて、「それを繰り返すのはいやだ」と発奮させるやり方が有効。両方のパターンがあるように思います。

クライアントさんの性格に合ったやり方を、HSはちゃんと選ぶのでしょうね。フフフ、弱気な人には明るい前世を見せて勇気づける一方で、本来強い人には、暗い前世を見せてハッパをかける。〇○さんの場合は後者ね。そう理解したらよいと思います。自分の強さを、HSは信頼してくれたんだ、そう思って、自分を誇りにして下さい。

現世はまだまだこれから、、自分で造っていけるもの。現世が持っている素晴らしい可能性に、周囲への感謝とともに、気が付く。それって、素晴らしいですよね。だから、そのタイミングで、貴女はセッションに来られたのです。

HSとの、創造主との、絆を回復したいと願う人生のセッションはまだまだ続いていきます。HSの導きはこれからますます顕著になっていくでしょう。

自分のもとに来るものが自分にとっては常に最高最善だという、創造主への全幅の信頼に身をゆだねていれば、ありがたくないものは何もない。すべてが自分を成長させてくれるきっかけになるもの。

勇気をもって、自分を信頼して、HSや創造主を愛して、自分のリアリティを自分で造っていってください。応援しています。

2016年が、さらに素晴らしい年になりますように!

from なるでこ

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(なるでこから)

この方からレポートが届いて、ホッとしました。とてもうれしかった。正直に言って、この方のケースは少々気にかかっていましたから。

通常、セッションが終わると、そのセッションによってクライアントさんが抱えてきた疑問が解消されたのかどうか、トラウマが癒されたのかどうかを、私はチェックします。つまり、目的は達成されたのかどうかを知りたい。

セッションで、HSが、クライアントが容易に理解できる形で答えを見せてくれた、つまりわかりやすい過去世を見せてくれた場合は良いのですが、時には、なぜそういう過去世を見せてくれたのか、なぜそのような形でセッションが進行したのか、解釈に苦しむ場合があります。この方の場合もそうでした。

セッションを終えてから正直、見たものがどちらかというと暗くてパッとしなかったので
当初は、どうしてそこを見せられたのか自問自答の繰り返しでした。

正直、1人で来ていれば、きっとこの過去生を見ての帰り道とても
落ち込んでいたかもしれません。


そもそも、このクライアントさんは何を求めて、私のもとへ来られたのでしょうか?

いつも無価値感が強く
人生でやり遂げた事がないので、自分に自信が持てず、ましてや幼い頃の記憶が鮮明に
残っていて、特に傷ついたことなどは、事細かく残っているので、自己評価が低く
人より劣っている感覚が払拭できずにいました。

こんなにも人生がうまくいかず、八方塞がりで
やっとで今度こそは幸せになれると思っても
途端にダメになってしまったりということも多く私が過去生で何かひどい事をしたから
そのカルマをおっているのだろうかと思った事もありました。

自分の覚えている過去生は、暗い人生が多く、それが続いたあげくに
幸せという感覚を忘れてしまい自分の望んでいるような人生を歩めなくなってしまったのでは
ないかと思うようになりました。


つまり、人生全体に広がってしまった無力感、無気力、虚無感。「何をしても上手く行かない。自分にはその力もない」というあきらめともいえる感覚はどこから来るのか。過去において自分が何かをしたせいなのか、それとも、されたせいなのか。その辺の理由を教えてほしい。それを、私のセッションに求めてこられたわけです。

ところが、上述のように、クライアントが理解しやすい答えは得られなかったんですね。今回、HSがクライアントに出した宿題は、なかなか難易度の高いものでした。

続けて見せてくれた3回の過去世は、いずれも色でいうならモノトーンのイメージ。一言でいうなら、”ただ孤独に過ごした”感の強いものでした。

私のメモでは、退行で体験した順番としては、2回目が継母に嫌われた城主の娘、3回目が修道女の過去世となっています。3回とも、臨終の場面では誰にも看取られずに亡くなっており、3回目の(周囲に人がいるはずの)修道院でもそうだったので、私はセッション中、思わず驚きの声を上げています。

多くの転生の中から、わざわざこの3回の人生をピックアップし、組み合わせて見せてきたHSの意図は何だったのか。レポートを読むと、クライアントさんは、それを、セッション後もなかなかつかみ切れずにいたようです。

ただ1点、直後から明らかになった気づきがありましたね。現世のご主人との関係です。彼は、クライアントが城主の娘として過ごした過去世において、いつもそばにいてくれた護衛だったのです。クライアントを暴徒から守るために命を落としています。

この過去生からのメッセージは、どんなに辛い死に別れをしても
いつか必ず出会えるということでした。


その時の彼と、現世で再会できた。(今でも自分を守り支えてくれている)現世の夫が、その人だったんだ! これがわかったのは、非常に大きな収穫だったと思います。

さて、その他に、HSは、クライアントを私のセッションに来させて、いったい何を伝えたかったのでしょうか? セッション後、クライアントの意識が変わっていった過程を見てみましょう。

すると、私の中にふっと言葉が入ってきました。
今までの人生もこれからの人生もみんな自分で創っていくもの。
それが象徴で、今までの過去生の全部が石で創られいる世界でした。
もう、それは終わったんだよ。
見てごらん自分の意識が変われば、こんなに素晴らしい夢の世界も
創りあげることが出来るよと暗と明を見せられているようでした。


何事にも偶然はありません。セッションが行われる仙台へ来るにあたって、クライアントは娘さんのために、帰りにディズニーランドに寄る計画を立てていました。それが、彼女の世界観に大きく影響したのです。

自分をモノトーンの石の世界に閉じ込めてきたのも”意識”なら、明るい夢に満ちたディズニーランドを造り上げたのも、人の”意識”なのだと。それに気づいた。自分の意識で、人生を”ディズニーランド”にすることも可能なのだと。

それから1カ月ぐらいは、見た過去生が繰り返し繰り返し出てきては
頭から離れませんでした。
自分で落とし込めることが出来る!まさにそれでした。
その時に何を考え思っていたかが、実体験しているように深く刻まれていく感じでした。
その時に今度は、悪いところばかりにしか目がいってないとまた言葉が入ってきました。


その後、セッションで体験した過去世をなぞっては思い出していったようです。当時の感情や思いを味わい尽くしていった。当時の自分をふたたび生き直す。これが、他人から情報を伝えられるだけのリーディングと、退行催眠セッションとの大きな違いですね。「落としこんでいく」、そう、当時の人生をふたたび体験することができるのです。当時、自分が何を悩み、何を喜び、何を願って生きていたのか、死後は何を思ったのかまで、詳細に思い出していくことができる。

すると、また気づきが入ってきました。では、現世をどのように見るのか? 過去世と比べてどうなのか? そんなに悪いことばかりなのだろうか? そういう自分への問いかけが始まりました。

でも今の人生は、家族が出来て、主人も娘も人懐っこい、それに慣れていない私は
どう対処していいのか困ることはあるのですが、お喋り多い笑いの絶えない明るい家庭です。

彼らが私に家庭の暖かさや明るさを教えてくれているんだなぁと実感しましたし
今では大好きな友人達にも囲まれています。


ここからの発展が素晴らしい!

「足りない、寂しい」と思っていた過去の人生を生き直すことで、今の人生で自分が持っているものの価値に気づいたわけです。

変わりたい変わりたい、そうなりたいと思って生きてきましたが
もうすでに変わっていたのだと気が付きました。
ずっと開かない開かないと思って、カギをかけていたのは自分なんだと。

私は、この問いに何世紀も答えを外に求めてきたけれども、童話の青い鳥のように
本当は、近くの自分の中にあったということに気が付きました。


そして、自分が何回もの転生で、何世紀もの間、問いかけてきた疑問に、ついに今回、この現世で答えが得られたことを知ります。

この部分は感動的ですね。

求めよ、さらば与えられんという言葉がありますが、ずっと求めてきたから
答えが与えられ、何もかもは完璧で自分の中に強い力があるのだということが
心から理解することが出来ました。
きっとこの事が分からずには、私の新たな一歩は、踏めなかったと思います。
ようやく扉を開け放して、自分を信じて思い描く人生を歩んでいけそうです。


いかがでしょうか、読者の皆さん。ついに、自ら閉じていた心の扉を開けたこの一連の流れを通じて、どれほどこのクライアントさんがパワーアップしたか、感じ取れますか?

とても大きな真理2点に気づいていますね。

まず1点目は、扉を閉ざしていたのは、自分に他ならないということ。

これは、実は誰にでもあてはまります。自分に制限をかけるのは、実は自分以外にはいないこと。多くの人がそれに気づいていない。本来、私たちの”意識”は無限のパワーを持ちますが、その使い方を忘れてしまって、不要な無力感に苛まれている人がいかに多いことか。

そして2点目は、「求めよ、さらば与えられん」です。

何世紀にもわたって神に祈り、答えを求めてきたクライアント。「なぜ、こんなに苦しいのか? 孤独なのか?」 その答えは、「自分でそうしているから」というまるで禅問答の如くでしたが、そうであっても、真摯に問い続けてきたその祈りは聞き届けられたのです。

”求めることで与えられる”、これは”自由意思”という宇宙の根本原則につながっています。コンシャス・チョイスの読者の皆さんは、じっちゃん創造主が、「「助けてほしい」でもいい、「変わりたい」でもいい、現状から前へ進みたいという意思の表明、自由意思の選択がない限りは、手助けできないんだよ」と、繰り返しおっしゃっておられるのをご存じだと思います。

無力感にとらわれて被害者意識を持ち続けるのではなく、「自分で状況を変えていく」という前向きの選択をしたときに初めて、その声が、”じっちゃん”の耳に届くのです。その光が、じっちゃんの目に留まるようになるのです。

そして、”創造の力”を自分に取り戻していく。実際には、自分自身にその力があることを”思い出して”いきます。なぜなら、創造主はあなたの中にいて、あなたの中でその声を聞き、あなたの中で目覚めるから。

つまりは、今回のクライアントさんは、何世紀にもわたって忘れていた”自分の中の創造主の存在”を思い出した、そのようにも言えるのではないでしょうか。

”祝祭”セッションでは、HSは、その時その状態のクライアントにとって最も必要なパラレル体験へ、クライアントを導いていきます。その意図に例外はありません。何を見せられても、何を体験させられても、それがその人にとってその時の最高最善です。魂に与える影響の大きさといったら、奇跡と呼んでいい。

自分の想像を並べただけじゃないか、と最後まで疑う人がいますが、自分の顕在意識のみでは、とてもこれだけ壮大かつ緻密なスト―リーラインは組み立てられません。自分の創作だと思うのは自由ですが、裏で、総合プロデューサーとして、全員にとってのハイエスト・セルフ、つまり”じっちゃん”創造主が総括していることを忘れるわけにはいきません。

毎回、”祝祭”セッションの総合プロデューサーは”じっちゃん”なんですよ、実はね。私が、”祝祭”セッションを始めた最初からそうだったのだろうと、今は推測しています。現場に姿を見せることもあれば、見せないこともあり。監督を兼任して、その場を仕切られることもあり。しかし、どのような関わり方をされようとも、必ずセッション全体を見守り、導いてくれていることには変わりありません。マイケルのガードと共にね。そのことを再認識しておきましょう。('-'*)アリガト♪

見せてもらったビジョン、言葉によるメッセージ、非言語メッセージ、セッション後にその体験をどのように自分に落とし込むか、それはクライアント個人に任されています。これまでのどのクライアントさんの記録を見ても、無意味だった退行体験は一つもありません。

常に自分にとっての最高最善が起こっています。

セッションを受けてから、気付きまでに時間がかかりましたが
私は、とても頑固で、なかなか納得しないという難しい性格なので
上の方がその性格を分かった上で、なるでこさんという私が信頼を置ける方に出会わせてくれて
(他の方であれば見たものも全部否定していたかもしれません)
同じような過去生をなぜ送ってきたのかを1度、落ち込ませて考えさせるという
そして、家族での旅行という経験も入れ込んで、セッションを受けようと思ってから
この何カ月かが引き続いてのセッションだった気がしてなりません。


今回のクライアントさんも、時間はかかったにせよ、自分にとって最高最善の答えを見事に探し当ててくれました。

深い、すばらしい気づきのセッションでした。

地球や人々の意識が変わろうとしているこの時期に気づくことが出来て
幸せですし、何よりもなるでこさんに心から感謝しています。
長い道のりでしたが、これを機会に楽しい人生に変わって
いくだろうと思っています。


これからは貴女が創造主ですよ。まさしく、これを機会に楽しい人生に”貴女が変えて”いくのです。

おめでとう! 応援していますね。

今回も、上と下の関係者ご一同様、セッションのサポート、誠にありがとうございましたっ!





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