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★ベトナム・ハノイは「こんなとこ」★

個人で起業して「早14年目」普通にベトナムで「相棒ミッ(ポメプー犬)」と円安に苦しみながら、それでも何とか暮らしてます。

ベトナムハノイの「台風襲来か?」

2025-07-21 11:22:30 | ベトナム・ハノイ

 先週末ハノイは「台風かと思われるような激しい雷雨に見舞われた」

仮設テントや「簡易的な建物は吹き飛ばされて」それなりの被害が出たようだ。

そして「あの有名な世界遺産のハロン湾」では「このような雷雨の影響」で観光船が沈み40人以上の死者が出てしまった。

ベトナムとかかわりをもって25年になるが「このような事は初めてだった」

 昨年「台風YAGI」でもベトナム北部は「大きな被害が出た」そして今回「台風ではないにしろ」この要は被害が出ている。

明らかに10年前とは「気候が異なるような気がする」

(この様子はTIKTOKやYOUTUBEにたくさんUPされている)

 そして昨日「8歳友人の母上」が「ハノイは又あのYAGIと同等の台風が来ていますよ」という情報を教えてくれた。

(彼女もニャチャンでのバカンス時病に倒れニャチャンで入院、一昨日ハノイに戻ったが、引き続き点滴にために

この嵐の中、病院に通わなければならない。大変な事である。8歳友人はこのことも有り母上の実家に避難している)

自分はハノイの天気予報は「あまり見ないので、まさか台風が来ているなどとは知らなかった」

昨日の夜、会社の管理者からも「明日の午後からハノイは台風が直撃します」 どうしましょうか?

と言う報告があった。色々考えたうえ、「在宅で作業できる者は出社せず、様子を見ることにした」又、ハノイの状況を見ながら

風雨が強くなりそうならば「早めの帰宅」を促そうと思っている。朝からどんより・・・「いかにも嵐の前の静けさ」のようだ

昨年の台風YAGI ではハノイの街路樹も20000本が被害を受けた、橋が流され、山崩れも有り多くの人が亡くなった。

どうか「今回の台風では、被害が出ないように祈るとともに、自分たちも早め早めの準備や避難をしようと思う」 安全第一である。

(21,21,23日当たりにベトナム北部観光を予定されている皆さんは是非いろんな情報を確認し、安全な旅をしてください)

ハノイの天候変化は「半端ではなく、風雨が強まり、雨具を着たバイクドライバーなどはとてもバイクに乗っていられないような

激しい状況になる」 トラックでさえ「横倒しになるような風の強さなのだ」・・・是非気おつけてください。

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ベトナムハノイの「なにがあるかわからない?」

2025-07-17 17:22:34 | ベトナム・ハノイ

 一昨日の夜中「8歳友人の母上から」・・・「入院してます・・・」と言うラインが届いた。

半分寝ていた意識を呼び起こした。たしか「8歳友人は夏休み、しかし映画のメジャーデビューを冬に控え」

毎日「レッスンに忙しく、夏休みどころではなかった」そんなわけで「親子でベトナムのビーチリゾート、ニャチャン」

に「3泊4日でバカンスに出かけたはずだった」??? その3日目が終わろうとしていた「夜中にこんなライン」が届いた。

この前日、「写真を送ってきたのだが、【おなかが痛い】と言うコメント付きだったので?」心配はしていたのだが?

 自分の予想は「海産を食べて食中毒」にでもなったのか?と思ったのだが?

さすがにこんな夜中に「あれこれメッセージを送ることもはばかり」 翌日になってから「ハノイで留守番している母上の妹さん」

と連絡を取り合った。 聞けば「尿路感染症」で「高熱が出ている」との事だった。 「懐かしい病名」自分も「かかったことのある病気だった」

しかし自分は「そのような高熱は出なかった」調べてみると「細菌で炎症を起こし、それがひどくなると高熱が出るらしい」

自分は「子供の時、毎日毎日故郷の川やプールで水泳三昧」がたたり「どこかの水質の良くない場所で尿道から黴菌が入り感染した」

まだ覚えているが「あそこから白い濁ったものが出て、排尿時に強い痛みがあり医者に行った」結果「尿路感染症」で「抗生物質」を

処方され「痛みのある幹部には何か薬品を塗られた」事を思い出した。 子供に多いらしいが? きっとニャチャンのどこかのプールか海で

たちの悪いばい菌に感染したのだろうと思う。災難な事だ。せっかくのバカンスだったのに。8歳友人も「大変だったろうと思う」

最終日の夜、母親の看病をしていたようだ。せっかくの「夏休みの一大イベントだったのに」 まさしく「なにがあるか?わからないものだ」

こんな状態なので「明けて翌日ハノイに帰る予定だったが? ドクターストップがかかり、帰れなくなってしまった。そして

8歳友人もいることから「ハノイから妹さんと、お父様」が急遽「ニャチャンまで救済に行くことになった」

母上から連絡があり「飛行機のチケットを取ってほしい旨昨日連絡があった」 夏のシーズンで「飛行機は値段も高く、ひどく混んでいたが?」

何とか「夕方のフライトが確保でき、二人で救済に向かった」のである。

この飛行機も30分ほどディレイしたようだが夜10;30過ぎに無事に「ニャチャンの病院に着いたと連絡があった」

きっと8歳友人も「大きなストレスを感じていたのではないだろうか?」 先ほど「明日の午後にハノイに帰れることになった」と

ラインがあった。・・・「まずまず、大変だったが、ハノイに帰れるまで回復したことは幸いである」

過ぎてしまえば「思い出に代わるのだろうが?」 いやはや「人生とは何があるか、分からない物である」 

 

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ベトナムハノイの「大気汚染対策の急な法律施行情報」

2025-07-15 09:58:05 | ベトナム・ハノイ

 昨日社員から「来年の7月から現在のガソリン燃料のバイクがハノイで乗れなくなります」と言われた。

詳しく聴いてみると「2026年7月からまずはハノイの環状1号線内側でガソリン車両の通行が禁止になる」

この環状1号線内というのは観光の中心地「ホアンキエムや自分が良く行く日本飲食店やスーパーがあるダオタン」なども

含まれる、アパートと勤務場所はすれすれ含まれないが? 次の段階(制限地区の拡大計画)では確実に含まれそうだ。

 理由は「このブログでも再三話している【大気汚染】が最大の理由である」 以前からこの噂はあったが、さすがに

「社会主義国」やることが「唐突である」 自動車については「EVは多くはなってきたが、商用車、トラック」などは

未だ対応できていない。そして「平均的な庶民に、急にバイクも自動車もEV化しなさい」と言っても「未だ個人GDP≒$4000

の国である」そんな余裕はない。(政府もEV化の補助金を出す余裕もない)それでも「このようなお達し」を出すのが

「社会主義国家」だろう? 自分も他人ごとではない。いつも買い物に行く「日本スーパー」は今回の制限区域内にあるのだ。

恐らく「当面は、内燃機関車には「何かしらの税金」を課すのだろうと思うのだが? しかし「セーバーガ-」(3輪の荷物運搬者)

やGRABなど「商用車」にとっては「死活問題」になるであろう事は想像に難くない。それでも「ハノイの大気汚染はこれほど唐突且つ

大々的に行わない限り「改善はされないだろう」その意味では仕方がないのだろうが?

日本がそうであったように「車の排ガス規制」と同じ「バイクの排ガス規制」も考えないといけない時期に来ているのだろう?

「自分もそう言いながら毎日排ガスを出してバイクに乗っている」 真剣に「電動バイクへの乗り換えを検討しなければならない?」

 

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ベトナムハノイの「ハノイ在住14年目の自炊生活で思う事」

2025-07-09 10:18:05 | ベトナム・ハノイ

 自分はベトナムとかかわりを持つようになって「早29年」在住するようになって14年の月日が流れた。

最初は「最初の会社の出張」で初めてベトナムに来た。次の会社でも「頻繁にベトナムを訪問し」14年前には

とうとう「個人でベトナムハノイで起業」し、現在に至る。当然、3食ベトナムでの食事である。

正直言うと「食生活で不便やストレス」を感じたことは無いが、さすがに14年、最初は好奇心もあって

食べていたベトナム料理にもそろそろ飽きてきた。さすがに一人暮らしなので「いつもいつも自炊と言うわけにはいかないが?」

最近は「自炊が増えてきた」

*朝食:最近は「食パン(ベトナムの食パンは小さい、容量で言えば日本お平均的な食パンの半分以下だろう)」を軽くトーストし

ハム、チーズ、キャベツなどを挟み「簡単なサンドウイッチ」を作って「アルミホイルに包みⅯ乗っていくことが多い」

それまでは、道端で売っている「ソイ(おこわ)」を頻繁に買っていたが、朝食には少々「重い」のと、通勤コースから

「行きつけの美味しいソイの店」が恥れているため、行く回数が減ったことである。たかがバイクで2,3分の通勤だが、その他の

朝食調達には困らないくらいの店はあるのだが? ひどいバイク渋滞の中、注文して待っている時間を考えると足が遠くなり

結局は「このような事(自前の朝食)に落ち着いた。会社に着いてからもすぐ近くに「カフェの店」「バインミーの店」

ブンカーが食べれるチャーダーの店等々たくさんあるのだが?(ベトナムに来てパン食が多くなった?)

*昼食: 最近、週に2,3回「自前でお弁当を作っている」、ここに行きついたのは「ベトナム食、デリバリー可能な日本食」

に飽きてしまったことにある。(デリバリーは14年前には全く普及していなかった、したがって近所のベトナム食堂

に社員と通っていたのだが?そのような環境も少なくなった。)社員の多くは「既婚者」なのでほとんどが「弁当持参」である。

そんなこともあり「夕食の残りと卵焼き」等簡単な弁当を持参するのだが? さすがに週の後半になると「疲れていまい弁当作り」

もおろそかになる。仕方なく「デリバリーするが、ベトナム食が多い(理由は日本食はあまり美味しくなく、値段も高い事が理由である)」

それでも「カレーやカツ丼などは日本円で500円~750円ほどで食べれるのだが? ベトナムの感覚で言うと高価なのだ」

*夕食:以前は「会社で借りた社員寮に社員が作る料理を料金を支払い食べに行ったりしたが、すでに社員はほとんどが家庭を持ち、

社員寮も無い、したがって仕方なく「何かを作って食べるようになった」そして最近はさらに「相棒のポメプー犬 ミッ」

と同居なので「彼の食事準備も有り」ほとんど自分の食事も「家ですますようになった」、

朝も同じだが「まずは彼の食事を準備する」(我が家で大活躍なのは【ノンフライヤー】である。

鳥や豚、魚など「ほとんどの料理はこれで調理する」(ほとんど調味料なしでタイマーで焼くだけでそれなりに

美味しくなるし、油も使わず、油の多い肉もあぶらが減らせるのだ)焼いてほぐし「野菜やドックフードを混ぜて与えている」

(司会ミッは肉だけ食べ、野菜やドックフードを食べない事が多く困っている。偏食である!)

そして自分の食事は「最近は煮物が多い」(煮物と言っても凝った物でなく「ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、サツマイモ、肉、

ハノイで手に入る練り物・・ゆで卵」などなんでも「醤油とみりん、だし、砂糖」

で煮てしまうだけ。それでも「飽きることなくそれなりにおいしい」そして味噌汁「圧倒的にジャガイモと玉ねぎ」が多い

そして夏場は「きゅうりとわかめ、そしてミニトマト」を加え「ベトナムのドレッシングをかけたもの」そして「ほうれん草を軽くゆでて

時には胡麻和え等にする」ほぼこんな感じで夕食を食べている。飽きると「うどんやそば、面倒だとインスタントラーメンで過ごすことも

ある」 考えてみると?「何のことはない、三つ子の魂百まで、子供の時に「好きだった物」を今「食べたいのだ」やはり、日本人

のアイデンティティを知らないうちに「あらゆる面で維持、継続したに過ぎない」そんな気がする。

結局は「小さいころに母親が作ってくれた【味】を求めて、それを受け継いでいるのだと理解した」

最近「自分で煮物を作るようになって」 あの頃(高校を卒業して家を出るまでの間)母が毎日「当たり前のように作ってくれていた食事」

(特別美味しいとは思ってはいなかったが?)「あの味」を今になっても「欲して」居るのだ。

母が作った「さつま揚げの煮物」の味は「今でも忘れていない」(味が濃く、しかし今思うととても好きだった)

あの頃は「特別美味しいとは思わなかったが?」

父も、母も亡くなってしまった今、ふと「無性に母のさつま揚げが食べたくなることがある」・・・

60半ばも過ぎた今、日本から遠く離れたベトナムで「夕食の自炊をしながら、そんなことを考えた」・・・

 

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ベトナムハノイの「ピックルボール」

2025-07-07 11:08:58 | ベトナム・ハノイ

 皆さんは「ピックルボール」と言うものをご存じだろうか?

アメリカで生まれた「バドミントンとテニスと卓球」を混ぜたようなスポーツである。

アメリカでは「プロも居て、高額な賞金の大会も開かれている」そのコートの広さやルールから

子供や高齢者も比較的「やりやすい」点から「広まったスポーツである」

自分は「なぜこれを知ったかと言うと」、以下のような事情があった。

 wずいぶん前から「泳ぐためにプールを探していた時」夏場だけだが

すぐ近くに「ハノイには珍しくちゃんとした規格の50mプールを見つけた」これは「公共のスポーツ複合施設」

の場所の一角にあった。しかし「ベトナムではこのようなプールは人気が無く」夏場なのに何度か泳ぎに行っても

いつも「自分一人しかいなかったことを思い出す」そもそもベトナムでは「水泳熱はほとんどなく、水泳も健康維持以外、

競技スポーツとしての認知はいまいち」なのだ。そしてそれが「ピックルボール」どのように結びつくかと言うと?

昨年の事、夏場にこのプールに泳ぎに行くと「どういうわけかそこが閉鎖されていた」?理由を聞いたが「教えてもらえず」

夏場せっかくの50mプールで泳ぐことが出来なかった。そしてその後その近くを通りかかると、何やら「プールが取り壊され」

ていた。自分は「新しいプールができるのか?期待していたのだが」 6か月たったころ「その場所には何やら、見慣れない

物が出来上がっていた」隙間から覗くと「自分には理解できない形状の見たこともないコートがいくつもできていた」

 そしてそのころ「相棒ミッの散歩途中にあるテニスショップに今までたくさんあったテニスラケットが無くなり、何やら見たこともない

ラケットが店一面にディスプレイされていた」今思えばそれが「ベトナムで日本よりも先にブレイクした【ピックルボール】の

ラケットであり、プールがつぶされてできたのも「ピックルボールのコートだったのだ」?

 日本では「未だにこんなに普及していない」 なぜベトナムでこんなに流行っているのかもわからないが? 確かに日本より

先に「ピックルボールはベトナムで流行っている」(いろいろ調べてみると、まずは狭い場所でできる【コートはバトミントンくらい】

ルールでサーブは腰より低い位置から【サービスエースなどはほとんどなく、ラリー主体のゲーム】、ボールには「穴が開いており」

【ボールのスピードが抑えられる】子供やお年寄りでも比較的やりやすい内容なのだ。確かに自分は学生の時に「硬式テニス」を

マッケンローやボルグ、コナーズなどに刺激され始めたが「さすがに最初はすごく難しく、撃ち合うよりボールを拾う時間の方が

圧倒的に多かったことを思い出す」あれでは「子供やお年寄りは嫌になってしまっただろう?」と思う、その点で「此のピックルボール」

は「とっつきやすかったのだろうと思う」、しかし自分としては「自分の好きな水泳のプールがつぶされ」ピックルボールのコートはできたが。

「結局プールはつぶされたまま再建されていない」事から「複雑な思いがある」まあ仕方がない 需要と供給の論理なのだろうが?

しかしこれでは「ベトナムの水泳界は伸びないだろうと思う」(確かに未だにベトナム水泳界のトップスイマーもオリンピックの標準記録

をクリアできている選手が居ない事からもわかる)確かに「ベトナム人スイマーがオリンピックなどで見たことも記憶にない?」

珍しく「公認競技が開ける数少ない施設だったのに?」それが簡単に「ピックルボールのコートになってしまうのだから?」

 未だに自分は「ピックルボールの経験はない」水泳のように「衰えた肉体」でも「肉体に負荷なく運動ができるスポーツと異なり」

「テニスほどではないにしろ自分の体重がもろに肉体にかかるスポーツはけがなどのリスクも高い」 テニスは好きで

それなりにできて、愛用のラケットも「ベトナムに持参しているが?」これもまた「一度も行っていない」(ベトナムでのテニスも

コートの問題や一人ではできない事を考えるとハードルは高かった) 機会あれば

「是非このピックルボールなるものもやってみたい気がするが」?

勉強よりスポーツ好きで「中学3年間【体育の成績】が良かった自分は「あらゆるスポーツを若い時には広く浅く行ったものなのだが?」

さすがにこの歳になると「ケガしない事」を考えながらで「非常にもどかしい」・・・

そういえば「7歳友人やその母上もどうやらこのピックルボール」やっているようだ? 

「日本より普及しているピックルボール」そのうち日本より先に「ベトナム人プロ」ができるかもしれない?

土曜日の朝、7歳友人の母上から「運動をしています」と言うメッセージと共に「どうやらピックルボールのコートでの写真」

らしいものが送られてきて、そんなことを考えた。

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