モノレールの久茂地駅の階段に書かれたコピー。この下には宮古島への宣伝文句が続く。このコピーは本島に住む、あるいは那覇の街であくせくと働き、クタクタになって家路につく「沖縄県民」にも向けられたコピーと解釈してもいいだろう。しかしこれを見た本土からの観光客は「贅沢だよ。那覇だって十分に癒されるじゃん」なんて言って笑ったりするのであろう。
沖縄はリゾートの島から癒しの島へとその様相を少しずつスライドしつつある。いつの間にかバリ島がすっかりそんな島へと変わってしまったように、沖縄もまた同様に姿を変えようとしている。都会の喧騒、日常の煩わしさから開放されて、固定化されたイメージの亜熱帯の沖縄の風景、味、香り、スパの優しい手触り…そんなものを楽しみながら人々は癒されて、そして「日常」へと戻っていくのだ。
そんな「外からのまなざし」に釘を刺すような一言が、「ウチナーンチュだって癒されたいんだ!」。実に感動的である。しかし、それが「宮古島」であることにより面白さを感じる。本島の人々は本土の人々が癒される「本島」ではもはや癒されない。そりゃそうだ。そこは「日常」なんだから。だから人々はより「南」へと視線を向ける。
当たり前のことだが、住んでいる人々にとってはそこは「日常」。訪れる人にといってはそこは「非日常」。そしてもう一つ。そこを訪れて、住んでいるうちに「非日常」は「日常」へと変わっていくってこと。沖縄を一時、仕事で訪れるたびに、今、ぼくは沖縄のことをいろいろ考えるようになった。「日常」が「非日常」へと再び戻ってしまったからなのだろうか?しかし、そんな簡単にリセットできてしまうものなんだと考えると、少々寂しい気もするが…。
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