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エマソン、レイク&パーマー「聖地エルサレム」(Emerson, Lake and Palmer - Jerusalem)

2023-06-13 20:33:00 | 音楽批評


今回は、音楽記事です。

最近はプログレ系の話をずっとしていて、キング・クリムゾン、ピンクフロイド、イエス、ジェネシスというこの界隈の大物が登場してきました。これらをまとめて「プログレ5大バンド」などという言い方があるわけですが、その5大バンドの最後の一つとなるのが、エマソン、レイク&パーマーです。
というわけで、今回はこのELPについて書こうと思います。

エマソン、レイク&パーマーは、キース・エマソン、グレッグ・レイク、カール・パーマーの3人によって結成されたバンドです。

3人の名前をそのままつなげてグループ名としているわけですが、これはベック、ボガート&アピスのような感じで、メンバー各自が名の知れた人たちだからこその命名法でしょう。
グレッグ・レイクは、一時キング・クリムゾンに在籍していた人で、クリムゾン・キングの宮殿の使徒といえる人物。
キース・エマソンとカール・パーマーも、結成時点で名を知られていて、鳴り物入りで登場した感があります。
ゆえに、ファーストアルバムからチャートアクションは好調で、二枚目のアルバムでチャート一位を獲得し、以降のアルバムも軒並みトップ3にランクインする成績を継続していました。


さて、ここで「今年で50周年を迎える名盤」という流れを踏襲します。

1973年に発表されたアルバム『恐怖の頭脳改革』です。

 
自身で設立した「マンティコア・レコード」からリリースされた最初のアルバムで、代表作の一つに数えてよいでしょう。

エイリアンシリーズで知られるギーガーがアルバムアートワークを担当。アルバムタイトルは、ドクター・ジョンの曲名からとられたものであり、卑猥な意味をもつスラングでもある……音楽とは直接関係ないこういった部分でも、プログレの味を出しています。

一曲目に収録されている「聖地エルサレム」は、ウィリアム・ブレイクの詩に曲をつけた合唱曲がもとになっています。

Jerusalem (2014 Stereo Mix) (First Mix)

イギリスではかなりポピュラーな歌になっているようですが、もとがブレイクの詩であり、しかもその詩はジョン・ミルトンを描いた預言詩の序詞……というのは、やはりプログレの聖歌にふさわしいといえるでしょう。

ここにいたるまでのELPの軌跡を振り返ってみれば、そのことはよくわかります。


セルフタイトルのファーストアルバム。
一曲目の「未開人」は、バルトークの曲をもとにしています。クラシック要素というのは、プログレの重要な側面の一つです。
「ナイフ・エッジ」は、ヤナーチェクとバッハの曲を混淆した作品でした。

Knife-Edge (2012 - Remaster)


セカンドアルバム、『タルカス』。
これも、名盤と評されている作品で、ELPの代表作を一つ挙げろといわれたら、これを答える人も多いでしょう。
このアルバムのコンセプトについて、グレッグ・レイクは、「総合的逆進化論、つまり〈破壊〉ってことなんだ」と語っています。こういう何をいってるのかよくわからない感じが、いかにもプログレらしくてよいです(けなしているわけではありません)。
A面丸ごと使って一つの組曲「タルカス」となっています。

Tarkus (i. Eruption / ii. Stones of Years / iii. Iconoclast / iv. Mass / v. Manticore / vi....

プログレではおなじみの趣向。この組曲の小題には、「予言者」「ミサ聖祭」といった言葉が並びます。そして「アイコナクラスト」というのも。これは「偶像破壊者」という意味で、かつてビザンツ帝国で行なわれた偶像破壊運動をモチーフにしたものでしょう。こういった雰囲気が大事なのです。

クラシックを扱うとなれば、数百年単位の歴史がからんできます。
さらにビザンツ帝国の云々という話になれば、数千年にわたる世界史を俯瞰することになるという、壮大なスケール感が出てくるのです。先述した「聖地エルサレム」がプログレの聖歌にふさわしいというのは、そういうことです。


そして、ライブアルバム『展覧会の絵』
ここでは、ムソルグスキーの「展覧会の絵」(というタイトルの曲)をとりあげています。
「展覧会の絵」をそのままやっているわけではなく、自身の曲もまじえつつという感じです。
この曲の最後にあたる「キエフの大門」の動画を貼っておきましょう。

The Great Gates of Kiev (Live At Newcastle City Hall, 1971)

今では「キーウ」と呼ばれるようになったキエフ……アルバムではこの後「モスクワの音楽」といってチャイコフスキーの「くるみ割り人形」をやってます。それでまたウクライナ戦争を連想したりするんですが、こういうふうになるのは決して偶然ではありません。数百年、数千年の世界史を踏まえていえるからこそ、常にどこかで現代を反映することにもなるのです。


グレッグ・レイクは、ELPについて「自分達の音楽はまじめさと娯楽のバランスの上に立っている」というようなことをいったそうですが、これはまさにプログレというジャンルの核心をとらえているんじゃないでしょうか。
もちろん娯楽としての音楽はあっていいんですが、プログレであるからには、そこに留まらない何かがあってしかるべきではないかと。
前にキング・クリムゾンの記事で書きましたが、プログレは単にエンタメではない何かをもっているべきなのです。だから、ロバート・フリップの夫婦漫才に憤慨する人がいるわけです。

「まじめさと娯楽のバランス」が絶妙であり、リスナーにもそれが広く受け入れられていたのが1970年代前半であり、プログレにとって幸福な時代だったということでしょう。
しかし、そのバランスはやがて崩れていきます。「娯楽」のほうに傾いていくのです。この変化が、ジェネシスにおいてはピーター・ガブリエルの脱退、イエスにおいてはバンドの分裂というかたちで表れたのではないか……そして、ELPもまた、この時代の流れと無縁ではいられませんでした。
あるいは、プログレの栄光と挫折をもっとも象徴しているのは、ELPかもしれません。

その表出が、『ラヴ・ビーチ』です。

Love Beach (2017 Remaster)

このジャケットで、「ラヴ・ビーチ」というタイトル……突然ビーチボーイズみたいになってしまうのです。
ビーチボーイズが『ペットサウンズ』で見せた変化と逆のことでしょう。方向としては逆でも、リスナーにはやはり当惑をもたらしました。そして、このアルバムを最後にELPは解散するのです。

チャートの成績でいうと、『ラヴ・ビーチ』は最高48位。
決して悪くはありませんが、『恐怖の頭脳改革』まではベスト5に入り続けていたことを思えば、ぱっとしない成績です。
チャートアクションと作品の良しあしとは必ずしも相関しないと私は思ってますが、この作品に関しては、やはり時代の流れに変におもねろうとして失敗してしまったということなんじゃないでしょうか。
ちなみに、その前作『四部作』で、チャートの最高位は20位。このへんでもう斜陽感はあったわけですが、そこで思いきってイメチェンしてみたら裏目に出て、ますます悪化してしまったというおなじみのパターンでしょう。


その後再結成もありましたが、再結成して発表したアルバムは、特に注目されることもなく、あまり評価されてもいないようです。
これもやはりビーチボーイズと同様で、時代の変化にアジャストしきれず、中途半端な方針転換をしてしまったことが、致命的にイメージを悪化させてしまった部分があるでしょう。ひとたびそういう状態になると、もうなにをやってもうまくいかないという……

時代の変化にアジャストするという点では、ELP解散後にカール・パーマーが参加したエイジアがうまくいった例といえるでしょう。
このバンドの名前は最近の記事で何度か出てきました。80年代風のサウンドにぐっと寄せていくことで、エイジアは成功したのです。そしてここには、グレッグ・レイクも一時的に参加しました。


ここで、『恐怖の頭脳改革』の話に戻りましょう。

ELPのその後もふくめて振り返れば、『恐怖の頭脳改革』の時点ですでに低迷の兆候は見えていたのかもしれません。

初期のELPは結構なペースでアルバムを発表していましたが、『恐怖の頭脳改革』はそれまでに比べればかなり間隔をおいてリリースされました。その背景には、キース・エマソンが音楽的な行き詰まりを感じていたことがあるともいわれます。
そういったことも踏まえると、『恐怖の頭脳改革』によって、エマソンはもうある種の枯渇を感じていたのではないかとも思えます。プログレの方向性を掘り進めていこうにも、もうそれができないという……
『恐怖の頭脳改革』はELP全盛期の最後のアルバムともいわれますが、このアルバムを期にELPが低迷期に入り、イメチェンに失敗してバンド自体が消滅してしまうという流れは、そのままプログレというジャンルの盛衰に重ねあわせられるのかもしれません。