もうひとつの部屋

昔の記憶に、もう一度会える場所にしようと思っています。

「上」が全部いなくなれば、自分が見えてくるよ

2023-11-27 14:26:18 | K市での記憶

仕事から帰った父は

ネクタイを外して着替えながら

世間話をするように言った。

 

「オレなあ、この年になっても

自分がどういう人間か

全然わかってない」


「アンタ、どうや?

自分がどういう人間か

わかってるか?」

         
         ワカッテナイ…


「そうやろう。そんなもんや」


         ???


「いや、今日な、長いこと会わんかった

中学の同級生に、たまたま会うたんや」


「で、立ち話してたら、そいつが

『そういえば、昔っから○○(父の旧姓)は

ようそんなこと言うとったなあ』って言うんや」


「そんなことって、大したことやないけど

そ~んな昔から、自分が言うてたとは

思わんかったから、もうびっくりした」


「ほんとかあ?って聞いたら

『だってお前、そういう奴やったやないか。

自分で覚えとらんがか?』って」


「覚えとらんのやなあ、それが」

「相手は何でもなさそうに言うんやけど

自分がいつも、そんなこと言うとったとは

どうしても思えん」



「要するに、や」


「自分で自分のことが

今でも全然わかっとらんのやわ。

この年になっても

自分がどんな人間なんか」

 

      イツカワカルモンナン?

      ワカランママ??



「あんなあ、自分より上のヤツがおるやろ。


      ウエノヤツ?


「親とか兄弟、兄貴とか」


「それが一人ずつおらんようんなると

少~しずつわかってくるんやわ」


「全部わからんでも。少しずつでも」


       オトウチャン、マダワカッテナイッテ…


「そういえばそうやった(爆笑)」


「でも、そうなんやぞ」

 

 

父がガンで亡くなる、何ヵ月前だったか…


書斎の大きな姿見の前で

何気なく交わした会話を、今も時々思い出す。


もう30年以上前のこと。


でも、70歳目前の今も

わたしは自分がどういう人間か

ヨクワカラナイままだ。


今思うと、当時の父は60そこそこ。


妙なところが似た

父娘だったんだな~と

ちょっと呆れている。


 

 

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ロッカーと思うことにしたから

2023-11-14 15:29:38 | 若い友人との会話

若い友人との四方山話。


新聞を見たりするうちに

なぜか「社会規範」「常識」が話題になって…

日本では、どうしてみんな

そんなに縛られたままでいるんだろう。

道徳だの倫理だのは、とっくに

タガが緩んでしまって

エライ人たちはムチャクチャしてるのに

ヘンな「常識」は生き残ってる… などなど



すると、友人は突然


「僕は、自分のこと

ロッカーって思うことにしたから

(常識とか世間とかは)平気になった」


「ロッカーって物入れみたいやけど(笑)

でも、そう思うようになったら

社会規範から外れても当たり前?になった」

 

     初めて聞いたわたしはビックリ!

     でも、即思った。

    
     「いいわね、『ロッカー』って。

     わたしもなりたい!」


     
     「これまでずっと、自分のことは

     専業主婦のカクレミノ着た

     『ロクデナシ』って思ってきたけど

     おたくの『ロッカー』と

     似たような人種… じゃないかな」


(「おんなじおんなじ」と真顔で友人)  

   
     「でも、そーゆー言葉は(自分については)

     浮かばなかったの。なんでやろ」

    
     (そんな肯定的な?言葉、全然)

 

     「そういえば、ロッカーになるって

     決めたきっかけは何だったの?

     さっき聞いたばっかりなのに

     忘れちゃった。ごめん」

 

「ううん、謝ることない。

学校行かなくなったときだと思うよ」


「そう、あのとき。・・・たぶん。

『ロック』なのは尾崎豊のせいだな(苦笑)」

 

     「わたしは絵ぇ描くの好きやったら

     自分は絵描きやから…とか

     何か書くヒトやったら『詩人』やから…とか

     思ったかもしれんね。それでルートから降りる」


     「でも何もしないヒトやったから

     そういう言葉は思いつかんかったの」

 

「僕もロックなんかやらない(笑)

聞くだけやけど、それでも『ロッカー』

聞くの好きやから。それだけ」

 

     
     (友人のこういう笑顔に

     わたしはどれほど支えられてきたことか。

     彼が、小学生で「学校をやめた」後

     既に20数年が過ぎた)

     

 

 

 

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今がすべて、今しかない…でも

2023-11-06 17:14:28 | 若い友人との会話

若い友人との四方山話の途中で
友人はわたしに、さりげなく
でも、これだけは言っておきたい
という風に

「生きてる間に、一度はやってみたいと
これまでに思ったことがあるなら
今からでもやってみたらいいと思うよ」

「それでクタビレて1週間くらい寝込んでも
今はもう、ウチでは誰も困らない。大丈夫。
やっとそういう時期が来たんだよ」

友人は、「遅くなって悪かったけど…」と
小声で、ちょっとすまなそうに
付け加えた。


わたしはわたしで
最近、ふと思ったことがある。

 
そろそろ70という歳になった今
振り返ると、色んな時期に、あちこちに
「開けようと思えば開けられる」
扉があったのが見える。


でも、自分はその当時
ソンナモノは全く見えてなかった。

見えるけど開けなかったんじゃなくて
本当に見えてなかった(何もないと思ってた)


扉、分かれ道、そんなものは何もないまま
ただただ歩かざるを得なかった…

自分の来し方は、わたしには
ずっとそういう風に見えていた。


などという話も、それまでにしていたのだけれど
友人は、それとは別の次元の話
もっと現実的なこととして
言ってくれてるのがわかった。

ここしばらくの私の「不調」を見ていて
そういう話も、この際しておいた方がいいと
思ったのかもしれない。

 

友人は言う。

「過去は変えられないし
未来は誰にもわからない」

まあ、自分についても
同じなんだけど…と言いながら


「それでもほんとに、あるのは今だけ。
『今』しかないんだ」と。


友人の口調が真剣だったせいで
わたしは素直に
「やりたいと思ったこと」を
しばらく考えてみた。


けれど… 何も思い浮かばない。

好きだったこと、やってみたいと思ったことは
そのときそのときで、あったはず。

遠い過去のことだとしても
何もなかったというのは
いくら何でも、嘘になるはず。


でも、きれいさっぱり
何も浮かばない。


ちょっと浮かびかけても
「今」やってみようと思うような
気持ちには、まったくならない。


一生懸命考えても、結局
「思いつかない」ことに
自分でも驚き、呆れたけれど…

実際そうなのだから、仕方ない。


さらに自分でも驚いたのは
ここ数年ずっと思い続けてきたことが
不意に口を突いて、出てしまったこと。


「私は今、本当にしあわせなの」
(こんな言葉を人に言うことがあろうとは!)


「だからね、正直に言うと
今人生が終わったらいいのに…って
思うことはあるよ」


相手がギョッとしたのがわかったので
話を和らげる?ために
軽い調子で映画の話をした。


「とても仲良く暮らしてる夫婦の
奥サンの方が突然、大雨の日の
増水した川に、身を投げるの。

誰もその理由がわからない。

髪結いの亭主だったダンナサンも
何もしなかった自分が悪かったのか
とか思うんだけど… 違うのね」


「彼女が自分から死を選んだのは
『今の幸福の中で死にたい』
と、心の底から願ったから」


観た当時(30年以上前)は
いかにも作り物のストーリーに思えた自分。

記憶違いかもしれないけれど…

でも今は、あの奥サンの気持ちも
わかる気がする。


「今の幸福がいつまで続くかは
誰にもわからない。というか

多分そんなに続くようなものじゃない
ってわかっている。 だから…」


今のこの幸せの絶頂で
自分は人生を終わりたいのだと。



彼女の死の選択は能動的だと思う。


でも、わたしの願望は多分
老いることへの不安?から来ているだけ。



「生きているのがつくづくイヤになった」
「早く死にたい」

と、夜中に電話してくる知人や親族は
これまでも何人かいた。


うつっぽさに長年つきまとわれている
わたしにも理解できる気持ちだと思った。
(返事にはいつも困ったけれど)


わたし自身、こどものころから

「早くこんなこと(生きてること)終わればいいのに」
「明日の朝、目が覚めなければいいのに」

と、いつも心のどこかで思っていたけれど…


気づいてみると、いつのまにか
そういう風には思わなくなっている。


私は元々「あの頃はよかったな~」
「あの頃に戻れたらいいのに」

なんて思ったことが一度もなかった。


いつも「今が一番しあわせ」

そもそも「わたしは幸せなはず」

ほんとにそう感じていたのか
そう思わなければいけないと思っていたのか。

とにかく心の表面では
いつもそんな声が聞こえていた。



それが作り物(嘘)だったのが
今となるとよくわかる。


何をそんなに頑張っていたのだろう。

でも、当時の自分には
それが必要だったのだろうとも思う。


しあわせじゃないときほど
「しあわせなんだ」と思いたい。

そう思えないと、なぜか誰かに
申し訳ないような気がしてしまう。


生きていくのに一生懸命な時期には
そういう「目くらまし」も
重要に思えることがあるのかも。



でも、わたしはもう
「生きるのに一生懸命」じゃない。

「一生懸命」じゃなくても良くなった。 なので


今感じている幸せは、わたしにとっては
本物なんだろうと思う。

だから「今、さっさと死にたい」
というのも正直な気持ちなんだよね。
(ここまで来ると笑い話だけれど)

 



ここまで長々ダラダラ書いてみても
何が言いたいのかわからない。

単なる覚え書・下書き・メモなんだけど
下書きファイルに紛れてしまうのも
残念な気がして、UPしておきます。

 

それにしても
「やってみたいことが思いつかない」なんて
ずいぶん若い人の台詞のような気もして
自分でも笑ってしまう。

総ては体力不足(化学物質過敏も含めて)
と言われれば、正にそうです(^^;



ヘンな話につきあわせて、若い友人には
悪かったと思いましたが
「しあわせな今、人生を終わりたい」
と、誰かに一度言いたかったのかもしれません。

「話せて少し元気が出た。ありがとね」
と、翌日友人に言うと
「とにかく元気が少しでも出たなら良かった」
と、言ってくれた後
「たまに誰かに言う機会があった方が
いいようなことなのかもしれないな…」
とかなんとか、独り言のように呟いていました。


さすがに、あんまり寄りかからないように
心しないといけないと思いました(^^;

 

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生と死は、同時にそこに存在する  ・・・「超絶技巧を超えて 吉村芳生展」

2023-08-20 15:12:52 | ひとりごと

「美しさ」の持つ力を

久々に実感する機会がありました。



鉛筆で、色とりどりの花を描いた

吉村芳生という方の展覧会。

 

向かい合わせに飾られた

それぞれ壁一面を占める

鉛筆画(2m×7m位)二枚。



一枚は、数多の長い花房を

カーテンのように垂らして

静まりかえる、藤。


向かい合うのは、菜の花の咲く

川の中州を描いて、しかもそれを

上下さかさまに「完成」とした、風景。

 

その二枚にはさまれるように

部屋の中央に立ってみて

初めてわたしの意識に昇ったこと。



「死と生は、別々には存在しない」



「生」がなければ、「死」はあり得ない。

「死」がなければ、「生」はおそらく意識されない。



敢えて言葉(理屈)で説明すると

そんな風になるけれど

そんなことをしなくても

「死」と「生」は、いつも

同時にそこに存在してるんだと。



二枚の美しい鉛筆画は、そういう空気で

わたしをふうわり包みました。



たくさんの藤の花房。

「その花もつぼみも、ひとつひとつ

東北の大震災で亡くなった方々

ひとりひとりの命だと思って

描いてました」


という画家の言葉が

小さな文字で添えられて。



菜の花と枯れたススキの中州

川面はその影を映しています。


「花は、自分にとっては浄土のよう。

生まれることを繰り返す世界」と。

 


「人間の主観の入らない方法で

世界を描きたい」


若い頃から、敢えて

徹底した機械的・単純作業で

モノクロの版画や鉛筆画を描いてきた人が

さまざまな経験の後

200色?という色鉛筆を用いて

あれほどの「精神性」(それこそ主観そのもの)を

感じさせる作品にまで昇りつめた…



もしかしたら、そのことの重さが

わたしの心をこれほどまでに

揺さぶったのかもしれません。



絶筆はコスモス畑。


方眼紙のように、ひとコマひとコマ

色鉛筆を塗っていて…

描き手の亡くなった後の部分は

白紙のまま。



最後まで「機械的・単純作業」で

絵を描いておられたこと。


人生を通じての膨大な仕事量

その根気、思いの強さにも

圧倒された時間でした。

 

 

 

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知らないうちに「橋」の上

2023-07-28 12:17:05 | ひとりごと

 

最近は毎日、足元ばっかり

見て暮らしている(らしい)


そのせいだろうか

ずっと同じ道を

歩いてるつもりだったのに…


ふと気づいたら、どこかの広い川にかかる

橋の上を歩いてた。



渡り始めたばっかりか

もう渡り切る寸前なのかも

よくわからない。


霧がかかってるみたいに

辺りの様子もボンヤリとして…



わかっているのは

どこかとどこかの「境界」に

自分がいるらしいということだけ。


どことどこの境目なのかは

訊かれてもワカラナイけれど。

 

最初は、自分がいつのまにか

「どこかの川を渡ってしまった(らしい)」

という風に感じてた。


それはそれでオドロキで

早から「川を渡る」なんて、いったい

どーゆー意味??(すごーく不可解)

 

でも… 


「これまでとは違う自分」に

なりつつあるという感覚は

確かにあって…

 

来年70歳になるっていうのは

そんなにタイソウなコトなのかしら。


自分では、自分のこと

オバーサンだと思っていても

いわゆる「老人」とは

思ってなかったのかな?



いやまあ、何をどう思うとか

そういう話じゃなくて…


「明らかに身体が変わりつつある」のが

問題なのです(^^;


「身体」は「アタマ」も含みます。

 


橋の上から見る風景は

たとえ霧に隠されていても

一生に一度の景色でしょう。


渡り切ってしまったら

これまでの世界のことは

思い出さなくなっていきそう。



向こうの世界が

「当たり前」の毎日になったら

どんな自分になってるのかな。


怖いような、でも

ちょっとわくわくするような

「橋の上」での貴重な残り時間…なのかも。

 

 

 

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