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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局ー2-

2008年03月21日 | 投稿連載
    こちら、自由が丘ペット探偵局  作者古海めぐみ
         第1話 春とハル
           2
 世界は、誰が何と云おうとたったひとつのモノからできている。
それは、孤独というエレメントだ。
これはとても単純なことなのだ。ウスウスそのことを感じている頭のいいひと
もその答えを云ってしまうと、世間のエッジに出てしまうのが面倒なだけで
黙っているに過ぎない。
微生物から人間まですべての生き物が一つの細胞核から分裂することではじまっ
ている。つまり宇宙のすべてのものは、分裂して別れることで生を得ている。
母親から子供。宇宙塵の衝突から隕石。そして生と死。
引きはがされる孤独からすべてがはじまっていると云っていい。
孤独からはじまっているから、生物は、愛を求めてつながろうとする。
特にひとは、孤独の反動で愛をまるで幻想を求めるように追い求める。
でもその幻想がパチンと破裂しても元は孤独なんだと判っていれば別に慌てる
ことはない。世界は、孤独から成り立っているのだから。
 これは、犬飼健太の元にあの、ニホンオオカミを飼っていたというお爺さん
の手紙のコピーやキバとかいう怪しい犬の話なんか長々としたメールでアメリ
カから送りつけてくるイエロー・ストーン在住の生物学者のマリア・ニコライ
ビナ・ワタナベの自説で、これに関しては、頭の悪い健太も日頃からなるほど
と頷いて自由が丘のカフェ・バーなんかで女を誘うときの決まり文句として
犬飼ポケットの座右の銘リストに加えて、まるで自分で考えたみたいに
ケレン味たっぷりに捲し立てるのだから始末がわるい。
ただこの健太の殺し文句も猫田春には、何の役にもたたなかった。
 細胞分裂したからどうしたっていうの。
 だいたい孤独にすがろうなんてイジマしいと思うけど。
これで終りだった。
 猫田春は、アメリカの国立公園イエローストーンからカメラひとつ持って
自由が丘に帰って来てまだ半年も経っていなかった。
健太が一年前雑誌の懸賞で特賞・アメリカ自然の旅「コヨーテと過ごす
イエローストーン」に当たって一週間過ごしたとき、オオカミ・トライアン
グルの出会いがすべてそろった。
 健太は、この地をフィールド・ワークにしていたオールドミスのマリア・
ワタナベ教授に野生動物見学コースで調子よく話を合していてすっかり気
にいられ、「あなたは私の運命の人よ。」という南部訛りの日本語で告白
されたのをなんとか振り切って、旅の最終日のキャンプファイアで学生
写真家として大平原のオオカミの撮影をしていた留学生だった春と同じ
コテージの宿泊客同士として隣り合わせになり、今度は逆にもうアタッ
クして見事フラれた。健太にとって明暗の旅だった。
あれからちょうど一年たった。
まさかにその春に健太が自由が丘デパートで再会するという奇跡的な出来事を
予測できるものは、さすがに健太の座右の銘リストにもなかった。

「いらっしゃい。バラですか・・・?あれ、健ちゃん、珍しいね。花買うなんて」
畳三畳もない自由が丘デパートの花ツルミの店先で店主でハゲ頭の鶴見俊平こと
ツルさんがキャバリアの入ったケージを抱えた健太にニヤニヤしながら応対した。
「いいだろ。おいさん。その火曜特売のでいいから包んでくれよ。」
「さっきキッズローブの上田のユウちゃんもバラ特別贈答一万円の買って行ったよ」
「ふん。子供服店の若旦那の上田が。あのキザで有名な。ふん!オレはずーと
安いので」
「へい。へい。3500円のとこセールで2800円。」
「それ。それ。贈り物で。」
ツルさん、特売バラにラップを器用にくるくると包んで、
「どうしたん?又預かり犬逃がしたの?」
とつい口がすべった 。
「なんで!そんなわけないだろっ。おいさん。信用第一なんだからーこっちは。」
「ごめん。ごめん。またお詫びの挨拶かと・・つい。」
「いつの話だよ。5年も前の、それもたった一回のミスをよ。」
「ごめんって!健ちゃんが花なんて珍しいからよ。」
「だから年寄りは嫌いだよ。大昔のことすぐ昨日のことのように言うからよ。」
「年寄りでわるかったね。健ちゃん、よく幼稚園のときこの自由が丘デパート
の踊り場でションベン洩らしてたね。いつも拭いてやったのこのおいさんだよ。」
「また昔話。今を生きてよ。おいちゃんだって駅裏にできたキャバクラの開店
初日に女子大生ホステスのお尻触ったよね。」
「あれゃ、昔だろ。」
「数年前じゃん。おばさんに聞いてみようか。事実かどうか・・・」
ツルさん、バラを丁寧にリボンで結んで急に冷や汗をかき出した。
健太は、意地悪そうに廊下を挟んで斜め向かいの佃煮やで世間話している
ツルさんの女房の方に愛想笑いの目線を送った。
「わかったよ。親切安心のペットホテルで優秀なペット探偵さん!」
「わかりゃ、いいんだよ。いつもきれいで新鮮な、花屋のおいちゃん。」
健太はお金を渡して、右手に花束、左手に仔犬のケージを抱えてデパート
の階段へ上がって行った。
 犬飼健太は、自由が丘で生まれ育った。
三十を目の前に犬飼ハウスクリーニングから何でも屋そしてペットシッターを経て、
自由が丘ペット探偵事務所の社長という肩書きで緑ヶ丘小学校の同窓会では、
いつも名刺交換で名刺が変わる度に社長の文字だけ大きくなっているので
みんなから、社員どのくらいいるの?って聞かれると、健太は、すかさず、
「5、6人かなあ。まあ、うちなんか零細企業だからよぉ。」
と遠慮がちに答えていたが実のところ一度も社員なんていたことがなく、
社長一人社員なしときどきアルバイトを雇うという形だけの有限会社だった。
そして社屋も自由が丘駅一分とチラシに謳っているがこれはウソではないのだけ
れど古くてアメ横か、中野ブロードウェーみたいな小さな二坪商店がごった
煮のように入っている自由が丘デパートの4階にあると書かれている場所に
確かに事務所はあった。
ただ素人はそこになかなか辿り着けなかった。
つまり駅前の自由が丘デパートは、3階までしかなく、4階というのは、
つまりは、屋上のことだった。通風ダクトやエアコンの室外機の並ぶ防水
モルタルの上にプレハブ小屋が建っていて、入口に木彫りの犬飼自由が丘探偵局
と書かれた看板が架けられていた。
そこから駅のホームがすぐ手に取るように見えた。ときどき犬の鳴き声に驚いて、
朝の通勤ラッシュのサラリーマンが見上げて不思議そうに電車に乗る光景
がみられた。
 健太は、登ってくるなり、玄関の傘立てに買ったばかりのバラを挿して、
ニンマリと眺めた。
ちょうど同じ頃。自由が丘デパート入口の花ツルミに又一人の和服の老婦人が
やってきた。
「そのバラをください。」
ツルさん、今日はよくバラが売れるなぁと心の中で呟いて前掛けのシワを伸ばして
元気よく言った。
「はい。贈り物ですか、ご自宅用ですか。」
「手土産です。」
「はい。こちら特売もので?」
「はい。あのー、ネコタ画材店は、何階でしたっけ?教えていただければ。」
「はあ、ネコタ画材店をご存知?」
「はい。」
「あの、どちら様で?」
「はい。水野ハルといいます。」

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