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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー若葉のころ6

2010年03月05日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
     6
ペンションの夜は、客がいない冬の間は、根雪に埋も
れた木の葉のように山の中で静かだ。屋根の太陽電池
パネルに積もった雪がテラスの下の熊笹にガサコソと
落ちた、風がナラの枝を唸らせ、隣のテニスコートの
ネットをカモシカが越えて網に挟まった雪を闇のコー
トに飛ばした、娘の2階の部屋から聞こえていた音楽
が二時を過ぎて止まって1階ホールの柱時計のチック
タックが際立った・・・そして窓の外が白み出した頃
アオゲラのブナの木を突く音が裏の森から聞こえてくる。
 やはり私はこの日も眠れなかった。
ベッドの中でその柱時計の針が零時を回って刻々と朝
の六時に落ちていくのを耳と不眠の目が追っていって
しまうことを私はどうすることもできない。
 特に朝方太陽が窓ガラスを通して入ってくるあたり
から目が冴えて重たい興奮状態のまま朝食をつくる。
そして娘のハルカを学校の途中まで送って自分も八戸
へ仕事に出る。
 六時前。薄暗い寝室のベッドから起き上がると鏡台
の上に置いていたケイタイの着信ランプが点滅してい
るのを見つける。
 まず床に降りて壁際のオイルヒーターのスウィッチ
を入れて、少し体を温めて鏡台へ行きケイタイを手に
取る。
そうか。マナーモードにしたままだった。
見るとトモミからのメールだった。
「それから言うの忘れていたけど、すみれ、恋してる
の?結婚15年の顔じゃなかったわ。千里眼のトミー
より。」
 私は、そのメールを二度読み直した。
そして私は寒気も重い疲労感もすうっと消えていくの
を感じる。十何年ぶりに逢ったクラスメートのトモミ
に一発で見破られていたのかと心が慌てる。
 このところ続いている不眠も昨日の朝の輪竹さんと
の別れから来ている。そんなことはないと家や職場で
自分に密かに言い聞かせてもこうしてトモミに見抜か
れてしまっているなんて・・・
 頭では自分は普段のしっかりした母親だと装って見
ても体は敏感に反応して眠れぬ夜を重ねている。それ
をすっかり悟られていたとは、おそろしいことだ。
 でも昨日のあの陸中海岸のレストランで若い店員と
人目に隠れてキスをしていたトモミのあの大胆で女を
謳歌している姿を思い出せば、彼女だからそんな目で
私を見るんだと充分納得がいかないでもない。常に先
頭を走る女であるトモミだからできるスキル。私は、
そのトモミの特殊な存在だという評価を頼りにしてこ
の私の日常に戻って来ようと再びヒーターの前に戻っ
て床にうつ伏せになる。
 オイルヒーターの甘い空気を焦がす臭いがいつもの
朝に引き戻してくれる。ハルカは今日は学校も塾もな
いからきっと午前中は十時まで起きてこない。私は8
時に家を出ればいい。朝食をつくるまでにまだ間があ
る。しかし寝るわけにも行かずしばらくこうしてヒー
ターの前で体を休めようとガウンの襟を顎の下で揃え
てゴロンとミノムシになる。
 すると私の体の底の方からトロリとした切ない疼き
が沸き立って来た。それは深夜に一度布団の中であっ
たものと同じ感覚だ。
私は、その心地いい小波に身を任してその甘い囁きに
耳を傾ける。
 私は、あのひとに抱かれている。
 あの人は、私をつつんで微笑んでいる。  
 私は、きつく抱きしめられたいと願う。  
 そしてあの人は私の唇をそっとふさぐ。  
 いつの間にかあの人があの、「テキサス」の若いバ
ンダナ店員になっている。そしてしっかりと抱きしめ
られているのは、トミーになっている。しかしこちら
は現実。私とあの人とは空想。こんな夢ウツツを見る
のは初めて。私は、コロンと絨毯の床で向きを変えて、
重症だと思う。とめどなく涙があふれてくる。こんな
気持ちが自分にあるなんて自分はどうしてしまったの
だろう。
 またアオゲラがトントントンと木霊する。
さっきより近づいて聞こえる。森の精を呼んでいるよ
うにブナを突く。
 鳥はいいなあ。本能に生きて死ぬ。
涙は暖かく頬を流れる。心地よい傷みがゆっくりと流
れて消えてゆく。ここは私の家。私の生活の場。夫が
帰って来る時にはこの病は治癒していなくては。私は
涙を拭った。
 鏡台の鏡に窓外を朝霧が流れていくのが映っている。
聞こえていたアオゲラの木突きの木霊がしなくなって
いる。すでに晴れ渡った朝が玄関の戸をノックしてい
る。私は、シャワーを浴びて自分の日常のために新し
い下着に着替えた。

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