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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー若葉のころ10

2010年04月02日 | 投稿連載
若葉のころ 作者大隅 充
      10
ハーバーライトが灯って、カモメが八戸港の上空を
黒いシルエットになって群れ飛んでいく。隣の漁港
へ帰って来る漁船のおこぼれに与ろうと沖合いから
群れて来るカモメの数がみるみる増えていく。
 私は、あのカモメの群れにかつての西高時代の自
分たちを見ている。いつも誰かと手をつないで学校
に行ったり、帰りは荷物をジャンケンで負けた方が
持って電車に乗ったり、お昼のお弁当を食べるのも
グループで机を寄せ合い、囲んで好きなオカズ、嫌
いな野菜や魚フライの物々交換をした。いつでも横
を見ればトミーがいて、オマツがいた。
 今すっかり立派な中年になって言えることは、あ
んな利害もなく責任もない、お互い笑ったり怒った
り、いること自体が当たり前のような付き合いは二
度とないんだなということ。もうあの、平等な場は
訪れないという動かし難い真実を実感する。もし専
業主婦で大学や専門学校に入り直しても、西高時代
のキラキラした学生という計り知れない未成熟な身
分には戻らないし、生活という決定的なアイテムが
どっかりと目尻に出来た皺のように居座ってどんな
に上手に誤魔化しても離れない。
 誰もが未成年から孵化して学校という猶予された
場所を卒業してしまうと、一人一人がバラバラな生
活をそれぞれの足で歩く。そこにはもう猶予はなく、
他人任せな気ままさはあり得ない。一度群れを飛び
立ってしまうと誰もがはぐれ鳥。どこへ行くかもど
こで羽休めをするかもみんなバラバラ。そして何よ
り心の中に積もってくる人生の塵やキズや悩みの梶
棒は、それこそバラバラで応用も利かない代物であ
るなあ、と最近つくづく思う。
 あの若鳥のしなやかさは二度と戻って来ない。
行列を成して飛んでいるように見えて大人は、隣を
飛ぶ人と同じ場の気持ちではもう飛べない。
 トミーがあのレストランの店員との秘密の生活を
持っているように、私は、輪竹さんへの思慕をそっ
と心の見えない港に繋留している。それは、たぶん
オマツもそうだろうし、他の吹奏楽部のメンバー一
人一人もそういう心の危うい梶棒を持っているに違
いない。
 私は、埠頭の外灯の下で海が夜のオーバー・コー
トに被さり水平線の境のない広大な闇に変わって行
くのを見つめながら、そんなことをぼんやり考えて
いた。
 外灯の光を受けて一羽のカモメが目の前を掠めて
桟橋の方へ飛んで行った。
 すると現実の港の音がさあっと甦って来て、桟橋
のはずれに一人の女が係累杭に座って泣いているの
が港の照明に照らされて目に入って来た。
女が泣いている。
 私のいる埠頭からかなり離れているし後姿でしか
見えないのだけど私は、そのひとりぽっちの春物の
ブルーのコートを着ている若い女が泣いていると直
感で受けとめた。遠くて後姿だけれど彼女は泣いて
いる。間違いない。あのほっそりした青いコートは
見覚えがある。確かに夕方ここに私が車で入って来
たときに待合所から出て来て私の車の前を横切って
桟橋へ行った人だったことを思い出す。
 顔はよくわからないがこの町の人ではない。都会
から来た旅行者のように見える。長年ペンションの
仕事をしていると旅行者も地元や近辺か東京あたり
から来たかの勘は働く。ましてや女の私は、その後
ろ姿でも泣いているのがすぐにわかる。
 なぜか。それは、私がこの港で同じように泣いて
いたから。だから理由は知らないが悲しい思いを誰
にも言えずこの夕方の寂しい海にそっと泣きに来て
いるのだと思う。
 桟橋に定期便のクルーズ船が舷灯を点して入港し
てきた。青いコートの女は、立ち上がると桟橋を後
に出口へ歩き出す。私は、フィットの運転席からそ
の若い女の細い顔を目で追って、学生でもないし結
婚しているようにも見えない、そして単なる普通の
旅行者でもないと見て取る。まっすぐに出口へ歩い
て行くすらっとした姿が美しい。私は、綺麗な人だ
と声にして呟くとカーラジオのスウィッチを入れる。
と同時に警笛がした。
 後ろからオートバイの明かりにフィットの車内を
照らされクラクションが鳴らされた。港湾警備員の
カブだった。
「海上保安庁の大きな船がこの第四埠頭にこれから
入るから出てけろ。」
「あ、はい。すいません。」
と私は慌ててエンジンをかけて埠頭から出て倉庫の
立ち並ぶ抜け道へ車を走らせる。
 私が広い道路から狭い通路へハンドルをきった時、
倉庫と倉庫の間の薄暗い路地から突然若い女の悲鳴
が聞こえてきた。
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