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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

こちら、自由が丘ペット探偵局-29-

2008年09月26日 | 投稿連載
 こちら、自由が丘ペット探偵局 作者古海めぐみ
            29
「おーい。いいかげん腹減ったよぉ。」
息がすうすう抜ける擦れた男の怒鳴り声が扉の奥の廊下
の向こうからした。
はい。はい。うるせいなあ、と女が怒鳴り返して、焼け
た真っ赤な鉄のような視線で若い男を睨み付けて、
「本当にバカだよ。まったく。」
そうニガニガしく呟くと生え際の白髪染めが剥げかかっ
て白土の切り通しのようになった頭の中年女がドアを
バタンと大きな音をたてて閉めると隣の部屋に消えて
いった。
元八畳の犬小屋と化した和室は、切れかかった蛍光灯
のちらつく暗い灯りだけになってケージの犬たちが
一斉に吠え立てた。
若い男は、床に蹲った犬飼健太の首に犬の首輪をかける
とその鎖を元床の間の柱に絡ませて鍵をした。健太は、
死んだように為すがままに動かず目をつむっていた。
そして男は、蛍光灯のスウィッチを切って部屋を出て
行った。
真っ暗になった『犬小屋』で健太は、静かに目を開けて
ゆっくりと息をした。犬たちが吠えるリズムに合わせて
ゴロゴロと転がって起きようとしたがハエ叩きで打ち付
けられたイエ蝿のように立ち上がるどころか身動きでき
なかった。
潮が引くみたいに犬たちが大人しくなると、糞尿臭い
『犬小屋』の闇がますます深くなっていった。
すると廊下の向こうの部屋で怒鳴りあう声が聞こえて
きた。
 一階の廊下の突き当たりは、ダイニングキッチンにな
っていた。今遅い安田家の夕飯が始っていたところだった。
「面倒なことになった。いったいどうすんだよ。」
安田次郎が禿げ頭をポリポリ掻きながらビールを飲むと、
息子の真一に言った。
「これ、見てみろ。」
背の高く青白い顔の安田真一は、小さな錠前の鍵をエビ
フライの皿の脇に置いて健太のデジカメの液晶画面を
見せた。
「なんだ。お前の車じゃねえか。」
「これ、あいつが撮ったんだ。ナンバープレートも読める」
「だから・・・」
入れ歯の具合がわるいのか息がすうすう抜ける声で次郎
が押し返した。
「だっけ、何回言えばわかんだよ。あの男にオレの車と
アパートとここの家と犬たちとが調べられてんだよ。」
「別に警察じゃないんだろ。」
と揚げたてのエビフライを盛った皿を次郎の前に置きな
がら白髪の目立つ安田美貴が真一に聞いた。
「探偵らしい。しかもこのオレの車の写真は奥多摩湖で
撮られてる。」
「探偵?」
美貴と次郎が夫婦で合唱した。
「ポケットにペット探偵の名刺があった。」
「ペット探偵ー!」
「だっけ、さっきから言ってるだろ。あいつは俺たちの
正体を嗅ぎつけたんだよ。」
「でも死んだ犬を奥多摩湖に捨てたぐらいじゃ見つかっ
ても廃棄物処理法違反ぐらいで済むでしょ・・」
ビールを息子にも注ぎながら美貴が落ち着いて言った。
真一はビールを一気に飲んで白目をぐるぐる廻すと汗
を噴出してデジカメのメモリー画像を繰っていった。
「ほら、これ。この女、ネットでチワワ買って文句言
ってきた奴。こっちは、オレが拾ったカワカミ犬を買
った奴・・これ。うちのケージで死んでるシバ・・・
全部母ちゃんたちのショウバイの裏を取ってる。」
「いつの間に・・・」
エビフライをかじるのをやめて次郎は、デジカメを奪
い取って画面をどんどん繰っていった。
「犬の遺棄ぐらいじゃなくうちのショウバイを立件し
ようってわけじゃん。」
「それにしてもどうすんの。その探偵。」
やっと美貴はテーブルの椅子に座った。
「そうだよ。お前。あんな男監禁して・・見つかった
らもっと重い罪になるだろ。」
その次郎の発言に美貴が畳み掛けた。
「そうよ。抹殺してしまうわけにもいかないんだから。
殺人犯になるのだけはやめてよ。」
「だっけ、世間に出なければいいんだろ。」
「でないって・・・」
「だっけ、うちの犬と同じだよ。檻にいれて飼えば
いいんだ。あんだけ犬に毎日エサやるのに人間が一匹
増えたぐらい大したことないじゃん。」
「バカ!だからお前は二浪も三浪もするんだよ。そん
な面倒なことー」
そういう母親からビールびんをもぎ取ると真一は、
エビフライの皿を床に叩き付けた。
「うるさいよ。オレのこと言うなよ。てめいらが
やばいショウバイするのが悪いんだろ。ざけんなよ!」
テーブルの上の夕食を全部払い落す息子の狂気に次郎
も美貴も止められない。
「シンちゃん。わかったから。、今日はもうアパート
に帰りなって。」
母親がなだめた。
白目をぐるぐる発作のように廻した大きな息子は、母親
に向かってビールグラスを投げつけた。
悲鳴と父親が飛び掛って止めに入る椅子や食器が落下
する音が外の畑まで響いた。
真っ暗な『犬小屋』で聞き耳を立てていた健太は思わ
ず目をつむった。

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