坂野直子の美術批評ダイアリー

美術ジャーナリスト坂野直子(ばんのなおこ)が展覧会、個展を実際に見て批評していきます。

形のないものを彫刻するということ

2011年01月17日 | 展覧会
曽根裕さん(1965年~)は、ヴェネツィアビエンナーレ他、国際展でも活躍する彫刻家であり、ヴィデオ作品やパフォーマンスなどで知られています。代表的なヴィデオ作品の「ナイトバス」では、アジアやアメリカ西海岸を夜行バスから映し出した風景が延々流される作品です。この作品では作家自身が撮影したものだけでなく、他者も撮影に加わることで作品に広がりを得ています。
「バースデイ・パーティ」のヴィデオ作品は、1997年のミュンスター彫刻プロジェクトに出展した作品で、世界各地を旅するなかで、自分のバースディをその土地の人に祝ってもらう光景が映し出されています。誕生日という私的なイベントを社会や公共でどのように認識されていくのか、記憶や光景など形のないものを映像という形式である種〈彫刻〉することで、新しい視点やものの見方を提示してきました。このヴィデオ作品などが現在、オペラ・シティアートギャラリー(新宿区)で「Perfect Moment」というテーマで展示されています。
掲載画像「Every Snowflake has a Different shape No.25」2007年 クリスタル
現在、メゾンエルメス8階フォーラム(銀座)で開催中の曽根裕展「雪」に出展されている作品です。2004年から雪の作品をテーマに取り組んでいるシリーズです。エルメス財団が主催するこのオープンスペースは国内外の気鋭のアーティストが空間と地域性を加味した興味深い作品を展示してきました。曽根さんの「雪」の作品では硬質な透明感のある輝きも魅力ですが、ヴィデオ作品と通底する形のないものを彫刻していく行為、〈雪の結晶はどれも違うかたちをしている〉という複合的な意味合いが交差する作品となっています。

◆曽根裕展「雪」/開催中~2月28日/メゾンエルメス8階フォーラム(銀座)
 曽根裕展「Perfect Moment」/開催中~3月27日/オペラシティアートギャラリー(新宿区)

耳をすましてー美術と音楽の交差点

2011年01月14日 | 展覧会
今年の冬はここ数年が暖冬だったせいか、本当に冬らしい厳しい寒さに展覧会に出掛けるのも精神力が必要かもしれません。
ルイ・ヴィトン表参道のビル7階にアートスペース「エスパス・ルイ・ヴィトン東京」が明日オープンします。ガラス張りの明るい空間は現代アートの新たな発信地として期待されます。こけら落としはフランス人作家によるインスタレーションということで、また取材しましたらお知らせします。
各美術館も縦横な企画展をスタートさせます。茨城県立近代美術館で開催される本展も五感を刺激する楽しめる企画展となっています。音楽は常に美術にインスピレーションを与えてきましたが、とくに20世紀初頭から抽象表現の確立に対位法やポリフォニックな音楽的要素を絵画に取りいれることで色彩や線の純粋な空間の戯れが生まれました。
そして現在においてもその表現形式の枠組みはより拡大し、美術と音楽はさまざまに交差しています。音楽好きで自らもヴァイオリンを奏でたパウル・クレーは有名ですが、独特の半具象的世界を開いた三岸好太郎「オーケストラ」他シャガール作品などとともに、現代美術家の金沢健一さんの「音のかけら」シリーズのインスタレーション作品では、鉄の板のさまざまなかたちを叩くことで体感する音の響きのバリエーション、八木良太さんの氷で作られたレコードをプレイヤーで奏でる未知なる音の空間、絵画と原初的な音の響きがどのように作用するのか楽しみです。
・作品画像 パウル・クレー「ホフマン風の情景」1921年 高知県立美術館蔵


◆「耳をすましてー美術と音楽の交差点」/茨城県立近代美術館/1月22日~3月6日

フェアリーな私的神話

2011年01月12日 | 展覧会
彫刻の歴史は日本では仏像に遡りますが、木彫の起源も古く、樹齢を重ねた樹木は古来から日本人にとって木霊が宿る神聖な対象として崇められてきました。現代まで木彫作品はヴァリエーション豊かに息づいています。土屋仁応さん(1977年~)も木彫の世界に新たな可能性と息吹を吹き込むアーティストの一人です。
掲載画像は、「麒麟」(PHOTO:HIROYUKI TAKENOUCHI)架空の神話的モチーフを題材に神秘的でどこかはかなさい命を感じさせる作品となっています。高さは30センチほどの作品ですが、独特の空気感を漂わせています。それはどこから来るのでしょう。
現実に存在しながらどこかフェアリーな鹿や麒麟、半人半馬、犬など神話と現実が交錯する曖昧な存在であるが、現代というバーチャルなリアリティを感じさせるということでしょうか。土屋さんは「集団の起源や文化の創造の過程を神聖なエピソードで彩った『神話』が今日まで語り継がれているのは、集団が誇りや絆を持つために必要だからなのだと思います。このことは民族や国のような大きな集団だけでなく、個々人やプライベートな人間関係のなかでも同じように作用するのではないかと思うのです。」と語っています。日本固有の文化を受け継ぎながら〈私的神話〉の世界は広がっていきます。

◆土屋仁応「私的神話」/1月18日~2月12日/MEGUMI OGITA GALLERY TEL 03-3248-3405

美術家としての吉岡徳仁氏

2011年01月10日 | アーティスト
マルチメディアアーティストというと分野の異なる表現形式の垣根を超えて活躍する方で、現在では、デザインと美術家の仕事の領域も特定しにくくなっています。倉俣史郎氏の事務所から独立し、デザイン事務所を設立、スワロフスキーなどのショップデザイナー、空間デザインなどで世界的に評価されている吉岡徳仁(1967年~)さんは、近年では携帯デザインやトヨタとのコラボなどその仕事の領域は広がっています。美術評論ではなかなかデザイナーの方とのセッションはこれまであまりありませんでしたが、昨年、森美術館(六本木)で開催された「ネイチャー・センス展」に吉岡氏が参加。
掲載画像「snow」のインスタレーション作品では、幅15メートルもの巨大空間に百キロの羽毛を空間に浮かせて、見る者に新鮮な感覚を呼び起こしました。その作品が評価され、TOKYO Design&Art ENVIRONMENTAL AWARD(デザインアソシエーションNPO主催)における2010年のArtist of the yearを獲得。自然や環境への感覚を促すこれからの作品も大いに楽しみです。

今年も大規模な印象派展開催

2011年01月06日 | 展覧会
昨年は印象派展の年としてオルセー美術館展やゴッホ展などで賑わいました。今年は、春からオランダ17世紀の巨匠、レンブラントの版画を中心にした展覧会、同じくオランダ・フランドルを代表するフェルメール展が開催されるのが目を引きます。印象派以前にスポットをあてる内容のある企画展が増えています。
今年も大型の印象派展は健在です。ワシントン・ナショナル・ギャラリーの改修に伴い、印象派と後期印象派の絵画作品で名高いコレクションから、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホなど日本初公開作品50点を含む80数点が展覧されます。
・掲載画像エドゥアール・マネ「鉄道」1873年 ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵
鉄道というタイトルですが、画面上には直接には描かれていません。モネも描いたサン・ラザール駅は印象派の画家たちの格好のモチーフになりました。マネは柵越しに蒸気機関車を見つめる少女とその傍らで読書をする母親の何気ない姿をとらえました。市民階級が台頭してきた19世紀半ば、産業革命に伴い新たな視覚の発見により、現在の私たちの生活に近い日常の光景のスナップが描かれるようになりました。マネはモネら印象派グループのお兄さん的存在で、その軽やかな筆のタッチや色彩の鮮やかさは新鮮な魅力として印象派画家たちの敬愛の的となりました。この作品も鮮やかな色彩と軽やかな色彩のリズムが心を打ちます。

◆ワシントン・ナショナル・ギャラリー展/6月8日~9月5日・国立新美術館/9月13日~11月27日・京都市美術館

学術交流から生まれた「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」

2011年01月04日 | 展覧会
新しい年を晴れやかにお迎えのことと思います。今年はより幅広いアート情報などがお伝えできるように努力したいと思いますので、よろしくお願いします。
冬枯れの樹木に薄日がさしてモクレンの冬芽のとんがり帽子が輝いています。自然の命の息吹を感じるときです。


ドイツ・ルネサンスを代表する画家アルブレヒト・デューラー(1471~1528)。画像作品は、有名なデューラーの「野兎」(1502年)の素描作品です。干支にちなんで掲載してみましたが、展覧会の出品作とは関係ありません。〈神の手〉と呼ばれた精密な対象の観察と鋭い写実力が力強い実在感をつくりだしています。
現在開催中の本展は、銅版画のエングレーヴィング手法の大家であるデューラーの魅力が存分に味わえます。デューラーコレクションで有名なメルボルンのヴィクトリア美術館との学術調査の交流の中で生まれた企画展で、〈宗教 肖像 自然〉のセクションで構成されています。エングレーヴィングは、ビュランという先端が斜めに切断された鋭い道具を使って彫る手法で、デューラーは熟練と労力が必要とされる職人技に、深い内面性、洞察力を結実し豊かに深い芸術観を表出しています。

◆「アルブレヒト・デューラー版画・素描展」/国立西洋美術館/開催中~1月16日