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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

偶数の羽⑤

2018-02-25 04:13:06 | 風紋


丁寧に謝罪の言葉を重ね、怪我が治るように神に祈ることを約束すると、アシメックはその家を辞した。そしてゴリンゴに付き添われながら、川辺に戻った。

怪我をした女はまだ若かった。子供のような顔をしていた。髪が長く、少しアロンダに似ている。馬鹿め。こんなことをするとは思わなかった。アシメックはくちびるをぎりりと噛んだ。

川岸に立つと、アシメックはまた振り返り、自分を囲んでいるヤルスベ族の人間たちを見まわした。みな、憎悪に染まった目で自分を見ていた。その目には、嫉妬の色もあった。自分たちとは違う種族の人間の、信じられない男を見ているのだ。ゴリンゴよりも背が高い。女のように髪を伸ばし、刺青もしていないのに、美しく、立派に見える。

いらだちが空気の中にただよっていた。

アシメックはその中で、ただ一人だけ、静かに自分を見ている目に気付いた。何気なくそれに見やると、それは女だった。見違えるほど痩せていたので、アシメックは最初それがアロンダだとは気づかなかった。

病気だとは聞いていたが、頬がこけるほどに痩せていた。そのせいで、大きな瞳が一層大きく見える。美しいことには変わりないが、驚いて、思わずアシメックはアロンダを見つめた。アロンダとアシメックはしばし目を交わした。するとアロンダの目から、涙がぽろぽろとあふれ出た。かと思うと、彼女はすぐに顔を背け、そこから走り去っていった。

「アシメック」

ダヴィルが声をかけた。舟の準備ができたのだ。すると彼は我にもどり、顔を明るくして、手をあげて、そこにいる村人たちに挨拶した。立派に誇らしく、男らしく挨拶をした。人々の目がおどおどとゆれた。実にいい男に見える。

舟に乗って、ヤルスベの岸を離れると、アシメックは腕を組み、今後のことを考えた。ゴリンゴが、このままこのことを忘れるわけがない。




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偶数の羽④

2018-02-24 04:12:59 | 風紋


楽師の音楽に背中を押されながら、アシメックは船に乗った。ヤルスベ族の村に行くのは久しぶりだ。こんな風に、自分を小さくしていくのは、初めてのことだ。

船がヤルスベ側の岸につくと、そこに集まっていたヤルスベ族の人間たちの、刺すような視線が自分に集中した。アシメックは恐れず、大きな声で、ヤハ、と言った。それがヤルスベの挨拶であることを知っていたからだ。

そうすると、ゴリンゴが村人の中から出て来て、ヤハ、と返した。

アシメックとゴリンゴはそのまましばらく見つめあった。何も言わなかった。アシメックが目を細めると、ゴリンゴもかすかに目を細めた。何を考えているのかわからない。それが不気味だった。

ゴリンゴは、家に案内する、と言って、背を向けて歩き出した。アシメックはそれについていった。

カシワナの村では見ることのない、木に頭上を覆われた小道を歩いてしばらくいくと、ヤルスベの村が見えてきた。ゴリンゴはぼそりと言った。あの女、一生びっこをひくかもしれない。

アシメックは苦いものを噛まされたように、渋い顔をした。

その女は家の中で横になっていた。右足に添え木をあてられ、茅布でぐるぐるにまかれていた。アシメックの顔を見るなり、憎悪のこもった目を見開き、顔をそむけた。

「このたびはとてもすまないことをした。これはお詫びの品だ」
アシメックが言うと、後ろからついてきていたダヴィルが、お詫びの品を出し、女が寝ている床のそばにおいた。女は振り向きもしなかった。代わりに、男が一人出て来て、その品物を吟味した。アシメックは肝に針がささるような思いがした。その男の顔に、明らかに軽蔑の色が見えていたからだ。

オラブめ、とアシメックは思った。これは、痛いことになるかもしれない。ヤルスベの人間が、カシワナを憎み始めている。




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偶数の羽③

2018-02-23 04:12:43 | 風紋


翌日、アシメックは楽師たちに言って、川べりで歌を歌わせた。明日おわびにいくということを、ヤルスベ側に知らせたのだ。品物は整った。ソミナに頼んで自分の衣装も整えた。正式なお詫びとして、族長がヤルスベの女の家を訪ねねばならない。

これが終わったら、本気でオラブの山狩りを考えねばなるまい。アシメックは楽師たちのそばで向こう岸を見つめながら思った。放っておいては、また同じことが起こる恐れがある。

彼はその足でイタカに向かい、野の端からアルカ山を眺めた。あそこでオラブは暮らしているのだろう。神にも人にも背を向けて、永遠の闇に向かおうとしているのだ。死んでアルカラに行くことはできまい。ここまで来たら、アシメックも彼を何とかしてやろうとする気持ちが起きてこなかった。

エルヅのように生きる道を探ってやりたかったが。何度も何度も、それを試そうとしたが。

思いをかけてもかなわぬことはある。熱を入れてやってもできないことはある。前の族長が言っていた。頑張っても無駄だったことは、たくさんあったと。そこをなんとかしていくのが、族長だと。

翌日、彼はソミナに手伝ってもらいながら、衣装を整え、正式の伺いの格好をした。四連の首飾りをつけ、六枚の羽の冠をつけた。偶数なのは、自分を低めるという意味だ。カシワナ族には、人に謝りに行くときは、偶数のもので身を飾るという風習があった。偶数は奇数より低いという感覚があったのだ。もちろんそんなことは、ヤルスベ族に伝わりはしない。だがそれでもやるのが、人の心というものだ。




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偶数の羽②

2018-02-22 04:12:35 | 風紋


アシメックは、おそらくアロンダを狙ったのだろうと考えた。オラブは、カシワナの女にはみんな嫌われている。子供のころからいやらしい悪戯ばかりしてきたからだ。オラブもそんな女たちには冷たかった。だがヤルスベの女にはそんな事情はない。痛いことをしたいと思っても抵抗はないだろう。あんな美女ならなおさら追いかけたくなるのに違いない。

宝蔵に行くと、アシメックはエルヅに言って、鹿皮と魚骨ビーズの首飾りをいくつか出してくれと言った。エルヅは宝蔵の中から、一番いいものを取り出して、アシメックに渡した。

「かなりのものだな。これで何とかしてくれるといいんだが」
「フウロ鳥の羽飾りも出そうか。きれいなのがあるよ」
「ああ、たのむよ」

アシメックはエルヅから渡された宝をもつと、自分の家に帰った。家の中に入ると、コルがアシメックに大きな干しキノコを持って来た。

「どうしたんだ、これ」
「さっきサリクが持って来た。詫びの品物に使ってくれって」
「ほう」

アシメックは干しキノコを受け取った。珍しいキノコだった。珍味を好まれるが、山でもあまりとれない。サリクが見つけて、大事にとっておいたものだろう。アシメックは目が痛くなった。涙が出そうになると、いつも彼はそうなる。

みな、心配してくれているのだろう。アシメックはありがたくサリクの気持ちを受け取ることにした。




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偶数の羽①

2018-02-21 04:12:40 | 風紋


その翌日、アシメックはケセン川で、ゴリンゴを送り出した。交渉場で、たっぷりと嫌味を言われ、補償を約束させられた後だった。

怪我をした女は、かなり若い女らしい。オラブに追いかけられ、逃げているうちに高い木に登り、枝が折れて落ちたのだ。足の骨を折った。悲鳴を聞きつけた男が駆けつけると、オラブは慌てて逃げたが、刺青がないことは確認された。おまけに、川べりにネズミの頭蓋骨が落ちていた。そんなものが、ヤルスベの川岸にあるはずがないのだ。ヤルスベ族もネズミは食わない。食うとしたら、オラブだけだ。

申し開きのしようもなかった。アシメックは素直にゴリンゴに謝った。そのほうがいいと感じるのだ。カシワナカの教えにも、悪いことをしたら素直に謝れとある。村から逃げているとはいえ、オラブはカシワナ族の人間だった。族長が代わりに謝らなければならないのは、当然なのだ。

自分より大きい男が自分に頭を下げるのを、少し憐憫を含んだ目で見つつ、ゴリンゴは舟に乗ってヤルスベに帰っていった。アシメックはほっとしながらも、大きなため息をついた。これから宝蔵にいき、なにがしかの品物を選らなければならない。おわびとして、怪我をさせた女に贈らなければならないのだ




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イメージ・ギャラリー⑰

2018-02-20 04:12:36 | 風紋


Maynard Dixon


平原を背景に、二人のネイティブアメリカンがどこかを見ている。
何かがあったのでしょうか。
何も見えない風景は、人間の不安をかきたてます。
未知の風がやってくる。そういう予感がします。





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オラブの変⑦

2018-02-19 04:12:41 | 風紋


アシメックが村に戻ると、遠くから、歌が聞こえてきた。川の方からだ。アシメックは息をのんだ。ヤルスベの歌だ。ヤルスベ族が、川の向こうで丸太をたたき、歌を歌っているのだ。

アシメックは走ってケセン川に向かった。後をダヴィルも追った。空の上で、鷲が舞っている。その鳥が、自分を見ていることを、アシメックは奇妙な感覚で感じていた。

ケセン川の岸では、大勢の村人が不安そうに集まっていた。アシメックが現れると、みんなはすがるような目で彼を見た。

向こう岸にはヤルスベ族の人間が大勢集まり、楽に合わせて大きな声で歌っていた。

あしたいく
あしたいく
ゴリンゴがいく
用意して待っていろ





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オラブの変⑥

2018-02-18 04:12:42 | 風紋


アシメックはどんよりと曇った不安を不意にちぎるように、踵を返して、山を下りて行った。そのアシメックがイタカの野を歩いていた時、向こうから誰かが走って来るのが見えた。ダヴィルだった。真っ青な顔をして、アシメックを目指して走って来る。

「アシメック! 大変だ!!」ダヴィルが叫んだ。
「どうした!!」と言いつつアシメックも走った。野の中ほどで二人は出会い、話し合った。

「オラブが出た。なんと、ヤルスベに出た!」ダヴィルは息を切らせながら言った。
「なんだ、それは!」
アシメックは目を丸くした。
「川辺で洗濯をしてたヤルスベの女に、襲い掛かったそうなんだ。ヤルスベの男が、かんかんに怒って言いに来たんだよ。女の話では、刺青をしていなかったからカシワナの男だと。どんな風体かって聞いてみたら、オラブだとしか考えられない」

「ほんとうか、それは!」アシメックは言いながら、足早に村へ向かって歩きだした。歩きながら、ダヴィルと話した。
「相手の女はオラブに追いかけられて大けがをしたらしいんだ。オラブはすぐに逃げたらしい」
「捕まってないのか」
「あいつ、魔にでも取りつかれてるのか! いつでも煙のように消えやがる!!」




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オラブの変⑤

2018-02-17 04:13:00 | 風紋


しかしその鳥を見せられたミコルは難しい顔をしてしばし沈黙した。そんな鳥など見たことはなかったのだ。風紋占いをしても、相変わらず何もわからないという。

「昔の知恵に、似たようなことはなかったか」
アシメックは聞いた。
「そうだな。若い頃聞いた話に、白い蛙がとれたことがあるというのがある」
「ほう、それで」
「特になにもなかった。誰もそれを食えなかったから、すぐに沼に逃がしてやったそうだ」
「そうだろうな。変わったものは食ってはならないと、前の族長も言っていた」
「その鳥は山に埋めてやったほうがいい。なんにもしないほうがいいだろう」
「ああ、そうするよ」

アシメックは鳥を茅布で包み、一晩は自分の家においた。だがその翌日の朝早々、アルカ山にそれを埋めに行った。境界の岩が見えるあたりに穴を掘り、その鳥を茅布に包んだまま埋めた。作業が終わると彼はまた境界の岩のところに行き、その向こうを見た。

山はだんだんと冬枯れに近くなってゆく。紅葉していた木もどんどん葉を落とし、裸に近くなっていく。風も冷たかった。岩の向こうの闇は深いが、その奥で何かがうごめいているような気がする。

不安が再び胸の奥で凝結するのを感じた。オラブの影は、彼の中で一つの魔の形に変わりつつあった。幻影だ、そんなことは。と彼は打ち消そうとした。あいつは弱くて馬鹿なやつなのだ。なんとかしてやらねばならない。だがなぜ、そのオラブの姿が今、得体のしれない魔物のようなものになって、自分の中に現れるのだろう?




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オラブの変④

2018-02-16 04:12:39 | 風紋


稲刈りが終わると、山の採集がある。イタカの向こうのアルカ山に木の実やキノコを採集しに行くのだ。今年の秋の実りもすばらしかった。栗の木は例年になくたくさんの実をつけていた。アシメックも、去年と同じように、野生の林檎の実をもいだ。実を取る人間のほうが不安になるほど、林檎はたくさんの実をつけていた。

アシメックは境界の岩の所にいき、その向こうを見た。オラブに声をかける気は起らなかった。去年とは何かが違う。あのときはまだ人間の世界にいたオラブが、今は全然別の世界にいるような気がするのだ。

なぜだろう。何が、去年とは変っているのか。

榾を背負っていた女が一人転んでひざをすりむいたが、ほかには大して何事もなく、今年の採集は終わった。子供が一人、鳥を捕まえたと言って喜んでいた。珍しい鳥だ。キジに似ているが、羽の一部が白い。

それを見てアシメックははっとした。前の族長の教えに、山で変わったものが取れた時は気をつけろというのがあったのだ。

アシメックは子供に言い聞かせ、その鳥をキノコ三つと取り換えた。子供が持っていては危ないと感じたのだ。鳥はもう死んでいた。子供の話では、捕まえた時にはもうすでに死にかけていたという。

形はキジだが、両方の羽の部分だけが白い。他に特に変わった様子はなかった。だがこいつは食ってはならない。何かがある。帰ってミコルに聞いてみよう。




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