国民党主席選挙で既報とおり馬英九氏が圧倒的多数の得票を得て選出された。しかし、台湾各紙は馬新主席の前途には困難が横たわっていると指摘する。まず、今回の主席選挙で王派と馬派で党内に修復困難な亀裂が生じて敗れた王金平陣営をどう処遇するかが問題となるほか、党資産清算処理問題、党職員給与支給遅延問題、親民党との協力関係、党の路線問題(親中国色が強すぎる路線を台湾の主流である台湾本土化に修正するか)など、国民党を取り巻く問題が山積しており、馬新主席の党運営は、それほど順調にはいかない、という指摘だ。台湾派の学者徐永明は、台湾日報(台湾独立派リベラル)18日3面の分析記事の中で、馬は敗れた王金平派など地方派閥系の支持が得られず少なくとも短期的には権力のない主席になると予想する。
■王金平派との亀裂
王派との亀裂修復は、最大の問題のようだ。
各紙の風刺漫画でもその点に焦点が当てられていて、聯合晩報(穏健統一派だが、反馬的で中間寄り)18日6面では、「接下來怎麼走?」として国民党という船が党資産など上記問題という岩が転がったところで立ち往生しているところ、自由時報(台湾本土派)同日15面漫画は、国民党が真っ二つに割れてその溝の上に馬が座っているところが描かれている。
敗れた王金平は、慰問に訪れた馬英九と会わず車で逃げるように選挙本部を去ったり、「連戦さんと同じく終身ボランティアとして党にささげる」として副主席を受けない意向を示している。
馬と会おうとしなかったことについて、台湾派の政治評論家の楊憲宏は今回どういうわけかやたらと馬に好意的で「王はおかしい」と指摘しているが(台湾日報18日3面前記記事)、これはこのブログのコメントで指摘されているように、馬のほうがずれているといえる。これだけ差が開いて面子がつぶれた王を即時に訪問するというのは、東洋社会の発想としてはさらに相手に泥を塗るようなものだからだ。秘書を通じて相手に慰問の意を伝えて後日会うという形にすべきだろう。馬はそういう点では、政治センス以前に一般社会人としてのセンスがゼロであることを露呈したわけで、確かに前途多難であろう。
敗れた王が脱党して国民党が分裂するという見方が一部にあるが、それはありえないだろう。というのも王の権力のよりどころは立法院長というポストであり、比例区で出ている王は脱党した時点で立法委員のポストを失うからだ。しかし、王が逆に立法院長としての権力や立法院で民進党や台連や親民党を含めた他党との幅広く深い人脈関係を利用して、党内野党として独自の力を発揮するという見方は妥当だろう。
この見方を伝えるものとして中国時報(穏健統一派、宋楚瑜寄り)17日2面に「馬王 兩個黨中央抗衡?」という解説記事があった。それによれば、王と馬は政治スタイル、センス、背景などすべての上で水と油で、「相互補完関係にあるという見方もあるが、相互補完というのは逆にいえばまったく合わないということでもある」とする。しかも、今回の王は副主席就任を拒否したことに示されるように、党の運営から徹底的に距離を置く一方で、国会議長の職位と人脈を利用して、国民党を「院内政党」に転換させて、むしろ馬の党中央の権力を殺ぐ方向に動くだろう。国民党は事実上、党本部と立法院で、二つの党中央ができる、ということだ。もっとも、国民党は権威主義政党だからそういう状態が生まれるかは留保をつけているが、面白い指摘だと思う。
台連が「王との関係は変わらないが、馬が本気で本土化を進めるなら、排除しない」と揺さぶりをかけている。
また、前記台湾日報で徐永明が「謝長廷、王金平、馬英九の三者の間で王が謝に傾斜する可能性もある」と指摘する。
そういう点では、自由時報18日2面の「國民黨面臨隱性分裂」(国民党は隠れた分裂の方向へ)という指摘はありうる。
■壊れた親民党との関係
またこれに関連して、国民党と親民党との関係も微妙となる。
そもそも宋楚瑜は以前から同じ外省人政治家として馬とは険悪な関係にある。実際そうしたボスの意向を反映してか、親民党は国民党主席選の過程で公然と王を支持、馬を批判した議員がたくさんいた。選挙後も親民党副主席の張昭雄が、王を批判した馬を「国民党の団結を考えるならそんな亀裂を深めることをすべきでなかった。知恵がない」と批判している(自由時報18日3面)。
王が相対的に民進党側に傾く可能性と同時に、親民党も王とくっついて民進党側に相対的に近づく可能性もある。実際、親民党は年末の県市長選挙では台東県については親民党に近い現職、苗栗県については現職の後継者を、民進党と共同で推薦する。また、宋が2月に陳水扁と会談、和解してから親民党の穏健化に不満をもった統一急進派系の議員が相次いで脱党、親民党で最近表に出てくるのはなぜか穏健派で本土派寄りの人が多い。親民党は本土政党に転換を図っている可能性もある。
また宋としては、08年で嫌いな馬と組んで勝てるかどうかわからない戦よりは、民進党に近づいてそのおこぼれに与ったほうが有利と計算する可能性は高い。
■統一派によりすぎた国民党の問題点
また馬にとって頭が痛いのは、2008年総統選挙での勝利を目指すにしては、今回の主席選挙で国民党があまりにも外省人のコアな部分、中華民国護持、親中国など、統一派に偏った色彩が見えすぎたことだろう。
主席選挙では、国民党員の直接選挙となったが、党員は105万人弱いるとはいえ、ほとんどが党費すら払っていない名義貸しの幽霊党員。中南部の本省人党員は、地方派閥を通じた人脈関係で国民党の政治家と個人的につながっているだけで、党の活動そのものには熱心ではない。逆に、熱心な党員は、18万人強を抱える「黄復興党部」(保守派軍人組織)を中心とした外省人に多い。今回の主席選挙では、その外省人党員を意識してか、「どちらがより反台湾独立で、中華民国や国民党本来の価値観に忠実か」という「深藍」度を競うものとなった。
中国時報18日15面漫画でも「新主席」という卵から「深藍」(深い青、急進統一派)というお化けが出てきて、「和解共生」を掲げた緑(民進党)側や一般人が驚いているという
だが、これまでの台湾の選挙の通例を見ればわかるように、コアの外省人が、外省人でなおかつ統一派以外の人間に票を入れることはまずない。今回も「黄復興党部」をはじめ外省人党員の8割以上は馬支持に集中したとみられる。南部でも馬支持が多かったのは、外省人党員が積極的に投票したためだ。
だから、王金平がいくら票獲得のために外省人に媚びた発言をしても、外省人は本省人の王を信用することはなく、馬を選ぶ。自由時報18日15面に「眷村的排外意識(軍人団地の排他的意識)」とする投書が載っていたが、そこでは、高雄県にいる王派国民党地方幹部が王が高雄県の外省人軍人のためにいくら建設をしてきても、結局外省人の多くは高雄と関係ない台北にいる馬にう流れてしまうという点が指摘されていた。
この点を意識してか、台湾派の自由時報と台湾日報の記事や投書では、王が予想以上の低得票に終わったのは、統一派に媚びて本省人党員が白けてしまい、結果的に「本土派と統一派のどちらからもそっぽを向かれた」ことが原因だと指摘されていた(典型的には、自由時報18日15面陳茂雄教授の「評KMT主席之爭」)
台湾日報18日3面の漫画で党主席という白鳥の卵をもった白鳥が蛙の形をした王に対して「選挙戦に出遅れたことが問題じゃないの、アホ。問題は血統にあるのよ、あなたは永遠に食べられっこないわ、このアホ蛙!」というのがあったが、残念ながらこれは事実である。とはいえ、王もそれは織り込み済みで、実は国民党の本質と正体を示すために李登輝と図って仕組んだ可能性もぬぐえない。
というか、国民党は李登輝時代の本土化の歴史もあったため、これまでは本土化がそれなりに進んでいるものという錯覚があった。しかし、今回初めて党員選挙でその内情が明らかになったことでわかったことは、国民党のコアな部分や意思決定は、しょせんは外省人保守派が牛耳っていて、台湾人や改革派が入り込む隙間はないということなのだ。
そういう意味では同じ台湾日報で楊憲宏が、「馬英九が本土化を進めるだろうし、もはや国民党を外省政党と攻撃することは誤っている」、また統一派・馬寄りの中時晩報18日付け2面社説で、「馬は中南部でも同様に買っていて、外省人かどうかは関係ない」などと述べているのは的外れもいいところだといえる。
本省人は外省人だろうがいいと思えば入れるが、外省人の8割が馬に集中した事実を故意に無視するのは悪質だといえるだろう。統一急進派の色彩が濃厚なマスコミがそういう弁護をするのはわかるが、楊がそう主張するのはおかしい。
(ここで面白いのは、同じ聯合報、あるいは中国時報系でも、聯合報と聯合晩報、中国時報と中時晩報では、スタンスが違う。聯合報は急進統一派で馬支持だが、晩報はそうでもない、中国時報は馬に批判的で穏健統一派だが、晩報のほうは馬支持で急進統一派。おそらく商売のためだろうが)
楊憲宏は馬が08年で勝とうとするなら本土化を進めざるを得ないという主張をしているが、馬が台湾派になれるものなら別に総統選挙を意識しなくてもとっくになっているはずだろう。いまだに父親の言いなり、元老たちのお気に入り、外省人の圧倒的な支持という馬の基盤や背景を考えれば、馬に本土化への転換を期待することは間違っているといえるだろう。むしろ今の宋のほうがその可能性が高いといえるくらいだ。
■党資産、党職員給与遅延問題
国民党は世界一の資産を持つ政党として知られるが、そのほとんどは日本植民地の遺産を横取りしたものであり、民進党政権になってから、不当取得資産の国家への返還を求められてきた。これに対して、国民党側は民進党政権が進める「不当取得財産処理特別法」の成立に親民党などと組んで抵抗する一方で、批判の目をそらすために、自らの都合で自主的に売却を進めるなどしてきた。しかし、そもそも不当取得資産を売却してキャッシュに代えることはおかしい。ただ、従来は親民党との青色連合、あるいは王金平の人脈で無党団結連盟など無党派が国民党を支持することで、資産処理の追ってを何とか避けることができた。
ところが今回馬は王派と決定的に関係が悪化したことで、従来は王の人脈関係で結びついていた他党との関係は微妙となる。
聯合晩報18日6面は、親民党無党団結連盟が「これまで王との人脈で王の面子を立てるために」国民党を支持することが多かったが、王がこんな形になった以上は国民党を必ず支持する必要はなくなったと話していることを伝えている。親民党の場合は党資産処理特別法に賛成に回る可能性も指摘している。
もっとも同じ面には馬派の幹部が「和解を主張する民進党政権の行政院が法案を提出する可能性は低い」と見ていることを報じている。
ただ、馬派のこの見方はあまりにも楽観的すぎるだろう。民進党から見れば、親民党との和解のほうを優先させ、さらに国民党の資産に手をつけられれば、国民党を分裂させることもできるから、国民党と和解できなくなることを心配する必要はないからだ。国民党資産に手をつけることになれば、親民党と台連は国民党の内実を知っているだけに、分捕りを狙っているから、親民党も本来は賛成であるからだ。
党職員への給与支給遅延も、決断力がない馬が主席になればさらに遠のいて時限爆弾となる可能性がある。
しかも、馬がおかしなところは、台北市長を兼任のまま党主席に就任するとこれも能天気なことを述べていることである。国民党が与党で総統と主席を兼ねるというならこの党の体質から考えればプラスが大きい。しかし、市長と主席の兼任では、市政と党の運営のどちらを優先するかという問題に常に直面する。
馬のセンスの無さが如実に示されているといえるだろう。
■馬が浮上する可能性
ただし、政治には絶対ということはありえない。これにも変数は存在する。それは台湾日報で徐永明が指摘するように、年末の県市長選挙で国民党が象徴としてとらえている台北県長を国民党が16ぶりに奪回できるかどうかにかかっているだろう。台北県は首都台北市に近く、人口も県市で最大で、この県長を獲得することの意味は大きい。この4期は民進党が勝利していた。ただ基礎票では青陣営が緑陣営よりも若干多く、国民党がここを奪回すれば、民進党政権の基盤を大きく揺るがすことが可能となり、それを党主席として指揮した馬の権力と正当性は大きく上昇すると考えられるからだ。逆に奪回できなければ馬の党主席としての声望はさらに低下することになる。
現在のところ五分五分とみられる。民進党は新人羅文嘉を立てているが、39歳の客家人として若手と客家票を獲得できる可能性は高いが、逆に民進党員としての理念がいまひとつ明確ではなく台連の支持者が棄権する可能性がある。とはいえ、国民党が立てている周錫イもこわもての外省人で同じく国民党の予備選挙に立った本省人で三重市長など地方派閥や本土派が離反する可能性もある。周の古巣である親民党も「裏切り者」を応援することは難しいだろう。
というわけで、年末の選挙は民進党と馬の両者にとって2008年の総統選挙を占う試金石となるだろう。
■馬は勝てる総統候補になるか?
今回馬が圧倒的な支持で党主席に選ばれたことで、2008年の国民党総統候補の座は確実にしたと見られている。ただし、これも変数があって、確実だとはいえない。かぎはあくまでも年末選挙にあるだろう。
とはいえ、たとえ年末選挙で台北県を奪取したとしても、馬が順調に2008年の総統選挙に勝利できるかといえば、かなり疑問符がつく。
日本人はどういうわけか、外省人と美的センスが似ているものだから、外省人が馬をハンサムだといい人気があるというと、そうかと納得してしまう傾向がある。今回の主席選挙の結果について、独立支援の日本人ですら総統選挙で民進党の苦戦、馬の優勢を主張しているものが見受けられた。
しかし、それは台湾の一般庶民感覚をわかっていない外国人ならではの思い込みであろう。
たしかに、馬は台北市や外省人の間では、人気は高い。ハンサムでハーバード大留学という経歴は、たとえ行政能力がなくても、それだけで都市部の中産階級に訴える力はある。行政能力はブレーンが補えば何とかなる。民進党は都市中産層や外省人から見ればダサイ人しかいないからそれだけではかなわないように見える。
しかし、選挙は実際には投票行動に動くかどうかが問題であって、表面的な人気とは異なる。人気があっても人情や基盤がなければ投票に行かない。ハンサムというだけできゃあきゃあ言うような軽薄なミーハーは基本的には投票には行かない。晴れていれば彼氏彼女と遊びに行くだけだろう。
しかも、どんな社会でも都市部中産層やミーハーやインテリぶった人間は、3割を超えることがない少数派であることを忘れてはならない。馬は確かに北京語しかできない日本人が台北市で出くわすような階層の中では人気があるのは事実だが、その他7割を占める庶民層、とくに中南部の庶民にはまったく人気がないという、もう一方の厳然たる事実を忘れて「人気があれば勝てる」という図式は、それこそ軽薄というそしりは免れないだろう。
昨年9月に豪雨で地下鉄工事現場から水が噴出して水浸しになった三重市に、馬市長が慰問と謝罪に回るというシーンがテレビで放映されたことがある。馬が下手な台湾語で慰問して回るのだが、相手の庶民は「なんだ気障で気取った外省人が下手な台湾語で表面を取り繕っていて、誠意のかけらもない」といった風だった。
また2001年と04年年末の立法委員選挙でも、馬が国民党の応援に出かけると、台中市ですら観客は白けていて、南部ではまったく人気のニの字もなかったという。
大体、馬は台湾語が下手すぎる。あんな下手糞な台湾語では庶民はしらっとするばかりだ。それは外省人だからではない。外省人でも台湾語がうまく庶民的な人はたくさんいる。劉一徳は巧みな台湾語で台北県の田舎・金山では人気がある。
馬のスタイルは、気取った北部インテリそのもので、中産層や外省人やそれと感覚が似ている日本人受けはするが、台湾人受けは絶対にしない。戦後の台湾史を知っていれば、北部の外省人と南部の台湾本省人は、文化も歴史もまったく違う、べつの種族、民族というべきであって、外省人や日本人に受けるからといって、台湾人に受けると思っていたら大間違いである。
■国民党は体質転換できるか?
もちろん、馬にも勝てる見込みはある。それは国民党を徹底的に民主化して権威主義ファッショ政党から普通の西側の保守政党に脱皮し、また外来政党から本土土着政党にすることであろう。
国民党のようなファッショ政党が普通の民主政党に脱皮した例はスペインのフランコ時代の独裁政党、イタリアのファッショ政党などがいずれも中道右派政党になった例、リトアニアやハンガリーやモンゴルでも共産党が普通の中道左派社民主義政党に脱皮した例もある。特にモンゴルの例は参考になるだろう。
しかし、問題は国民党があまりにも資産を持ちすぎていること、さらに馬があまりにも自らの定見や決断力がなく周りに流されやすいことだろう。
まして今回の選挙で、外省人のコアの党員が、決して王を支持しようとしなったことから見られるように、国民党の外来ファッショ排他的体質は、病膏肓に入るというレベルで、他国のファッショ政党の民主化はきわめて困難だと見ざるを得ない。
また、台湾では馬が本土化する可能性として、馬が「ひとつの中国」や反台湾独立の一方で、反国家分裂法や天安門事件などで、中国共産党をきわめて強く批判している部分を評価する見方もある。たとえば、行政院大陸委員会主任委員の呉燮が馬の反中共発言を評価している(中国時報18日4面、呉燮「激賞」馬的弦外之音)。
しかし、馬の反中共姿勢も、冷戦型の反共主義の一種であって、民主化が進み共産主義が危険思想ではなくなった今日の台湾においては、反共主義のスタンスからする中国批判はもはや時代遅れとしか言いようがない。そもそも台湾の主体性にとって、中国が問題なのはそれが共産党だからではなくて、台湾を併呑しようとする大中華意識が問題なのである。台湾はもはや反共主義ではなく、共産党のベトナムとも友好的な関係を築いている。
馬が中国共産党と批判する場合は、結局は大中華で反共という蒋介石のスタンスと同じであって、法輪功による中共批判の「九評」を執筆した外省人の台湾大学政治学教授、明居正と通じるものであって、決して台湾の主体性を尊重するものとはならない。
■王金平派との亀裂
王派との亀裂修復は、最大の問題のようだ。
各紙の風刺漫画でもその点に焦点が当てられていて、聯合晩報(穏健統一派だが、反馬的で中間寄り)18日6面では、「接下來怎麼走?」として国民党という船が党資産など上記問題という岩が転がったところで立ち往生しているところ、自由時報(台湾本土派)同日15面漫画は、国民党が真っ二つに割れてその溝の上に馬が座っているところが描かれている。
敗れた王金平は、慰問に訪れた馬英九と会わず車で逃げるように選挙本部を去ったり、「連戦さんと同じく終身ボランティアとして党にささげる」として副主席を受けない意向を示している。
馬と会おうとしなかったことについて、台湾派の政治評論家の楊憲宏は今回どういうわけかやたらと馬に好意的で「王はおかしい」と指摘しているが(台湾日報18日3面前記記事)、これはこのブログのコメントで指摘されているように、馬のほうがずれているといえる。これだけ差が開いて面子がつぶれた王を即時に訪問するというのは、東洋社会の発想としてはさらに相手に泥を塗るようなものだからだ。秘書を通じて相手に慰問の意を伝えて後日会うという形にすべきだろう。馬はそういう点では、政治センス以前に一般社会人としてのセンスがゼロであることを露呈したわけで、確かに前途多難であろう。
敗れた王が脱党して国民党が分裂するという見方が一部にあるが、それはありえないだろう。というのも王の権力のよりどころは立法院長というポストであり、比例区で出ている王は脱党した時点で立法委員のポストを失うからだ。しかし、王が逆に立法院長としての権力や立法院で民進党や台連や親民党を含めた他党との幅広く深い人脈関係を利用して、党内野党として独自の力を発揮するという見方は妥当だろう。
この見方を伝えるものとして中国時報(穏健統一派、宋楚瑜寄り)17日2面に「馬王 兩個黨中央抗衡?」という解説記事があった。それによれば、王と馬は政治スタイル、センス、背景などすべての上で水と油で、「相互補完関係にあるという見方もあるが、相互補完というのは逆にいえばまったく合わないということでもある」とする。しかも、今回の王は副主席就任を拒否したことに示されるように、党の運営から徹底的に距離を置く一方で、国会議長の職位と人脈を利用して、国民党を「院内政党」に転換させて、むしろ馬の党中央の権力を殺ぐ方向に動くだろう。国民党は事実上、党本部と立法院で、二つの党中央ができる、ということだ。もっとも、国民党は権威主義政党だからそういう状態が生まれるかは留保をつけているが、面白い指摘だと思う。
台連が「王との関係は変わらないが、馬が本気で本土化を進めるなら、排除しない」と揺さぶりをかけている。
また、前記台湾日報で徐永明が「謝長廷、王金平、馬英九の三者の間で王が謝に傾斜する可能性もある」と指摘する。
そういう点では、自由時報18日2面の「國民黨面臨隱性分裂」(国民党は隠れた分裂の方向へ)という指摘はありうる。
■壊れた親民党との関係
またこれに関連して、国民党と親民党との関係も微妙となる。
そもそも宋楚瑜は以前から同じ外省人政治家として馬とは険悪な関係にある。実際そうしたボスの意向を反映してか、親民党は国民党主席選の過程で公然と王を支持、馬を批判した議員がたくさんいた。選挙後も親民党副主席の張昭雄が、王を批判した馬を「国民党の団結を考えるならそんな亀裂を深めることをすべきでなかった。知恵がない」と批判している(自由時報18日3面)。
王が相対的に民進党側に傾く可能性と同時に、親民党も王とくっついて民進党側に相対的に近づく可能性もある。実際、親民党は年末の県市長選挙では台東県については親民党に近い現職、苗栗県については現職の後継者を、民進党と共同で推薦する。また、宋が2月に陳水扁と会談、和解してから親民党の穏健化に不満をもった統一急進派系の議員が相次いで脱党、親民党で最近表に出てくるのはなぜか穏健派で本土派寄りの人が多い。親民党は本土政党に転換を図っている可能性もある。
また宋としては、08年で嫌いな馬と組んで勝てるかどうかわからない戦よりは、民進党に近づいてそのおこぼれに与ったほうが有利と計算する可能性は高い。
■統一派によりすぎた国民党の問題点
また馬にとって頭が痛いのは、2008年総統選挙での勝利を目指すにしては、今回の主席選挙で国民党があまりにも外省人のコアな部分、中華民国護持、親中国など、統一派に偏った色彩が見えすぎたことだろう。
主席選挙では、国民党員の直接選挙となったが、党員は105万人弱いるとはいえ、ほとんどが党費すら払っていない名義貸しの幽霊党員。中南部の本省人党員は、地方派閥を通じた人脈関係で国民党の政治家と個人的につながっているだけで、党の活動そのものには熱心ではない。逆に、熱心な党員は、18万人強を抱える「黄復興党部」(保守派軍人組織)を中心とした外省人に多い。今回の主席選挙では、その外省人党員を意識してか、「どちらがより反台湾独立で、中華民国や国民党本来の価値観に忠実か」という「深藍」度を競うものとなった。
中国時報18日15面漫画でも「新主席」という卵から「深藍」(深い青、急進統一派)というお化けが出てきて、「和解共生」を掲げた緑(民進党)側や一般人が驚いているという
だが、これまでの台湾の選挙の通例を見ればわかるように、コアの外省人が、外省人でなおかつ統一派以外の人間に票を入れることはまずない。今回も「黄復興党部」をはじめ外省人党員の8割以上は馬支持に集中したとみられる。南部でも馬支持が多かったのは、外省人党員が積極的に投票したためだ。
だから、王金平がいくら票獲得のために外省人に媚びた発言をしても、外省人は本省人の王を信用することはなく、馬を選ぶ。自由時報18日15面に「眷村的排外意識(軍人団地の排他的意識)」とする投書が載っていたが、そこでは、高雄県にいる王派国民党地方幹部が王が高雄県の外省人軍人のためにいくら建設をしてきても、結局外省人の多くは高雄と関係ない台北にいる馬にう流れてしまうという点が指摘されていた。
この点を意識してか、台湾派の自由時報と台湾日報の記事や投書では、王が予想以上の低得票に終わったのは、統一派に媚びて本省人党員が白けてしまい、結果的に「本土派と統一派のどちらからもそっぽを向かれた」ことが原因だと指摘されていた(典型的には、自由時報18日15面陳茂雄教授の「評KMT主席之爭」)
台湾日報18日3面の漫画で党主席という白鳥の卵をもった白鳥が蛙の形をした王に対して「選挙戦に出遅れたことが問題じゃないの、アホ。問題は血統にあるのよ、あなたは永遠に食べられっこないわ、このアホ蛙!」というのがあったが、残念ながらこれは事実である。とはいえ、王もそれは織り込み済みで、実は国民党の本質と正体を示すために李登輝と図って仕組んだ可能性もぬぐえない。
というか、国民党は李登輝時代の本土化の歴史もあったため、これまでは本土化がそれなりに進んでいるものという錯覚があった。しかし、今回初めて党員選挙でその内情が明らかになったことでわかったことは、国民党のコアな部分や意思決定は、しょせんは外省人保守派が牛耳っていて、台湾人や改革派が入り込む隙間はないということなのだ。
そういう意味では同じ台湾日報で楊憲宏が、「馬英九が本土化を進めるだろうし、もはや国民党を外省政党と攻撃することは誤っている」、また統一派・馬寄りの中時晩報18日付け2面社説で、「馬は中南部でも同様に買っていて、外省人かどうかは関係ない」などと述べているのは的外れもいいところだといえる。
本省人は外省人だろうがいいと思えば入れるが、外省人の8割が馬に集中した事実を故意に無視するのは悪質だといえるだろう。統一急進派の色彩が濃厚なマスコミがそういう弁護をするのはわかるが、楊がそう主張するのはおかしい。
(ここで面白いのは、同じ聯合報、あるいは中国時報系でも、聯合報と聯合晩報、中国時報と中時晩報では、スタンスが違う。聯合報は急進統一派で馬支持だが、晩報はそうでもない、中国時報は馬に批判的で穏健統一派だが、晩報のほうは馬支持で急進統一派。おそらく商売のためだろうが)
楊憲宏は馬が08年で勝とうとするなら本土化を進めざるを得ないという主張をしているが、馬が台湾派になれるものなら別に総統選挙を意識しなくてもとっくになっているはずだろう。いまだに父親の言いなり、元老たちのお気に入り、外省人の圧倒的な支持という馬の基盤や背景を考えれば、馬に本土化への転換を期待することは間違っているといえるだろう。むしろ今の宋のほうがその可能性が高いといえるくらいだ。
■党資産、党職員給与遅延問題
国民党は世界一の資産を持つ政党として知られるが、そのほとんどは日本植民地の遺産を横取りしたものであり、民進党政権になってから、不当取得資産の国家への返還を求められてきた。これに対して、国民党側は民進党政権が進める「不当取得財産処理特別法」の成立に親民党などと組んで抵抗する一方で、批判の目をそらすために、自らの都合で自主的に売却を進めるなどしてきた。しかし、そもそも不当取得資産を売却してキャッシュに代えることはおかしい。ただ、従来は親民党との青色連合、あるいは王金平の人脈で無党団結連盟など無党派が国民党を支持することで、資産処理の追ってを何とか避けることができた。
ところが今回馬は王派と決定的に関係が悪化したことで、従来は王の人脈関係で結びついていた他党との関係は微妙となる。
聯合晩報18日6面は、親民党無党団結連盟が「これまで王との人脈で王の面子を立てるために」国民党を支持することが多かったが、王がこんな形になった以上は国民党を必ず支持する必要はなくなったと話していることを伝えている。親民党の場合は党資産処理特別法に賛成に回る可能性も指摘している。
もっとも同じ面には馬派の幹部が「和解を主張する民進党政権の行政院が法案を提出する可能性は低い」と見ていることを報じている。
ただ、馬派のこの見方はあまりにも楽観的すぎるだろう。民進党から見れば、親民党との和解のほうを優先させ、さらに国民党の資産に手をつけられれば、国民党を分裂させることもできるから、国民党と和解できなくなることを心配する必要はないからだ。国民党資産に手をつけることになれば、親民党と台連は国民党の内実を知っているだけに、分捕りを狙っているから、親民党も本来は賛成であるからだ。
党職員への給与支給遅延も、決断力がない馬が主席になればさらに遠のいて時限爆弾となる可能性がある。
しかも、馬がおかしなところは、台北市長を兼任のまま党主席に就任するとこれも能天気なことを述べていることである。国民党が与党で総統と主席を兼ねるというならこの党の体質から考えればプラスが大きい。しかし、市長と主席の兼任では、市政と党の運営のどちらを優先するかという問題に常に直面する。
馬のセンスの無さが如実に示されているといえるだろう。
■馬が浮上する可能性
ただし、政治には絶対ということはありえない。これにも変数は存在する。それは台湾日報で徐永明が指摘するように、年末の県市長選挙で国民党が象徴としてとらえている台北県長を国民党が16ぶりに奪回できるかどうかにかかっているだろう。台北県は首都台北市に近く、人口も県市で最大で、この県長を獲得することの意味は大きい。この4期は民進党が勝利していた。ただ基礎票では青陣営が緑陣営よりも若干多く、国民党がここを奪回すれば、民進党政権の基盤を大きく揺るがすことが可能となり、それを党主席として指揮した馬の権力と正当性は大きく上昇すると考えられるからだ。逆に奪回できなければ馬の党主席としての声望はさらに低下することになる。
現在のところ五分五分とみられる。民進党は新人羅文嘉を立てているが、39歳の客家人として若手と客家票を獲得できる可能性は高いが、逆に民進党員としての理念がいまひとつ明確ではなく台連の支持者が棄権する可能性がある。とはいえ、国民党が立てている周錫イもこわもての外省人で同じく国民党の予備選挙に立った本省人で三重市長など地方派閥や本土派が離反する可能性もある。周の古巣である親民党も「裏切り者」を応援することは難しいだろう。
というわけで、年末の選挙は民進党と馬の両者にとって2008年の総統選挙を占う試金石となるだろう。
■馬は勝てる総統候補になるか?
今回馬が圧倒的な支持で党主席に選ばれたことで、2008年の国民党総統候補の座は確実にしたと見られている。ただし、これも変数があって、確実だとはいえない。かぎはあくまでも年末選挙にあるだろう。
とはいえ、たとえ年末選挙で台北県を奪取したとしても、馬が順調に2008年の総統選挙に勝利できるかといえば、かなり疑問符がつく。
日本人はどういうわけか、外省人と美的センスが似ているものだから、外省人が馬をハンサムだといい人気があるというと、そうかと納得してしまう傾向がある。今回の主席選挙の結果について、独立支援の日本人ですら総統選挙で民進党の苦戦、馬の優勢を主張しているものが見受けられた。
しかし、それは台湾の一般庶民感覚をわかっていない外国人ならではの思い込みであろう。
たしかに、馬は台北市や外省人の間では、人気は高い。ハンサムでハーバード大留学という経歴は、たとえ行政能力がなくても、それだけで都市部の中産階級に訴える力はある。行政能力はブレーンが補えば何とかなる。民進党は都市中産層や外省人から見ればダサイ人しかいないからそれだけではかなわないように見える。
しかし、選挙は実際には投票行動に動くかどうかが問題であって、表面的な人気とは異なる。人気があっても人情や基盤がなければ投票に行かない。ハンサムというだけできゃあきゃあ言うような軽薄なミーハーは基本的には投票には行かない。晴れていれば彼氏彼女と遊びに行くだけだろう。
しかも、どんな社会でも都市部中産層やミーハーやインテリぶった人間は、3割を超えることがない少数派であることを忘れてはならない。馬は確かに北京語しかできない日本人が台北市で出くわすような階層の中では人気があるのは事実だが、その他7割を占める庶民層、とくに中南部の庶民にはまったく人気がないという、もう一方の厳然たる事実を忘れて「人気があれば勝てる」という図式は、それこそ軽薄というそしりは免れないだろう。
昨年9月に豪雨で地下鉄工事現場から水が噴出して水浸しになった三重市に、馬市長が慰問と謝罪に回るというシーンがテレビで放映されたことがある。馬が下手な台湾語で慰問して回るのだが、相手の庶民は「なんだ気障で気取った外省人が下手な台湾語で表面を取り繕っていて、誠意のかけらもない」といった風だった。
また2001年と04年年末の立法委員選挙でも、馬が国民党の応援に出かけると、台中市ですら観客は白けていて、南部ではまったく人気のニの字もなかったという。
大体、馬は台湾語が下手すぎる。あんな下手糞な台湾語では庶民はしらっとするばかりだ。それは外省人だからではない。外省人でも台湾語がうまく庶民的な人はたくさんいる。劉一徳は巧みな台湾語で台北県の田舎・金山では人気がある。
馬のスタイルは、気取った北部インテリそのもので、中産層や外省人やそれと感覚が似ている日本人受けはするが、台湾人受けは絶対にしない。戦後の台湾史を知っていれば、北部の外省人と南部の台湾本省人は、文化も歴史もまったく違う、べつの種族、民族というべきであって、外省人や日本人に受けるからといって、台湾人に受けると思っていたら大間違いである。
■国民党は体質転換できるか?
もちろん、馬にも勝てる見込みはある。それは国民党を徹底的に民主化して権威主義ファッショ政党から普通の西側の保守政党に脱皮し、また外来政党から本土土着政党にすることであろう。
国民党のようなファッショ政党が普通の民主政党に脱皮した例はスペインのフランコ時代の独裁政党、イタリアのファッショ政党などがいずれも中道右派政党になった例、リトアニアやハンガリーやモンゴルでも共産党が普通の中道左派社民主義政党に脱皮した例もある。特にモンゴルの例は参考になるだろう。
しかし、問題は国民党があまりにも資産を持ちすぎていること、さらに馬があまりにも自らの定見や決断力がなく周りに流されやすいことだろう。
まして今回の選挙で、外省人のコアの党員が、決して王を支持しようとしなったことから見られるように、国民党の外来ファッショ排他的体質は、病膏肓に入るというレベルで、他国のファッショ政党の民主化はきわめて困難だと見ざるを得ない。
また、台湾では馬が本土化する可能性として、馬が「ひとつの中国」や反台湾独立の一方で、反国家分裂法や天安門事件などで、中国共産党をきわめて強く批判している部分を評価する見方もある。たとえば、行政院大陸委員会主任委員の呉燮が馬の反中共発言を評価している(中国時報18日4面、呉燮「激賞」馬的弦外之音)。
しかし、馬の反中共姿勢も、冷戦型の反共主義の一種であって、民主化が進み共産主義が危険思想ではなくなった今日の台湾においては、反共主義のスタンスからする中国批判はもはや時代遅れとしか言いようがない。そもそも台湾の主体性にとって、中国が問題なのはそれが共産党だからではなくて、台湾を併呑しようとする大中華意識が問題なのである。台湾はもはや反共主義ではなく、共産党のベトナムとも友好的な関係を築いている。
馬が中国共産党と批判する場合は、結局は大中華で反共という蒋介石のスタンスと同じであって、法輪功による中共批判の「九評」を執筆した外省人の台湾大学政治学教授、明居正と通じるものであって、決して台湾の主体性を尊重するものとはならない。