世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

2012-09-12 07:34:59 | 月の世の物語・余編

五人の黄色い制服を着た役人たちが、地球上の、ある乾いた広い空き地のようなところに立っていました。空にはようやく朝の気配が見え始め、東の空が白くかすみ、消えのこった星が、ゆっくりと空を傾きながら、彼らを見ていました。空き地の西側には、五十戸ばかりの家が身を寄せ合うようにしてかたまっている小さな村が見え、東側には広いトウモロコシ畑が見えます。

「ずいぶんと辺鄙なところだな」一人の役人が言うと、別の役人が答えました。「ええ。一番近い町とも、山二つ離れている。住民はほとんど自給自足の生活を送っています。」
役人たちは書類を繰りながら、話し合いました。
「ここの人間は井戸の水をたよりに、主にトウモロコシを作ったり鶏を飼ったりなどで暮らしている。他の村や町との間に交流はほとんどない。住民は貧しいが、それほど飢えることはなく、自分たちだけでなんとかやっている。贅沢さえ言わなければ、平穏に暮らしていけるところだが」「…一体なぜ、こんなところにこんな人怪がいるんでしょうね」「どこにでもいるよ、人怪は」「いや、そういう意味ではなく、なぜ、この人怪が、こんなところに生まれてきたかです。この怪はかなり特殊なネズミの怪だ。いつも、都会の家柄のよい家に生まれてきて、好き放題のことをやってきた。冷酷非道な詐欺や見るのも嫌になるむごい虐待や殺人ばかり。先の世界戦争では、軍に所属して、生きている捕虜の目をくりぬいて、それをフライパンで焼いたりしている」「…お願いだからそれは言わないでください。耐えられない」一人の役人が目をつぶり、吐き気をもよおしたかのように顔を背けました。隣の役人が彼をなぐさめるように、言いました。「心配するな、食べてはいないよ」それを聞いたさっきの役人は余計に気分が悪くなったようで、青い顔をしつつ呪文を唱えて、吐き気を抑えました。

「我々にとってはスペシャルクラスの怪だが、しかし本当に、そんなことが起こりえるのだろうか?」「上部からのご指導です。しかも、石の文書にも書いてある。人怪の肉体消滅、地球上での存在消滅。いずれそれが起こると…」「罪責数よりも、やってきたことの内容が重要だという。人間として、それができるのか、ということをやってきた。そういう人怪に、まれに肉体消滅という現象が起きると」「つまりは、我々がここで会う人怪に、今日それが起こると」「…はい、上部の予測では」

誰かが深いため息をつきました。

地平線に太陽が顔を見せると、村が動き始めました。各戸に煙が立ち上り、女たちが食事の準備をし始める音が聞こえました。犬が、何かを予感しているのか、しきりに吠える声が聞こえます。その犬を飼っているらしい男が何度叱っても、犬は吠えることをやめません。

少したって、村の方から、大人たちといっしょに、一群の子どもたちが、古いボールを持って、賑やかに走り出て来ました。大人たちはトウモロコシ畑で働き、子どもたちは村はずれのこの広場で、フットボールをし始めました。役人たちは目を光らせ、子どもたちを見まわしました。子どもは全部で十七人ほどいるでしょうか、その中に、ひときわ肌の黒い、背丈の小さな子どもがおり、それが異様な血のにおいを発していました。

「いた。あの子供だ。青い服を着ている」「よく化けていますね。予測時間まで、あと二十分です」「みな所定の位置に立て」班長が言うと、役人たちは遊ぶ子どもたちを取り囲んで、子どもたちの群れが動くたびに、微妙に自分の位置を調整していました。子どもたちは何も知らず、ボールを追いかけて遊んでいます。青い服の子どもも、うれしそうにはしゃぎながら、皆に混じって遊んでいました。

「五分前」と誰かが言いました。しかし、それは予定の時刻より、少し早く起こりました。班長が目を見開いて叫びました。「いかん、誤差が生じた!」子どもたちの群れの中にいた人怪の頭が、瞬間、風を受けて砂のようにいっぺんに崩れたのです。「やれ!」班長は反射的に叫びました。役人たちはそれぞれ子どもたちの肉体に入り、同化して、広場を走りました。子どもたちはきゃあきゃあと騒ぎながら、ボールを追いかけて、しまいにひとりがボールを手に抱えて、走り出してしまいました。「ずるいぞ!」とある子どもが言って、ボールを持った子どもの背中に抱きつきました。そして、子どもたちは次々とボールを持った子どもの上に重なって、広場の上に、子どもたちの山ができました。そのどさくさの間に、青い服の子どもの肉体は、ほぼ全身が消え、その着ていた服が風に吹き飛ばされようとするところを、班長はすぐに呪文を叫び、服を消して日照界の浄化所に送りました。

子どもたちは、だんごになって互いを叩いたり、けったりしていましたが、役人たちが少しずつ興奮した子どもたちを落ち着かせ、やがて子どもたちは一人、また一人と立ち上がり、みなばらばらになって広場に立ちました。子どもたちと同化していた役人たちは、それぞれに子どもたちの中から出てきて、しばし皆の様子を見守りました。
「手でボール持つのは反則なんだぞ!」「へんだ、いいじゃないか、ばーか!」子どもたちはいがみあっていましたが、自分たちの仲間が一人減ったことには、まるで気付いていないようでした。

班長が、さっきまで人間の子どもとして生きていたネズミの怪を捕獲して、水晶の瓶に封じ込めていました。ネズミは言葉をしゃべることができるらしく、しきりにわめいていました。
「なんだ?何が起こったんだ!」
役人たちはそれには答えず、互いの顔を見て話し合いました。「記憶操作の担当は君だな?」「はい。消えた子どもの家には九人の子どもがいますが、一人減ったことには多分だれも気付かないでしょう。あの子供のことは、村のものも、ほとんどが忘れているはずです」「彼が使っていた食器や服なども、できるだけ消しておきました。残ったものは、多分いくらかあると思いますが、それほど大きな問題にはならないでしょう」

「これが肉体消滅か」「ええ、あの子どもは、これで、最初からこの地球上に存在しなかったことになります」「なんと言う名だった?その人怪の子ども」「ナタニエルです」
役人たちは顔を見合せながら、少し苦い感情を交わしました。器の中のネズミが、騒いでいました。

「なんでなんだ!なんでもう終わるんだ!いやだ、おれはまだ生きるんだ!生きてみんなをぶっ殺すんだ!」

それを聞いた役人がネズミに、清めと封じの印を鼠に貼りました。するとネズミは急に言葉をしゃべることができなくなり、そのままころりと眠ってしまいました。

月の世のお役所に戻ってくると、例のネズミは早速研究室で分析にかけられました。水晶の器に入れられ、様々な呪文の清めを受けると、ネズミは自分のたくらんでいたことを、自らペラペラと喋り始めました。それを聞いた役人たちは、慣れてはいるものの、あまりのひどさに、しばし何も言うこともできませんでした。

今日捕まえたネズミの怪は、大人になると国の軍に入るなどして、武器を手に入れて、故郷の村人を全員殺すつもりだったそうでした。なぜそんなことをするのかと役人が聞くと、ネズミの怪はこともなげに、ただ「一度やってみたかっただけだ」と言いました。銃を用いて人々を脅し、強姦から強盗から拷問から、考え付く限りのひどいことを人間にやってみたかった。それも毎日。奴隷のように村人を扱って、一人か二人ずつ、毎日殺し、あの小さな村を消すつもりだったというのです。

「肉体消滅のおかげで、村は助かりましたね」「全く、ひどいことを考えるものだ」「記録映像は?」「はい、こちらに」と、一つの知能器の前にいる役人が手を上げて答えました。研究室の皆が、その知能器の周りに集まってきました。
「頭から崩れていますね。ほとんど一瞬のうちに、頭が消えている。それから二、三秒後に、両肩がへこんで腕が消え、そのあと一気に体全体が蒸発している。まさに消滅だ」「あらかじめ広場に浄化の陣を張っていたので、その影響で消滅はかなり乾いた形で起こりました。本当なら少し血が飛び散ったあとが残っても不思議ではありませんでしたが…しかしそのおかげで、予測時間に誤差が出た。何とか取り戻したものの、寸前で誰かに見られるところでした」「今後の教訓としましょう」

地上活動班の班長は知能器の前を離れ、鼠の入った水晶の器の前に戻ってきました。「ずいぶんと辺鄙なところに生まれたと思ったら、自分で一つの村の人間を全部殺してみたかったのか」「村の人間をみな消滅させたかったと本人は言っています。『消えろ』とか『いなくなってしまえ』というのは、人怪が人に対してよく使う言葉ですが、まさかそれを本当にやろうとするとは」「つまりは、やる前にその罪の反動がもう返ってきたのだな」「その通り。人類の罪責数は限度を超えすぎていますから、こういう人怪は、それをやろうと考えただけでやったことになり、すぐにその浄化が返ってきます。『おまえなど消えてしまえ』と人に言えば、自分が消えてしまう」「因果の法則がひっくりかえったというわけだ」「そういうことでしょう」

女性の役人が帳面を持ってきて、研究室の室長に渡しました。「肉体消滅の恐れのある人怪のリストです。ほとんどは先進国ではなく途上国の、それも山奥の少数民族や、森林や草原で原始的生活を送る村などに生まれていますね」「因果の法則の導きだろう。多分彼らは法則によって辺境に導かれ、人知れずそこで消えて行くのだ」「ええそうでしょう。しかし真実の探求はこれからです。とにかく、我々も放っておくことはできません。肉体消滅などという現象が地上の人間にわかったら、とんでもないことになる。消滅の予測時間が分かり次第、人員を配せるよう準備はできています」
「やれやれ、次々と問題が出てくるな」研究室の室長は、ため息をつきながら、帳面をめくり、そこに書いてある名前の列を眺めました。

その頃、地球上にある小さな村では、明るい空の月の光をたよりに、トウモロコシ畑の中を歩き回りながら、一人の女が、必死に何かを探していました。

「ナタニエル?…ナタニエル!」


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