脳辺雑記帖 (Nohhen-zahts)

脳病と心筋梗塞を患っての独り暮し、Rondo-Nth の生活・世相雑記。気まぐれ更新ですが、気長にお付合い下さい。

まだまだヒトは、サルの仲間であるから。

2015年05月31日 10時44分39秒 | 今日のたわ言
梅雨前の5月なのに、台風が来たり夏のように暑かったり、
火山まで噴火したり、昨夜の東京地方は震度4の地震だったり‥。

(地震のとき公園にいた。帰ろうとして自転車に鍵を差した時、風景が
くらりと揺れて、何だかめまいがすると思ったら、地震だった。
これが予震で、さらに大きい本震が来るのか、どうだか。。。)

日本列島は上も下も揺らいでいるが、天変地異は世界的な現象である。
異常だのというよりも、地球は生き物であり、常に生成変化しているのだ。
自然にも人間にも「正常」というのは、その時代時代(高々、人間尺度で
100年程度)の平均像で出来上がった代物に過ぎない。
時代が替われば、当然平均像も常識も変化する。

正常 ー ズレ ー 再正常 ー ズレ ‥‥みたいに延々と、
反復や繰返しの歴史が螺旋状に続いているだけのことに思う。
それの何処か80年程度の幅に、ヒト各々の人生の場所がある訳だ。

歴史の反復や繰返しに気づき、それに自覚的であること。
そういう風に意識を持てるのは、動物では人間だけであろう。
世界は、有能から凡愚なるサルと、天才から無能なる芸人で溢れている。

生きることに一番必要なのは、サルかサル廻し、どちらかの<芸能力>
なのかもしれない。誰もサルを笑えない。誰もが程度の差はあれサルだから。
サルを仕込む芸人の方は、サルに喰わせて貰っているに過ぎない。
サルか芸人かだ。人間を冷静に諦めつつ、サルであることも楽しめること。
そんな超越的諦観と、全ては所詮、釈迦の掌にあるのだということ。

(どうでも好い追記:ドローン少年は、将来、どんな大人になるんだろ?)

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