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トップスターショー 歌ある限り (1977年5月5日放送)

2017年07月25日 | JULIE

土曜日に放送された、CS放送→トップスターショー 歌ある限り #31(フランク永井、八代亜紀、沢田研二、岩崎宏美)

ですが、なんで5月5日放送と分かったかって?番組内でも「端午の節句」と言っていたのですが、5日放送とは限らない。当時の日記にこの番組の事を書いているかな?と思って調べてみたの。間違いなく今から40年まえの5月5日の放送でした。ただ、日記には「見せてもらえなかった」と書いていました。テレビはまだ一家に1台、逆らえない怖い父が見せてくれなかった。良かったね~40年ぶりに見られて~(笑) と、嘆いているあの日の自分に教えてやりたい ちなみに田宮二郎さんとの2月に放送された分は見てます。

簡単に、残念ながらボケた画像ですけど・・

加瀬さんの「許されない愛」を歌いながら登場したジュリー。豊かな長い黒髪をゆさぶり熱唱。ジュリーの衣装は真白の純白で、前年に新幹線事件を2度も起こして謹慎していたジュリーは、謹慎後は曲も衣装も地味めでした。(伝説の金キャミは除いてですが)

ジュリー「今晩は、春のコンサート予定も終わって来月の29日30日のリサイタルの準備におおわらわです。頑張って歌います」 ※リサイタルは「ハムレット」か?見てない、見たかった・・ → 沢田研二リサイタル ハムレット・イン・ジュリー1977年6月29日-30日 NHKホール

久米さん「いつもファッショナブルなステージでファンを楽しませてくれる沢田さん。今夜もタイガース時代からのオリジナルをメドレーで唄い、華麗なショーを見せてくれる事になっています」

端午の節句にちなみ、出演者にどんな子供でしたか?

ジュリー「僕は近所の人からおとなしいこと言われていました」子供の時の写真に「これは大人しそうだ。」久米さんが「遠足に行く姿みたいですね」。ジュリー「はい」優雅な笑顔で答えるジュリーがキレイです

久米さん(以下K)「沢田さんはタイガースのGS出身ですが、タイガースも含めて歌っての生活は何年目ですか?」

ジュリー(以下J)「11年目です、早いですね」

K「おいくつですか?」 J「28です」

K「だいたい半分まではいかないけど4割くらいは歌手生活で生きてきたわけですね。タイガース時代からヒット曲も入れて、メドレーで聴いてみたいと思います」

シーサイドバウンド、モナリザの微笑、君だけに愛を、青い鳥、危険なふたり、追憶、時の過ぎ行くままに、コバルトの季節の中で等(正確には覚えてないです

K「素晴らしいですね!ほんとに奥さんにも見せてあげたかった。メロディの綺麗な曲が多くて、11年間の歴史のある曲をメドレーでこうして歌い続けるのは気持ちがいいでしょ!※奥さんは余計でしょ 

そして最後は「さよならをいう気もない」でジュリーの出番はおわりました。この黒いシックな衣裳、大好き・・・

ジュリーの透き通る甘い声、たっぷりした黒髪が艶々と輝き、白く細い指に黒い衣装が映える。美しい人は顔だけではなく全部が綺麗なんやな・・ とため息の連続でした。ほんとに40年もたって見逃した番組が見られて嬉しいです

ところで色々気になるコメントも多数で、1977年で11年目は、今年が2017年で50周年と謳っているのと齟齬がありますが。まあ、それくらいはいいですか。ジュリーはファニーズ時代から11年と言いたかったんでしょうね。しかし、久米さんの「奥さん」発言は余計です!


 

1970年から10年くらい ほぼ毎日、勉強はせずにじっくり日記を書き続け、ジュリーのことも当時の日記にせっせと書いています。(絶対に続かないだろうと思いながら書いていたら、何故か20年ほどダラダラ続きました)

当時の日記にはTVで見られないジュリーの事を「ジュリーは今頃どうしているだろう、寂しい」

まさにTV放映日の5月5日の日記には、読んで笑いました。恥をかくのは承知で載せちゃう(笑)

「ジュリーは今、53kgだって、私よりもちょっと多いだけ。痩せているのね、可哀想、細くて・・ ジュリーを抱いたらポキッと音がするんじゃないかしら」

今のジュリーの体重は何キロでもいいのですが、抱いたらどんな音がするのだろうか? あの頃の私は、40年後のジュリーも、もちろん40年後の自分の想像すら全くできない子供でした。あれから40年たった今も、50周年を迎えたジュリーのLIVEに行って感動をいただいています。幸せだと思います。

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