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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

うさぎ竜・解説

2012-05-30 07:27:23 | 薔薇のオルゴール

このうさぎ竜は、わたしにとっては自分のシンボルマークのようなもので、よく絵に描いていますが、このたび彼のために小さなお話を書いてみました。

彼がこの世に生まれたのは確か、1996年のこと。もう16年も前ですね。当時やっていた同人誌の付録として作った、便箋の中で生まれました。便箋のデザインの小さな空白を埋めようとしたら、何となく、うさぎの耳をつけた竜の姿が出てきたのです。それがこれ。



便せんの一番下に、小さい白い竜みたいのが見えるでしょう。これが、うさぎ竜の一番最初の姿です。まだ立て髪は少ししかなくて、白い翼と長い耳を持つ小さな竜でしたね。この罫線の下の空欄に、何か描かなきゃと思っていると、なんとなくこの姿が思い浮かんできたのです。それからのずっと長い付き合いだ。フェイスブックのアルバムの小品集には、絵葉書用のペン画が入ってます。これもかなり古いうさぎ竜。昔は、白い毛皮の間に、青く透き通った鱗もちらほら見えていたし、額に小さな角なんかもある。でも今は、金色の立て髪の他はみんな真っ白な毛皮です。翼は白い鳩のよう。目は紅い。時々、首にリボンを巻いたり、宝石のついた首飾りをつけたりしています。

昔、同人誌で、「ラッキィ・ラビット・ドラゴン」というタイトル(あるいは幸せのうさぎドラゴンだったかもしれない)で、うさぎ竜のお話を書いたことはありますが、今回のお話は、それとはまったく別のお話です。同人誌に書いたお話の方はもう、ほとんど忘れちゃったな。でも、今回のものと比べると、だいぶ違うことはわかります。最初に書いたお話は、うさぎ竜がどうして生まれたかと言うお話だったかと思うんですが。あれは色々と無理なこじつけがあったりして、作品としてはちょっと拙かったと思います。

どっちかというと、今度のお話の方が気に入っているので、こちらがほんとのうさぎ竜のお話にしたいと思います。これからも、うさぎ竜はいろんなところで出てくると思う。いろんな意味を背負って、いろんな仕事をしてくれると思います。

うさぎのように弱く、竜のように強い、うさぎ竜。またうさぎ竜のお話が、できたら、ここで発表してみたいと思います。



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うさぎ竜

2012-05-29 07:01:06 | 薔薇のオルゴール

ある、西の方の海の彼方にある、小さな島に、うさぎ竜は住んでいた。うさぎ竜は、一応竜の仲間だったけれど、友達のように、火を吹いたり、川の水をあふれさせたりして、人間をいじめるのが苦手で、というより、とてもできなかったので、いつもひとりで、仲間とは離れて、小さな島でひとり暮らしていた。

うさぎ竜は、ちょうど、うさぎと竜の真ん中のような姿をしていて、全身は真っ白な毛皮に覆われていた。もちろん、耳はうさぎのように長くて、目は紅玉のように赤かった。背を流れるたて髪は炎のような金色で、背には鳩のような白い翼があった。うさぎ竜はときどき、その翼を広げて、月のよい夜などには空に飛び出し、風と一緒に笛のような歌を歌いながら、夜空をただひとりでゆったりと飛んだりするのが、好きだった。

うさぎ竜は、竜のくせに、うさぎみたいに臆病だったから、竜の友達も、人間も、苦手だった。大昔、まだ人間が竜といっしょに暮らしていたころは、うさぎ竜も人間の村に住んでいたことがあったけれど、やがて人間が、竜を怪物と言って退治し始めたとき、大急ぎで逃げていった。友達の竜の中には、人間に殺されてしまったものもいっぱいいた。うさぎ竜にも、それはとても悲しかった。けれど、たいていの竜は、悲しい顔をして、人間の世界から逃げて行った。竜というものは、人間が、それなりにやさしくして、そっとしておけば、乱暴などしないのに、人間は、竜の姿が大きくて、とても恐ろしくて強そうなのが、とてもいやだったらしい。だから、もう、竜は人間の仲間ではなくなってしまったのだ。うさぎ竜はそれが悲しかった。人間が求めさえすれば、竜はなんでも、人間のためにいいことができたからだ。

今では、友達の竜の中には、時々、人間に意地悪をするものもいる。昔、人間に意地悪をされたことがあって、それの仕返しをしているのだ。目に見えない姿になって、火山を動かしたり、雨を降らして大水を起こしたりしている。それで、人間は時々、とても困ったことになる。でも人間は、それが大昔に、自分たちが竜をいじめたことが原因だとは、わかっていない。ただの自然現象だと思っている。竜をいじめることは、ほんとうは、とても、愚かなことなのだ。人間は決して、やってはいけなかったのだ。うさぎ竜は、まだ人間といっしょにいたとき、それを村の子供たちに教えてあげていた。

「竜はね、大きくて怖い顔をしているけれど、人間の世界で大事な仕事をしているんだよ。竜とともだちになれば、人間にはとてもよいことがあるんだ。それはまだ、君たちにはわからないんだけどね、ほんとうにいいことになるから、竜を見ても、そんなに驚かないで、仲良くしておくれね」

子供たちは賢く、うさぎ竜の話を聞いてくれた。うさぎ竜は普通の竜よりよほどかわいい姿をしていて、やさしかったので、子供たちはどの竜より、うさぎ竜が好きだった。でも、人間たちはやがて、うさぎ竜が教えたことなどみんな忘れて、竜を怖がって近寄らなくなってきた。竜は恐ろしくて怖いものだと言って、時々、鎧を着けた勇ましい格好をした男たちが、槍や剣を振りまわして、竜をやっつけに来るようになった。うさぎ竜は悲しかった。人間にはどうして、目に見えるものしか見えないのだろう。目で見えることだけで、全てを決めつけてしまうんだろう。

うさぎ竜は、もう、人間の世界から離れて、何千年と、この島で孤独に暮らしている。島には、薄紅色の、一重の薔薇の咲く森があって、それが季節ともなると甘やかな香りをふりまいて、島じゅうを美しい夢の衣で覆ってくれる。さみしいけれど、さみしくなんかない。ひとりでいることは、もともと好きだったし、森の木々や、薔薇はとてもやさしくて、うさぎ竜のやわらかい心に、やさしく歌いかけてくれるからだ。

いつまでも、ここにいたいなあ。うさぎ竜は、島の真ん中にある小さな山の、小さな洞窟の中に寝そべり、ため息をつきながらそう思う。ひとりでいれば、誰ともけんかせずにすむし、誰にもいじめられることもない。いじめられるのは、悲しい。昔一緒に遊んだ子供たちが、おとなになって、自分に石を投げつけてきたときは、それは悲しかった。胸が破れて、洪水のように涙があふれ出した。怖くて、つらくて、うさぎ竜はあわてて村から逃げて行った。もう二度とは、あの村には帰れない。人間とはいっしょに住めない。もうあれからよほど時がたって、人間も、竜のことなどすっかり忘れて、そんなものはこの世に存在しないものだと思っているそうだし…。

ある星空の夜のことだった。寒い季節で、シリウスが東の空に氷のように光っていた。うさぎ竜は、葉を落とした木々の森の中をそっと歩きながら、冬風の中で眠っている薔薇の木を見に行った。春になるにはまだ間があるけれど、薔薇はもう花芽の準備をしようと、枝の中に水をためて、それがかすかに、ころころと音をたてていた。うさぎ竜は、鈴のような声で歌い、厳しい冬風を少しおとなしくさせて、薔薇のために、ひととき、温かい見えない歌の衣を着せてあげた。薔薇は、寒さに凍えていた枝先を少し揺らして、うさぎ竜に、聞こえない声で、ありがとう、と言い、微笑んでくれた。うさぎ竜もうれしかった。冬の間はそうやって、うさぎ竜は薔薇の世話をするのが常だった。薔薇は真実の花だから、決して嘘はつかない。薔薇の言うことは、みんなほんとうのことなのだ。だからうさぎ竜は薔薇が大好きだった。ほんとうのことほど、心にうれしいことはなかったから。

人間は今、どうしているだろうなあ? 薔薇の世話をしながら、うさぎ竜は時々思う。竜をやっつけるようになってから、人間は嘘をつくのがひどくなった。あっさりとばれるような嘘を平気でついて、それを本当にするために、あらゆる変な理屈を組み立てるようになって、その理屈で、本当に嘘の世界を作り始めた。もう人間と住まなくなってよほどたっているから、あれからどうなったのか、うさぎ竜は知らない。でも、あのまま、嘘ばっかりついて、嘘の理屈で町を作り続けているとしたら、今はどうなっているのだろう? それは大変なことになっているだろうなあ。だれかが、本当のことに気づいて、ちゃんと人間に、正しいことを教えてあげてくれていたら、いいんだけど。

春になった。風がやさしくなり、快い季節の歌を歌い始めた。森の木々も、若い緑の芽を吹き始め、薔薇も枝を伸ばして、小さなつぼみをつけ始めた。薔薇は喜びを歌いながら、こつこつと、花を咲かせる準備をしていた。うさぎ竜は、薔薇のために歌を歌った。薔薇が、身も心も美しくて、本当のことしか言えぬ清い魂であるということを、まごころのことばで歌った。すると薔薇は本当に喜んで、たとえようもない美しい真実のことばで、うさぎ竜に答えてくれるのだ。

かわいいうさぎ竜。臆病で、弱くて、やさしいうさぎ竜。知っているわ。あなたが竜なのに、うさぎなのは、決して誰もいじめることができないから。傷つくことより、傷つけることのほうが、怖いから。やさしくて、悲しい、うさぎ竜。ひとりでいることが、みんなのためだと思っている、うさぎ竜。あなたが好き。あなたが、あなただから、あなたが好き。

うさぎ竜は、それを聞くと、少し照れたような、困ったような顔をした。薔薇はやさしいけれど、本当のことしか言わない。本当のことを言われてしまうと、うさぎ竜もときどき、恥ずかしくなる。そして、ふと、思う。ひとりでいることは、あまりいいことじゃないかもしれない。友達の竜のように、姿を消して、少しは人間たちと、何か関わった方がいいのかもしれない。傷つくことも、傷つけることも、あるだろうな。自分は竜だから、吐こうと思えば火も吐ける。けれど、火傷をしたら、それは痛いだろう…。うさぎ竜は、ため息をつく。自分の吐いた火で、人間が火傷を負ったことを想像すると、それだけでもう、自分の手がひりひりするような気がするからだ。

やがて、薔薇は、薄紅の一重の花を、一斉に咲かせた。森に星空が舞い降りたような花野ができた。薄紅の薔薇は笑って、ころころと生きる喜びを歌ってくれた。太陽が降り注いで、薔薇の薄紅を一層輝かせてくれた。風が大喜びで踊った。うさぎ竜はうれしかった。季節の盛りは、まるで森と空と風がみんな集まってオーケストラを奏でているようだ。森の緑は華やかに輝き、枝々では小鳥や栗鼠が光の玉のように踊っていた。ところどころ木の根元にすみれやたんぽぽや名も知らぬ花々も咲いていた。うさぎ竜は、新しい花を見つけるたびに、声をかけて挨拶した。それはこんなふうに。

「やあ、美しい方。あなたはほんとうにきれいだ。お会いできてうれしい」

すると花は喜んだり、声をかけられたことにびっくりして、却って恥ずかしがったり、戸惑ったりするのだ。野の花は、ただ黙って密やかに咲きながら、静かに歌っているのが仕事だと思っていたから、わざわざ誰かが自分の元を訪れて、丁寧に挨拶などしてくれると、却って驚いてしまうらしい。でも、うさぎ竜の優しい心は、花にはすぐに見えるから、花はいつも、戸惑いつつも、ほんとうのことばでお礼を言ってくれ、ささやかなお返しをしてくれるのだ。それはかすかな歌で、真実の心が、珠玉の魚のように中で泳いでいる魔法の呪文のようなもので、それを聞くと、うさぎ竜の胸はとても幸せに温もってくるのだ。はあ、とうさぎ竜はため息をつく。本当に花はやさしいな。本当のことほど、美しくて、やさしいものはない。

夜になると、薔薇もそのほかの花たちも、少し休んで、花を閉じたり、香りを控えたりして、眠りにつく。うさぎ竜は山の上に立ち、星空を見上げる。昔の友達の中には、星の向こうに帰ってしまったものもいたっけ。彼らは今、どうしてるだろう? 人間のことなど、とっくに忘れて、ちがうところで、ちがうことをしているんだろうな。ぼくはどうして、星の世界に行かなかったんだろう。あそこなら、人間はいないし、傷つけることを恐れて、こうしてひとりで隠れてなんかいなくてもよかったろうに。

うさぎ竜は思う。ぼくは、本当は、今も、人間のことが、忘れられないのだ。できるなら、人間のために、よいことをしてあげたいのだ。しようと思えば、いくらでもできることを、なんでもしてあげたいのだ。でも、ぼくを見ると、人間は驚いて、やっつけてしまおうとするから、どうしてもできない。だから今も、こんなところでひとり、森や薔薇の世話をしながら、暮らしているのだ。いつか、人間が、竜の本当の心に気づくことができるようになったら、本当にそんな時がきたなら、きっとぼくは、彼らのために、なんでもすることだろう。たくさん、たくさん、愛の歌を歌ってあげることだろう。ぼくは、そのときを、待っているのかもしれない。人間が、ぼくの本当の心をわかってくれて、ぼくを探して、ぼくのところに来てくれるのを、待っているのかも知れない…。

季節はめぐった。薔薇は花を終わらせると、やがて、小さな赤い実をつけ始めた。うさぎ竜は喜んだ。なぜならこの薔薇の実は、本当においしかったから。うさぎ竜は秋になると、薔薇にお願いして、ほんの少し、自分の食べたい分だけ、実を分けてくれるよう頼むのだ。すると薔薇は喜んで、どうぞ好きなだけ持っていって、と言ってくれる。薔薇は、与えることが好きなのだ。自分の持っているものを、与えて喜んでもらえるのがうれしいのだ。実をちぎられるのは痛いけれど、喜びの方がもっと大きいのだ。だってそれは薔薇の本当の心だから。薔薇の本当の心を、うさぎ竜は心深く知っていて、それをとても喜んでくれるから。

「痛いのに、ごめんね」と言いながら、うさぎ竜は、おなかが少しいっぱいになったかな、という分だけ、薔薇の実を食べさせてもらう。薔薇の実は甘くて、少し酸っぱくて、胸にしみてくる。それは少し、悲しみに似ている。生きていると、幸せなことがいっぱいあるけれど、どこか、悲しみがあるね。それはどうしてだろう? うさぎ竜は、薔薇の実を味わいながら、誰に問うこともなく、つぶやいてみる。すると一息の風が、耳ざとくそれを聞きつけて、やさしげに笑いながらいうのだ。

「うさぎ竜、君はやさしすぎるよ。何でもかんでも、自分で背負ってはいけないよ」

するとうさぎ竜は、恥ずかしがって、白い耳を伏せ、しばし薔薇の茂みの中に、隠しようもない自分の大きなすがたを隠そうと、しゃがんでしまうのだ。薔薇は、自分のとげで、うさぎ竜をできるだけ傷つけないように、気をつけるのだけど、どうしても傷つけてしまう。うさぎ竜は少し傷みを感じると、すぐに薔薇の茂みから体を起こす。なぜなら、薔薇のとげで傷ついた自分よりも、傷つけてしまった薔薇の心の方が苦しくなってしまうのを、うさぎ竜は知っているから。

うさぎ竜は少し悲しくなって、薔薇に、実のお礼を言うと、自分の洞窟の中へ帰っていった。洞窟の中で、悲しみは、きのこのように膨らんできて、涙になってあふれてきた。さみしいんじゃない。ぼくが、ぼくであることは、間違ってはいない。ぼくは、待っていることしかできないのだ。長い時を、人間が、竜の愛を信じてくれるようになるまで、待っていることしかできないのだ。誰も傷つけられない。傷つくより、傷つけることの方が痛い。ぼくが外に飛び出すと、人間は困る。だって誰も、竜がいるなんて信じていないから。竜がいるなんてわかったら、人間は本当に困るだろう。

その夜は月夜だった。うさぎ竜は、山の上に登り、白い鳩のような翼を大きく広げ、空に飛び出した。そして、まるで月でボール遊びをするように、空を飛びまわった。その姿は、まるで白い絹のようなひとひらの雲が、月にまとわりついているようにも見えた。

そこから遠いところの海の上では、一艘の白い豪華客船が海の上を静かにすべっていた。一人の子供が、船の欄干に手をかけて、なんとはなしに月を見上げていた。そして、小さな白い鳥のようなものが、月の周りをぐるぐると回っているのを見つけて、あれ?と首をかしげた。夜に、あんなふうに月の周りを飛ぶ鳥などいるものかな? 図鑑にそんなことが書いてあったっけかなあ? 子供は、だれかを呼ぼうかとも思ったけれど、なんとなくひとりでいたくて、ずっとその、月の周りを飛ぶ白いものを見ていた。子供は、少々変わった子供で、本と、一匹の猫以外に友達がいなかった。だって、嘘をつかないのは、猫だけだったから。

子供は、その白い鳥を見ているうちに、なんとはなしに、胸の中で何か、温かなものが芽生え始めてきているのに気付いた。それは、心臓の中に温かいヒヨコがいるような感じの、幸せなぬくもりだった。子供は、気持ちが優しくなって、早く帰って、親戚に預けてある友達の猫に会いたいと思った。やさしくしてあげたいなあ。誰かに。でも、何となくわかるんだよ、ぼくには。この世界では、人にやさしくすると、それは、お金が欲しいって言う意味になるんだって。だから、本当の心で人にやさしくするのは、とても難しいんだね。友達の猫になら、いつだって、どんなにやさしくしたって、いいんだけど。

ほらね。こんな風に、竜がいると、とてもいいことになるんだ。子供は、うさぎ竜を見ただけで、幸せな本当のことに気付いた。このことは、うさぎ竜も知らない。子供は、うさぎ竜を見ただけで、大切なことがひとつ、わかったのだ。愛することは、ただ、愛するだけでいいんだってことに。

やさしくすることや、愛することが、とても難しい世界に、人間は今、住んでいる。誰も知らない小さな島に住んでいる、うさぎ竜は、そのことをあまり知らない。空を自由に飛べる風が、いろいろと教えてはくれるから、何となく、わかるような気はするんだけれど。

竜のくせに、うさぎのように臆病で、ひとり小さな島に閉じこもってすんでいる、うさぎ竜は、今も、知らない。時々、本当に、奇跡のように、自分の姿を見た人間が、それだけで何かに気づいて、自分の本当の心が開き始め、幸福の星がその心に灯るのだと言うことを。うさぎ竜はただそこにいるだけで、ただその姿を見るだけで、人の心に、真実の種をまくことができるのだということを。

子供は、寒くなってきて、月を見上げるのをやめて、客室に帰っていった。うさぎ竜も、月と遊ぶのをやめ、静かに自分の島へ戻っていった。薔薇が、少し寝ぼけた声で、お帰りなさいと言ってくれた。うさぎ竜はほほえんで、ただいまと答えると、自分の洞窟にもどり、静かに寝そべって、疲れた翼を休めた。

夢を見られるといいなあ、と思いながら、うさぎ竜は翼で身をつつみ、目を閉じた。夜の風が空の高い所で不思議な星の歌を歌った。

優しすぎて、臆病なうさぎの竜よ。君は眠っていていいよ。いつか、人間の方が、君をみつけるだろう。君の心が欲しくて、小さな薔薇の実を分けて欲しくて、やってくることだろう。

ああ、そんなときがきたら、どんなにいいだろうね。心なら、いくらでもわけてあげられる。ぼくは、どんなにかいいことができるだろうね…。

うさぎ竜はまどろみながら思った。そして、夢の中で、空に浮かぶ小さな白い船を見た。船の上から、自分に向かって、誰かが手を振っている。うさぎ竜を呼んでいる。うさぎ竜はそれにこたえようとするのだけど、声が出ない。

眠っているうさぎ竜の目に、小さな、薄青い星のような涙が点った。


(おわり)



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月の船

2012-05-28 07:09:22 | 薔薇のオルゴール

「薔薇のオルゴール」シリーズの「真珠の薔薇」のお話に出て来た絵です。
ほんとは透明水彩かアクリルかなんかで描いた方がきれいだと思うのだけど、今のわたしの体力ではちょっと難しいし、高い絵の具を買いにいくのも面倒なので、切り絵にしました。

いつか、体力がもっと復活したら、色つきの絵で描いてみたいですね。でも真珠色の薔薇って難しそうだ。

薔薇をいっぱい描くと、切り絵でもきれいだなあ。

お空の水の上を、船は流れていきます。

カフェの白い壁に飾られた小さな絵の中で、オリヴィエは今も笛を吹いている。



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解説

2012-05-20 12:32:24 | 薔薇のオルゴール

今回はイソップ寓話のパロディをやってみました。
これはもともと、読み聞かせボランティアグループの、パネルシアターの原案だったものなんですが、処々の事情あってそれができなくなり、そのまま放っておいた原稿を掘りだして、少し書きなおしたものです。

旅人のおっかさんは、とても優しくて、たいそうなお人好しらしかったようだ。きっと若い時に夫を亡くして、女手ひとつで小さな息子を育ててきたんでしょう。貧乏でも、正直に生きて、ひっそりと死んでいったんだろうなあ。息子に、小さな畑を残して。

ほんとうにね。生きることは大変なことがいっぱいある。精一杯生きて、この世に残せるものと言ったら、本当に小さなものだ、たいていは。おっかさんが残していったのは、畑よりもむしろ、息子の中のやさしさだったんでしょう。

今の世の中、そんな甘いことで生き抜けていけるはずはないと思っている方が大方でしょうけれど。悪いことの一つや二つ、できなければ、生きていけないと思っている人が多いでしょうけど、わたしはそういうのはいやだ。なぜならそれは、間違っているから。

旅人にも、これからつらいことはあるかもしれないけれど、おっかさんのように、たとえ貧しくても、正しく、明るく、神様に恥じることのない生き方をしてほしいと思う。猫だって、馬鹿にしてはいけませんよ。大切にすれば、人間に、本当に大切なことをしてくれるんだ。

でもにんげんは、にんげんをあまり大切にしないんだ。なんだかみんな、いつも文句ばかりをいって、だれかにけんかをふっかけるようなことを言っている。憎みあったり、傷つけあったりするのは、つまりは、相手の方が、自分よりよく見えてしまうからですね。何度もこのことは言ったけれど、他人は絶対、自分にはないものを持っている。そんなの、人によって違うのは当たり前だから、うらやましがったり、欲しがったりするのは間違いなんですが。にんげんはどうしても、他人のものを欲しがるようだ。だから、傷つけあう。ねたみあう。醜い争いがおこる。

もういいかげん、やめたほうがいいと思うけどなあ。もうだいぶわかってきていると思うんだけど。




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北風と太陽と猫

2012-05-20 09:04:05 | 薔薇のオルゴール

ある日のことです。太陽と、北風が、お空の上で、どちらが強いかを、言い争っていました。

太陽は、「わたしは、どんなものでも、熱くまぶしく照らすことのできる、とても偉いものだ」と言いました。すると北風は、「わたしはどんなものでも、冷たく暗く凍らせることのできる、すごいものだ」と言いました。
どちらも、自分の方が偉くて、すごいと言ってゆずらないので、しまいに、どちらが強いか、ためしに競い合ってみようではないかと、いうことになりました。

そこで、下界を見下ろすと、ひとりのみすぼらしい旅人が、丘の上の一本道を、てくてく歩いているのが見えました。旅人が、古い皮のマントを着ているのを見て、北風が言いました。
「どうだい。あの旅人のマントをうまくとってやったほうが、勝ちということにしては」
すると、太陽も言いました。
「いいだろう、いいだろう、簡単なことだ。君が先にやってみたまえ」

そこで北風は、よしきたとばかりに、旅人のマントを吹き飛ばしてやろうと、冷たい風を思い切り、旅人に吹きつけました。

丘の上の道を、旅人は、一人でさみしく、歩いていました。きょうはそれほど天気も悪くはなく、無事に次の町まで行けそうだと、考えていると、突然空が曇って、強い北風が吹いてきました。
「なんてことだ。ついてないなあ」
旅人は、マントを吹き飛ばされそうになったので、たまらず、マントのひもを強く握りしめました。

旅人は、マントを深く着こんで、歩きながら、風をよけられる木など周りにないかと探しました。しかし、荒野の丘は一本道がどこまでも続くばかりで、隠れられるようなところは見つからず、とうやら歩いていくしかありません。
「やれやれ、とにかく進もう。もう少し行ったら、休めるところがあるかもしれない」

歩いて行くうちにも、風はどんどん強く吹いてきます。旅人は、これまでのことなどを思い出して、悲しくなってきました。
一緒に暮らしていたおっかさんが死んで、旅人は、持っていた小さな畑を、盗っ人のような商人にだまされて、安く買いたたかれてしまったのです。何もかもなくして、こんりんざい困ったことになったと、途方に暮れていたとき、ようやく、おっかさんの昔の知り合いだという人が来てくれて、遠くの町の粉屋の働き口を紹介してくれたのでした。旅人は、小さな紹介状を手に、その粉屋のところに旅していくところなのでした。

「こんなことになるのも、おれが馬鹿だからだ。おっかさんが残してくれた畑を、あんな商人に売るんじゃなかった。おっかさんがそれはそれは大事に耕していた畑だったのに。あの小さな畑で、豆を作って、おれに食わしてくれてたのに。これも、おっかさんに悪いことをしてしまった罰なのかな」
旅人は、マントを硬く握りしめながら、胸がすまない気持ちでいっぱいになり、この寒い風に、力いっぱい耐えようと思いました。そうしたら、おっかさんへのすまない気持ちが、少しは軽くなるかと、思ったのです。

その頃、お空の上では、北風が、どんなに強く風を吹かせても、旅人が一向にマントを離さないので、やきもきしていました。
「こいつめ、けっこうしつこいぞ。もっと吹いてやろう」
北風が、いっそ旅人ごと吹き飛ばしてやろうかと考えたとき、太陽が、まあ待て、と声をかけました。「次はわたしの番だよ。君は休んでいたまえ」

そこで太陽は、雲をはらって空の真ん中におどり出ると、ぎらぎらと旅人を照らし始めました。

旅人は、突然風がやんだので、すこし安心して、ふところの手紙を取り出しました。粉屋への紹介状は、革の袋に入れて、落とさないように紐をつけて首に下げていました。昔、おっかさんが親身になって世話をしたという、元兵隊さんの紹介状でした。
昔、おっかさんは、戦に負けて、ぼろぼろになって流れてきた若者を、見捨てておくことができずに、納屋に寝床を作ってケガの手当てをしてあげたことがあるというのです。人がいいばかりで、貧乏くじばかりひいていたおっかさんが、息子に残してくれた遺産は、今やこの手紙ひとつでした。
これを大事にして、ちゃんと生きていかないとな。おっかさんの大切な気持ちが、おれにくれたものだから。旅人は、手紙をみるたび、そう思いました。

旅人は、ふと、なんだか暑いな、と感じました。空を見ると、太陽がぎらぎらと照りつけはじめています。さっきまで寒い北風が吹いていたというのに、何としたことでしょう。旅人は、手紙をふところにしまうと、日をよけられる陰がないかと探しながら、歩き始めました。
その間も、太陽は容赦なく照らしつけます。旅人は、汗がだらだらと流れてきて、熱くてしょうがなくなってきました。そこで、マントを脱ごうと、首元の紐に手をかけました。

やった、わたしの勝ちだ!と太陽が思ったそのときです。突然、北風が強く吹いて、黒い雲をいっぱい、太陽の方に吹き寄せました。すると、太陽はまたたく間に雲に隠されてしまい、旅人を照らすことができなくなりました。

「何をするんだ! このひきょう者め!」
「なんのことかね? 雲が邪魔だったから、吹き飛ばしただけさ」
太陽と北風は、空の上で、お互いに照らしつけたり、風を吹き付けたりして、けんかを始めました。そんなことは何も知らず、旅人は、天気が何度も変わるのを、ただ不思議に思いながら、てくてく歩いていきました。

ようやく、足を休められそうな木影を見つけ、旅人はよいしょと、木の下に座りました。上を見ると、突然わいてきた雲が、空の半分をかくしています。冷たい風が吹いたり、突然暑い日がさしたり、また雲がもくもくわいてきたり、なんだか変な天気です。
とにかく、腹ごしらえでもしようと、旅人は腰の袋から、小さな硬いパンとハムを取り出しました。手っ取り早く食って、急いで行こう。早く町について、宿を探さねば、天気が荒れそうだ。旅人が、そんなことを考えていると、どこからか、か細い声が聞こえました。

旅人が、その声が聞こえる方に目をやると、そこに、何ともやせ衰えた、みすぼらしい雌猫が、ものほしそうに、旅人の持っているハムを見ているのです。怪我でもしているのか、後ろ足を少しひいています。
旅人は、なんとなくおっかさんのことを思い出して、猫をあわれに思いました。そこで、ハムをひとかけら、猫にやりました。猫はうれしそうに、ハムを食べました。

「こんなふうに、みっともないことになったおれでも、猫にハムをやることくらいは、できるんだなあ」

旅人は、ハムを食べている猫を見ながら、なんだかうれしくなってきました。涙も少し出ました。おっかさんが死んで、ひとりぼっちになってしまって、本当はとてもさみしかったのです。ハムを食べる猫がかわいくて、いつしか旅人は、持っているハムを、全部猫にやってしまいました。
「おまえ、ねぐらはどこだ。ずいぶんと痩せて、寒そうだなあ。怪我もしている」

旅人は、猫がいとおしくなってきました。空を見ると、お日様はまだ空の向こうです。今日は風が冷たそうだ。旅人は、ふとマントを脱いで、猫にかけてやりました。そしてそのまま、猫を抱き上げました。猫はいやがりもせず、旅人の腕の中で、ごろごろと喉を鳴らしました。
「おれはひとりぼっちだけど、おまえを助けてあげられるよ。おっかさんを見習って、親切をしてみよう」
旅人は、猫に自分のマントを着せて、歩き始めました。風が少し寒かったけれど、何かしら力が出て、どんどん歩き始めました。

その様子を、空から見ていた、太陽と北風は、あきれて言いました。
「おやおや、やつめ、マントを脱いだぞ」
「ほんとうだ。どういうことかな?」
ふたりは、旅人の様子を見て、顔を見合わせると、どちらともなくため息をついて、言いました。
「やれやれ、猫に負けたのかな」
「いや、あの旅人に負けたのかな」

どちらにしろ、みっともないことをしてしまったなと思って、太陽も北風も、けんかをやめて、仲直りすることにしました。そして、太陽は空に顔を出して、明るく旅人を照らしました。北風は少し顔を赤らめて、やさしく、旅人の背中をおしました。

天気がよくなってきたので、猫を抱いた旅人は、なんだか気持も明るくなってきて、ゆくすえに、とてもいいことが待っているような気もして、どんどん、町に向かって、歩いて行きました。

(おわり)




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チコネ

2012-05-19 12:11:11 | 薔薇のオルゴール

今度は、二冊目の著書、「小さな小さな神さま」から。
タイトル通り、いろんな神さまがいっぱい出てくるお話なのですけれど。
美しい谷をつかさどり、豊かな世界をつくっていた、小さな神様が、ある日、にんげんというおもしろいものがいると聞いて、にんげんをもらうために、はるかな山の神のもとへと旅をする、という話なのですが。

このお話については、立派な神様の絵を描いてもよかったと思うのだけど、それは本の挿絵にいっぱい描いたから、まあいいやと思って、お話の中に出てくる、ただひとりの人間、チコネを描いてみました。

神を裏切り、殺し合いを始めた人間たちの中で、ただひとり、それを悔やみ、神様のもとに帰ってきた人間、それがチコネです。そして神様は、たったひとりのその人間のために、すべてを与えていく。

にんげんは幼い。本当に何もわかってはいない。どんなにか神様が大事にしてくれて、愛してくれていたのかも知らずに、勝手なことをやりはじめて、神様を馬鹿にして、神様を見捨ててゆく。その中で、たったひとりだけ、帰ってきた。たったひとりだけ。

それが、小さな神様の心を揺り動かすわけなのですが…。

小さな神様は、人間たちに言うのだ。
悲しい日々だった。苦しい日々だった。やってはいけないことを、お前たちはした。だが、もう一度、わたしのもとで、やり直してみるか?おまえたちがそう思うならば、わたしはおまえたちのために、すべてのことをやってやろう。

チコネはどこにいるだろう? 今も、あの小さな神さまの谷に住んでいるだろうか。

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イスフィーニク

2012-05-19 07:12:53 | 薔薇のオルゴール

今日は、わたしの処女長編ファンタジーから。
「フィングリシア物語」
もう二十年近く前に発行した本ですが。その登場人物を、絵に描いてみました。冒頭はヒロインの「イスフィーニク」。略してイフィと呼ばれます。
白髪に卵色の肌をしたタリル人の少女という設定です。なんだか、わたしの書く話の中には、白い髪の人が多いな。

気恥かしくて、出版してはみたものの、とても自分では読めなくて、ずっと置いてあるだけだったんですが、最近何を思ったのか読み返してみると、いや自分でいうのはちょっと恥ずかしいのですが、これがなかなか面白い。一気に半日で読んでしまった。もちろん、若さゆえの勉強の足らなさというか、荒さというのも目につくんですけど、けっこう面白い。長いこと読んでなかったので、話の筋とか細かい設定もほとんど忘れていたので、とても新鮮でした。


「シルタルド・ジン」

一応彼が主人公なんですが。頬が赤いのは紅潮しているのではなくて、彼が赤色人種だからです。今は滅びた古代イオネリア民族のただ一人の生き残りという設定。
彼はいろいろな運命の荒波に弄ばれながらも、懸命に生きていく。

物語には、タリル人やイオネリア人のほかにも、いろいろな人種、民族が出てきます。シリンギタ人、グリザンダ人、トトリア人、カイトゥム系褐色人種…。古民話や伝説や宗教や現代文明の比喩や、いろんなものを放りこんで、組み立て、お話をつくってみた。書いていた当初のことはあまり思い出せないけど、とても苦しい思いをしていたことは、なんとなく覚えてる。


「アスキリス」

物語の中の設定年齢にしては、ちょっと若すぎるなあ。お話の中では、彼は髭を生やしてて、年は多分四十代くらいじゃないかと思う。白髪、目は灰色のタリル人です。いろいろと高い勉強を積んでいる正教の僧侶にして、異教の呪術師という設定。


「スクルーン」

人語を解する猫。彼がなぜ人間の言葉を話せるようになったのかは、まあ秘密にしときましょう。もともとは普通の山猫だったんですが、ちょっとした事故がもとで、人間の言葉が話せるようになったのです。
この「フィングリシア」も、発行した当時、いろいろな人に読んでもらったけれど、読んでくれた人はほとんど、このスクルーンが一番好きだと言ってくれましたっけ。

このお話は、当時まだ私の胸の中に深々とえぐられていた傷が、もろに表面に出ています。生きることが、相当に苦しかった当時の自分がそのまま入り込んでいる。でもなんだか今は、それが、幕一枚向こうの、何か知らない別の世界のように思えるんだ…

確かにあの頃、わたしはつらかった。あの頃の自分は、ひとつの結晶として自分の中にあるけれど、今の自分は、当時の自分とは、ずいぶん違います。何が変わったのかな。

この「フィングリシア物語」は、あの頃の私が、存在していたという証明なんでしょう。でももう、あの頃の苦しみも、傷も、はるかかなたの夢のようだ。懐かしくはない。ただ、しんみりと静かな悲哀が、煙のように漂ってくるだけだ。

何が変わったのかなあ。




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おいで

2012-04-30 12:10:41 | 薔薇のオルゴール

おまえたちが いるから
おれは苦しいんだって
君は 言う
おまえたちが 馬鹿だから
おれはつらいんだって
君は 言う

でも ぼくには
君のほんとうに言いたいことがわかる
君は
だれよりも
おれを大切にしてくれって
言いたいんだ
だれよりも
おれを愛してくれって
言いたいんだ

遠い昔 君は おかあさんとけんかして
おかあさんが くれた絵本を
みんな 燃やしてしまった
それには おかあさんがかいてくれた
きれいな絵や ことばが
たくさんつめてあったのに
おかあさんを きらいだと言って
みんな もやしてしまったら
君は なにもかも なくしてしまった

知ってる 
君は それがつらくて
悲しかったのが いやで
みんなに 背を向けて
むりにでも さみしくなんかないんだって
風の向こうに 走って行った
何もない 灰色の心臓を抱いて

君はそれが今でも いたいんだ
つらいんだ 悲しいんだ
泣いているんだ
だから 誰よりも
おれを大切にしてくれって
言う
誰よりも

おいで
今 君が
ぼくを 振り向いてくれたら
いっしょに行ってあげるよ
手をつないで おかあさんのところにいって
一緒に あやまってあげるよ

おいで
一緒に行こう
振りむいて
ぼくは 知ってる
本当は 君が
とても いい子だってことを


(オリヴィエ・ダンジェリク詩集『空の独り言』より)







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薔薇を盗む

2012-04-30 07:31:36 | 薔薇のオルゴール

毎夜毎夜 ぼくの胸から
薔薇を盗んでいたのは 君かい?
薔薇がほしいのなら いつでもあげるけど
なんでそんなに欲しいの?

ああ 君は
良い人になりたいんだね
正直できれいな 良い人になりたいんだね
だから 薔薇を盗んでいくんだね
人の心の 薔薇を

嘘なんかつかない 
良い人になるために
嘘を つくんだね
君は

薔薇は あげてもいいけれど
本当に それでいいの?
だって薔薇は 君の胸にだって
咲いているんだから
その薔薇は どこへやったの?

ああ ぼくは
悲しくて 胸に降ってくる
白い雪を ボールにして
空に向かって 思い切り投げたくて
でも どうしても投げられなくて
ああ またぼくの胸に薔薇が咲く
雪のように 白い薔薇が咲く

薔薇は あげるよ
どうしてもいるのなら あげるよ
でも 君には 君の薔薇のほうが
ずっとすてきだって
ぼくは 思うよ


(オリヴィエ・ダンジェリク詩集『空の独り言』より)



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ゆきしろばらべに・解説

2012-04-28 11:50:46 | 薔薇のオルゴール

これも、ジョバンニとカムパネルラと同時期に描いた絵です。絵の中ではゆきしろちゃんは茶色の髪、ばらべにちゃんは金髪になってますが。

もうおわかりの方もいらっしゃると思いますが、今回は、グリム童話の再話に挑戦してみました。けれども、てんこ的な味付けが濃くて、半分は創作みたいなものになってしまいましたが。原作がどんなものか知りたい方は、どうか各自で検索して調べてみてください。どうも、いまだにわたし、リンクの仕方がわかっていないもので。いや、ただ面倒くさいだけなんですが。

原作を読んでみると、違いがよくわかると思います。少々論語的というか、説教くさくなるのは、わたしの長所と思っています。

まあ、要するにこのお話は、いろいろ悪いことばっかりして、女の子を馬鹿にしてばっかりいる意地悪な男性(小人)が、心正しく、強く、女の子にもやさしい男性(熊、王子)にやっつけられて、女の子は無事に、やさしい王子様と結婚すると言う、とてもすてきな、おとぎ話です。

まあその、現実は、本当に苦しかったから、こんなおとぎ話ができたんじゃないかなあって、思います。昔から、女の子には、本当に苦労が多かったから。

ゆきしろも、ばらべにも、かわいくて、勉強も真面目にして、おかあさんのお手伝いもちゃんとしている、いい女の子。熊に姿を変えられ王子が、お嫁さんにしたいと思ったのも無理はないというもの。

今の世間では、いろいろ、物事に対して斜めに構えたり、乱暴に持論をぶつけ合ったり、時に支配的な態度で物事を強引に運んだりすることが、何となくかっこいいかのようなことが、よくありますけれども。わたしは、物事にはまっすぐに、きれいに打ちこむのが好きだ。まあ、簡単に言えば、まじめで正直というだけなのですけど。

そういうのが、いちばんいいと思うのですけどね。むずかしいのは、今の時代、嘘というのは、本当に進化していると言うか、物事がとても上手にやれて、まことにうまく、真実に化けることができるということだ。

ほんとうのほんとと、ほんとうのまねをしたうそは、どうちがうでしょう。そこに、愛があるかどうかですね。



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