goo blog サービス終了のお知らせ 

世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・14

2015-02-15 07:05:57 | 瑠璃の小部屋

★詩人さんの今日

詩人さん、印字した自分の詩を読みながら、推敲しているところである。ワードで書いてるんだから、ワードで推敲したらいいと思うんだが、一度は紙に印刷された文字を見ないと、すっきりしないらしい。

実は詩人さん、このたび二冊目の詩集を出すことになった。

何が幸いするかわからないもので、例の嫌がらせをしていたファンが警察に捕まったことが新聞に載り、それがきっかけで、詩人さんの名前がいろんな人に知られて、詩集の売れ行きがよくなったそうなのだ。びっくりである。で、両親の後押しもあり、めでたく2冊目の詩集を出せることになったのだ。出版社の人の態度も、何か微妙に暖かい。

前は、いろんなきつい批評ももらったもんだけどな。自分の詩に対する批評には、詩人さんは、ほとんど耳を貸さないことにしている。一度、ある地方詩人の批評を真に受けて、しばらくの間、まったく詩が書けなくなったことがあったからだ。詩の世界ってのにも、結構ドロドロがありましてね。他人の詩に好意的な批評をするときは、たいてい、相手の方が、自分より下手だと思っているときなんです。これは、画家さんが言ったことだけど。絵の世界でもそういうことよくあるんだってさ。

自分は自分らしい詩を書くしかないよね。その点、詩人さんは自分の世界ってのを確かに持ってる。子供の頃から頭がよくて、秀才と言われた。それでいじめられたりしたこともあったんだけど。本を読むのが好きで、美しい言葉を読むのが好きだった。詩人さんは今も言う。まあ、詩人をやるなら、辞書と図鑑を合わせて20冊、それと聖書と論語と仏典の三種は持っていた方がいい。信仰じゃなくて教養のためだ。もちろん、聖賢の言葉はとても美しいし、生きるために役に立つ。日本でもギリシャでも北欧でもゲルマンでも、神話に関する教養はほどよく持っておこう。あと、大事だけど忘れがちなものがある。色だ。色彩辞典。これ、便利だよ。詩を書くときには。けっこう重要なことを教えてくれる。感情を表現するときには、色がとても大事だからさ。おすすめだね。今も売ってるかどうかわからないけど。

こういうとこがいやみにとられるのかなあ。ぼくはまじめに勉強してるだけなんだけどな。

詩人さんはため息をつく。ほんとにね。今の世の中、真面目に生きている奴のほうが、損するみたいだ。かといって、簡単にずるができるほど、詩人さんは強くない。

おっと。詩人さんは少しめまいを感じて、椅子に座った。退院して間もないからまだ、長いこと立っていると、くらりとするのだ。

「ふう。体力つけなきゃな」といいつつ、詩人さんはまた紙に印字した自分の詩を読む。いつものように、人間に甘くて、優しすぎて、きれいなだけだと、ある詩人に言われる詩を。

(つづく)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・13

2015-02-14 07:46:20 | 瑠璃の小部屋

★詩人さんの近況

あ、どうもみなさん、鳥音渡です。これはペンネームで、本名は「利根渡」。どっちも読みは同じ、「とねわたる」です。

おかげさまで、なんとか退院できました。一時は、気持ちが負けそうになって、ほんとに死にそうな感じがしたけど、なんとか持ち直しました。例のストーカーさんも見つかったし。

なんていうか。ぼくが入院してすぐ、すごくでかい菊の花束が届きましてね。もうびっくり。誰がくれたのか、直感的にわかって、一時は、カミソリがしかけてないかとか、刃物が飛び出さないかとか、異臭はしないかとか、大騒ぎになりました。まあ、結果的に何も仕掛けはなかったけど、菊の花をもらうってのは、なんか仏前のお供えみたいで、いい気持ちはしませんよね。それも、いちどきりじゃなくて、毎週土曜日に必ず届くんです。カードが添えてあって、そのカードにはその、要するに、いつ他界されるんですかとかそういうことが書いてあって。もうぼく、参ってしまいまして、ほんとに死ぬ寸前まで言ったな。夢で友達が出てきてくれて、助けてくれて、生きてこられたけど。

両親が警察に届けてくれて、その菊の花の送り主は見つかりました。その人は、遠い町に住むある地方詩人で、ぼくの詩集はもちろんのこと、ぼくの詩を載せてもらった詩誌はみんな持ってたし、例の忍が描いたぼくの絵も、それとどこから手にいれたのかわからないけど、ぼくの学生時代の卒業アルバムまで持ってたそうです。

こっわいなあ…ていったら、忍が言いました。「馬鹿が多いからなあ、最近は」

忍は軽くそういうことが言えるからすごいよな。あ、退院祝いに彼がくれた絵は、個展に出したけど売れなかったやつです。かなりきれいに描いてくれてるけど、ぼくはここまでハンサムじゃないですよ。画家ってのは不思議なもので、他人の顔描いてるようで、なんとなく、自分の顔描いてるようなとこありましてね。この絵なんかも、ぼくに似てるけど、どこか忍にも似てる。忍はそりゃ、男もびっくりする美形ですから。

退院しても、通院を続けなきゃいけないし、薬もたぶん一生飲まなきゃいけないそうです。でもま、一病息災ってことばもありますしね。ぼくみたいのが、けっこうしぶといんだ。

絵を持ってきてくれた日、忍が「一番先に死ぬなよ」っていうんで、ぼくは、「君の葬式の時には、僕は菊じゃなくて、真っ白いバラの花輪をもっていくよ」と答えました。光からは商品券が届いたんで、お礼の電話をしたときにそのことを話したら、彼はくすくす笑ってました。

あの夢の話は、二人には話してません。でも、ぼくは、あれは今も、二人が本当にぼくのとこにきてくれたんだと信じてる。ともだちがぼくを、助けてくれたんだと。

みんなとは、これからもずっと、友達でいたいな。

(つづく)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・12

2015-02-13 06:50:11 | 瑠璃の小部屋

★手品師さんの近況

どうも、こんにちは。水谷光といいます。ええ、職業はマジシャン。舞台で働くときは、カツラギヒカルという名でやってます。師匠に名前をもらったんですけど。
あ、この指ですか。まあくせみたいなもので。気付いたら動かしてるんですよ。こうして、こう中指を回すと、ほら、カードが一枚出てくる。職業病みたいなもんかな。
ええ、来週から、師匠と一緒にロサンゼルスに行って、舞台ふんできます。そこでマジシャンの世界大会があるんですよ。外国でやるのは僕も初めてなんで、身がひきしまりますね。

あ、この絵ですか。友人が描いてくれた僕の絵です。ネットに流れた僕の写真をもとにして描いたらしいんですけど。3年くらい前かな。久しぶりにあのきったないアトリエを訪ねたら、僕を描いた絵が何枚かあって、そのうちの一枚をもらったんですよ。なかなかでしょ。

え?男前だって? そりゃ、彼はプロですから、モデルの顔を整理して美化するくらい当たり前にできますよ。実際ぼくは、こんなに目が大きくない。彼はこういうやつ。うるさいやつですけどね、心根の明るい、いいやつなんだ。まあ、彼の目には、僕はこんな風に見えてるんだろうな。師匠が言ってたけど、時々僕は、こういう目つきするらしいです。

あ、ふゆきしのぶっていうんですよ、その画家。最近ようやく売れ始めてきたって感じで。ネットの画廊でも絵を売ってるんで、検索してみてください。けっこうおもしろい絵も描きますよ。ふざけて、ミロだのクレーだのいろんな画家の真似して描くのが得意っていうか好きですね。人のいいところはすぐに真似したがるようなとこがあるんです。

じゃあ、そろそろ、いいですか? 友達の退院祝いを買いに行くんです。いえ、さっき言った画家じゃなくて、もひとりの友達。ちょっとね、体調を崩して、半年くらい入院してたんですけどもうすぐ退院することになったんです。それで、なんかいいものでもないかと思って。

何がいいかな。忍は絵を一枚やるっていってたけど。ぼくは文具券にでもしようか。彼は一応詩人でね。紙とかペンとかたくさんいりそうだし。そうだ、いい機会だからこっちも宣伝しといてくださいよ。とねわたるっていうんです。その詩人。一冊だけど詩集出してるんです。あ、ここに一冊あるから、さしあげますよ。よかったら読んでください。勉強はよくやるやつなんですけどね、なんか気が弱いっていうか、繊細すぎるっていうか。ほんと、見てると、ちょっと強い風に吹かれるだけで倒れてしまいそうなんだ。今回は無事に退院できてよかったけど…

あ?いや、なんでもないです。ええ、じゃ、これで。また!!

(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・11

2015-02-12 06:47:00 | 瑠璃の小部屋

★画家さんの近況

ああ、どうも冬木忍と言います。職業はまあ、画家です。一応絵を描いて暮らしてます。
バイトもしてるんですけどね、最近絵の方が忙しくなって、そっちの方が危ないんだ。一応なんとか都合つけて通ってるんですけど、そのうちやめるかもしれない。

え?身長何センチかって、突然きかれてもな。まあ、190くらいです。このおかげで、バイト先でよく看板代わりに使われてますよ。

これは俺が今描いてる自画像。画廊のおばさんに描いてみないかって言われて描いてるんですけど、よく考えてみると自画像に真剣に取り組むのはほぼ初めてなんだ。学生時代に習作を何枚か描いたことありましたけど。これはまだ未完成。色のバランスと顔の表情が気に入らなくて、もうちょっと手を入れないと。

よくモデルになってくれてた友達が今入院してるんで、仕方なく自分をモデルにしてるって感じです。あいつの顔はもう、ソラで描けるほど何度も描いたな。ほかにモデルを頼んだ人がないわけじゃないけど、やつの顔はなんか描きやすいんだ。単純なとこがもろに顔に出てて、感じがつかみやすい。自画像ってのは思ったより難しいですね。

あ、その友達のことですか。ああ、今はもう病状もだいぶ回復して、そろそろ退院してもいいってお医者さんが言ってくれたそうです。この前見舞いに行ったときには、大分顔色がよくなってて、前より少し太ってたな。食事がうまいって言ってた。入院してもう半年くらいたつけど、あいつまた髪が長くなりましたよ。おれが「髪が短いと頭が悪く見えるから伸ばせ」って言ったもんで。いや、あいつはね、おれたちン中では一番頭がいいんだ。大学のレベルも上だし。それなのに、一見そうは見えないんだよな。髪が短いとまるでガキみたいに見える。人間はみな見栄えで決めるからなあ。ああいうガキっぽい感じのやつが、結構痛いことをやると、世間の反発を食らうのかもしれないな。…え?あ、詩集のことです。知ってるでしょ、あのストーカーファン。やっと警察が捕まえてくれたって、渡のお母さんから聞きました。でもひとりやふたりじゃないからな。なんでかあいつ、ああいうタイプに惚れられるんだ。不思議に。

光の方はあいかわらず順調みたいですよ。あいつは強運というより、運命の神がひれ伏すようなオーラがあるんだ。これは渡が言ってたことだけど。おれが描く絵には、なんか言いたいことがあるみたいで見てますけどね。あ、そう。そこに飾ってあるやつも、光を描いたやつ。素描ですけど、マティスのまねです。けっこうおもしろいでしょ、モノトーンでも。

あ、もういいですか。じゃあ。あ、そこに、静物画用の銅の花瓶が転がってるんで気を付けてください。ああほら。けっこう重いんで、痛いでしょ。よく足ぶつけるんだ。あ、そっちのイーゼルには触らないで! ああ!

だから、上の棚が倒れてくるって言ったじゃないですか。あ、言わなかったか。

ちょっとは片付けないとな。バイト先の床はよく掃除するけど、このアトリエ、いつ掃除したっけか。

(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・10

2015-02-11 08:03:23 | 瑠璃の小部屋

★あぶない

まっくらな闇の中を、詩人さんはまっさかさまに落ちていた。どこを見ても、暗闇ばかりで、何も見えない。ただ、自分が、泡のように薄いガラスのたまごに包まれているのはわかった。

ああ、もう死ぬのかな。詩人さんは思った。それもいいかもしれない。何をやっても、ほんとに、だめな人生だった。どうしてかな。ぼくが何かをすると、必ず世間からきつい波が返ってきた。ぼくはぼくなりに、愛を表現しようとしていただけなのに。

ガラスのたまごに包まれて、詩人さんは暗闇の中をどこまでも落ちていく。このまま、生きている世界に別れを告げるのかと思うと、ほんの少し胸が痛んだ。ああ、でももういい。ここらへんで、何もかもを終わりにしたって、別になにも変わりやしない。ぼくはいこう。

ふと、奈落の底で何かが光るのが見えた。詩人さんは、あ、あれが国境だ、と思った。

あそこを越えれば、楽になる。国境を超えればもう、誰に傷つけられることもないのだ。

その時、闇の左側から、大きな岩の龍が現れた。龍は詩人さんを見ると、割れるような声で叫んだ。「かえって来い! いくな! そっちへはいくな!!」

詩人さんは目を閉じる。ああ、ありがとう。でももういいんだ。

その時、闇の右側から、青い巨人が現れた。巨人は何も言わず、ただ落ちていく詩人さんを見つめていた。

ああ、ありがとう。きてくれたんだね。ぼくはもういく。

「いくな! いくな! もどって来い!!」岩の龍の涙が、滝のように落ちてきてガラスのたまごを濡らしていく。青い巨人の冷たい視線が、詩人さんの全身にながれてくる。

何もできなかった。生きてるうちに。ぼくは何かの役に立ちたかったのに。何もできなかった。ありがとうみんな、こんなぼくを、愛してくれて。ぼくはもういく。

国境が光った。詩人さんは手を伸ばし、そこに飛び込んでいこうとした。そのとき、ああ!と胸が破れるように叫んだのは、青い巨人だった

「馬鹿なことは、やめろおおお!!!!」

そのとき、ガラスのたまごが割れた。

「ひい、ご、ごめんなさあい!!」

詩人さんは身を縮めて、思わず悲鳴をあげた。彼を怒らせたら、おしまいなのだ。

目を開けると、白い病室のベッドの上に横たわっている自分がいた。窓からさす昼の光がまぶしい。

ああ、まだ、生きている…

詩人さんは窓の外を見ながら、小鳥の声を、何だか今生まれて初めて聞いたかのように、聞いていた。

ともだちが、きてくれたんだ…

(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・9

2015-02-10 07:04:04 | 瑠璃の小部屋

★ことばがはじまり

あれは、高1のときだったかな、と画家さんは思い出す。

そのとき彼は、美術室の片隅で、大きな体を折り曲げて、小さな油絵を描いていた。そこへ詩人さんがやってきて、横から彼の絵を覗き込んで、言った。

「へえ、ルオーみたい。才能あるんじゃない?」

画家さんはびっくりした。実はその頃ルオーに凝っていて、ひそかにそのタッチを真似してみたりしていたのだ。

あれで火がついたな、と画家さんは思い出す。詩人さんはやせっぽちのくせに、言葉を発するときの声だけは熱い。

それから画家さんは本気で絵に取り組みだし、二流だがちゃんとした美大にとおって、技術をしっかりと学んだ。


あれは、高2のときだったかな、と手品師さんは思い出す。
昼休みの教室の隅で、手品師さんは詩人さんと机を囲んで弁当を食べていた。ふと手が滑って、箸を落としそうになったところを、手品師さんは反射的に指と手首を回して箸を器用に操り、握りなおした。それを見て、詩人さんが目を輝かせた。

「へえ、なにそれ。すごいな。なんかやってるって感じ!」

手品師さんは、胸をぐっと突かれるものを感じた。実は手品師さん、マジックは副業か趣味にして、学校を卒業したら家業を継ごうと思っていた。でも、自分の部屋の書棚にはマジックの専門書がいっぱいだし、あこがれのマジシャンの著書を古本屋を巡って探したりした。通信教育のビデオは何度見直したかわからない。

手品師さんにはわかる。詩人さんは小さなことに感動して、新しいものを見つけるのがうまい。

あれで、火がついた、と手品師さんは思う。本気でやってみよう。マジック。高校を卒業したら、あこがれのあの人の弟子になろう。

そして、今がある。


始まりは、小さな言葉だった。詩人さんが言った、小さな言葉。

「へえ、いいじゃんそれ、なんか好き!」

あれから、ふたりの本気が始まった。

画家さんと手品師さんは、詩人さんの病状があまりよくないということを耳にした。不安が胸を締め付ける。

詩人さん、生きるんだ。生きてくれ。君はぼくたちに、いや、この世界に、必要だ。

(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・8

2015-02-09 07:11:23 | 瑠璃の小部屋

★ふたり

めずらしく、画家さんと手品師さんが、二人でカフェにきています。なんだか会話があまりはずまないみたいだ。一人足りないだけで、これだけさみしいのかと、感じている。なんだか、大切なものを、なくしそうな気もして、心が重い。

緊張感に耐えられなくなったのか、画家さんがぽつりと言った。

「おれはエロ本なんか平気で見るけど。ヌードデッサンなんかにも時々出かけるし。でもあいつは、そんなもん見たら一目散で逃げるだろうな」
すると手品師さんは、心なしかぼんやりとした声で答える。「…というか、死ぬんじゃない?」

画家さんが急に眼を鋭くして、横目で手品師さんを見た。手品師さんはすぐに気付いて、謝った。「ごめん。シャレにならない」

実は、詩人さん、入院してしまったのだ。いろいろあって、いろいろあって、とうとう、気持ちが切れてしまったらしい。画家さんと手品師さんは、一緒に詩人さんの見舞いにいって、かえってきたところである。ふたりとも、なんとなく、家や仕事に帰る気になれず、いつものカフェによって、ぼんやりとしているところだ。

病名は詳しくは教えてもらえなかったが、精神的なものもあるらしい。貧血のちょっとひどい奴だとは聞いたけど。

「愛よ おまえはいく 愛の ために」
ふと画家さんが呟くように言った。手品師さんがそれに振り返った。
「ああ、覚えてる。彼の書いた詩の中では、一番好きだ。
愛よ おまえはいく 愛の ために」

「針の 雨の中を
 たぎりたつ 風の中を
 ののしる いかずちの森を
 愛よ おまえはいく 愛の ために」

「国境を越え 怒りを捨て
 すべてを 導くために」

「愛よ おまえはいく 愛の ために」

二人の胸の中を、ベッドで笑っていた詩人さんの空っぽの瞳が横切る。不安が氷のように固まっていく。

詩人さん、生きるんだ。

(つづく)



  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・7

2015-02-08 07:15:03 | 瑠璃の小部屋

★詩人さん、髪切った

詩人さん、髪を切りました。会社を辞めてから、なんとなく何かに反発するような気持ちで、伸ばしていたのだが。人前ではやたらと目をきつくし、肩ひじをはって「男」を強調するようになった。そんな詩人さんを見て、画家さんは「やめろ、ガキ」という。

詩人さん、実は例の濃いファンに、ものすごい暴言を浴びせられたのだ。
「おまえは女か!」と。それ以後の言葉は、とてもここには書けない。
詩人さん、必死で平気なふりをしてるけど、心は深く傷ついている。そんな詩人さんを見て、画家さんはいう。

「だからなあ、それは嫉妬なんだよ。つうか愛しすぎなんだ。わざわざ高い油絵買って、おまえの散歩道と時間調べて、待ち伏せしてるんだぞ!」

そんなことくらい、詩人さんにもわかってる。どうしてか、詩人さんは自分の詩のファンに、えらい目に合わされることが多い。こういうとき、手品師さんなら、こういう。

「君があんまりやさしすぎるんだよ。時々、必要以上に人にやさしく書くじゃないか」

手品師さんにも画家さんにも、わかっている。詩人さんは、女の子にした方が安心するような、ほそっこい、やさしすぎる男なのだ。あんなことくらいでショック受けて、動揺して、どうすりゃいいんだ、まったく。画家さんは頭を抱える。

詩人さんは、人前で胸をはって頑張るのにも疲れてきたので、ツッパリポーズをやめた。こうして、こんな風に簡単に心を見せてしまうのも、自分が画家さんに甘えているからだと思う。

あの日のことは、忘れられない。いつもの散歩道を、いつもの時間通り歩いていたら、突然、人影に前を遮られた。その人は一枚の油絵を詩人さんに見せた。その絵の中では、詩人さんの顔に黒マジックで大きなバッテンが何重にも重ねられて書いてあった。あ、画家さんの絵が!と思ったその瞬間、その人は、信じられぬような汚い言葉を詩人さんに浴びせて、風のように走り去っていったのだ。ショックを受けた詩人さんはその場によろよろとくずおれて、しばらく立てなかった。

なんて自分は弱いんだろう。どうしたら、生きていけるんだろう。

画家さんは、個展も順調に終わり、絵もかなり売れて、新しい一歩を踏み出した。でも、詩人さんには何も見えない。何もない。一冊の詩集と、役に立つかどうかわからない詩才のほかには、何も持っていない。

春は来るとぞ冬はいふ
わが胸はうつろにはあらず
ひそやかに住む銀の栗鼠
氷風の眼にも混じるか青き棘
若槻の血もしたたらむ石畳
硬き青磁の空の下
なにをなすべき わが心…

いったい、ぼくは、どうすればいいんだろう?

詩人さんは、思う。

ところで、例の詩人さんの濃いファンは、四十代くらいの見知らぬ女性だったそうだ。詩人さんは女性にも勝てない。とっても、怖かったそうだ。

(つづく)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・6

2015-02-07 07:26:13 | 瑠璃の小部屋

★手品師さんの舞台

手品師さんの舞台は、華麗だ。蝶のように華麗なステップを踏みながら、両手を舞わせ、何もないところから、鳩を出し、花を出し、美女を出し、時には大枚の金を出す。

銀のスーツを難なく着こなし、派手な化粧も似会う。舞台では、別人だ。

仕掛けなんてのは、けっこう簡単なものさ。必要なのは、5ミリの糸だったり、たった3グラムの重りだったり、カードの裏に隠した小さな紙だったりする。油も時々必要だ。それと、針金と、髪の毛と、水、まあ、あとは、企業秘密。

けれども、一度の華麗な手さばきの裏には、千回の素振りがある。

それが、手品師さんの自信を作る。

観客の視線を指先に誘い、そこから魔法のように、金が出てきたときの、観客の驚き。みなが我を忘れて、自分を見つめている。観客の期待にぴったり答えられたときの快感。期待以上のものを見せた時の、快い裏切りの、快感。

何もかもが自分をしびれさせる。

出演依頼者から、高い金をむしり取るのも、快感だ。

自分には、その価値がある!!

舞台の上の手品師さんは、全身でそう言っている。観客が浴びたいのは、何よりも、手品師さんのその、自信なのだ。

画家さんは、二度ほど、手品師さんの舞台を見に行ったことがある。

詩人さんは、チケットをもらった舞台は、できるだけ見にいくようにしている。

画家さんは黙って見ている。詩人さんはただ、見とれている。あの、次から次へと自分を越えていける強さはどうだ。自分にはないものを、二人は彼に感じている。彼が成功しているわけが、わかる。

ただで成功しているんじゃない。あれは、努力の結晶だ。実力を養うために、あらゆることをやってきた、自分への信頼なのだ。

手品師さんは、すごい。


★詩人さんの詩集

詩人さんは、一冊だけだが、詩集を出している。いまその詩集を画家さんが読んでいるところである。詩人さんの詩は、ところどころ、わけのわからん横文字や、これなんて読むんだ?て感じの難しい漢語などあったりするが、大体のところ、そうややこしい技術を弄することなく、平明なリズムで淡々と語りかけてくるので、よむものの心にすいすいと入ってくる。時に、ぐっとくる言葉に出会う事もある。一部に濃いファンがいるというのも、うなずける。

ちひさくもうすあをき かひをひしぎて
わがために きみの織りし
かぜのうすぎぬを
いわの戸として よそひては
かくしゑのもりの みえぬあざけりの
ほのほもこほる つぶてより
わがみを まもりてこしことの
おろかなるを いま
しひていはむとするもまた
おろかなりやととふは
われなるかそも
このむねに 月のごとゆるる
さんごのやいばの
いたき 血のしたたりの声にあるものか

まあた、ぐじぐじとちいせえことでなやみやがって…、なんて思うこともあるが、なかなかおもしろい、と画家さんは思っている。手品師さんは、詩人さんの詩に対して、いつも「整っている」という評をする。たとえば、たった一本の小さな釘のおかげで、手品のしかけが、寸分の狂いもなく全体として正しく動いていくことに似ているという。ふん。なるほど。で、画家さんは、詩人さんの使う言葉の、さんごだのうすあおい貝だのの、色彩感覚を刺激する言葉が好きだ。読んでいるとなんとなく、幻想的に美しい絵がうかんできて、描いてみたくなる。

けっこういいもんだ、とおもう。

「だが、もんだいは、だ…」と画家さんはためいきまじりに言う。

「こいつが売れれば、なんのしんぱいもいらないんだけどな…」

詩人さんの詩集は、将来、もっと売れるようになるかもしれない。けれど、その時にはもう、あいつはいないような気がする。

画家さんの胸を不安がよぎる。あいつが死んだら、誰にモデルをたのめばいいんだろう?

画家さんはくちびるをかみしめる。


★画家さんの絵

画家さんの個展は、けっこう盛況だった。たくさんの人が見に来てくれて、中には、この世界では結構名の知られている人が、こっそりと観にきていたりして、画家さんは少し緊張した。

画家さんの絵の魅力は、色調の整った愛を感じるやさしい絵から、まるで嵐のように色彩が躍る激しい絵までの振れ幅の大きさにある。大まかで荒いが、形のとらえ方がうまい。どんなにゆがんでいても、リンゴはリンゴに見える。まるで絵がリンゴの魂を吸い取ったかのように、リンゴの絵の中に、リンゴがある。

詩人さんが、画家さんの個展を見に来た。画家さんが詩人さんを迎える。詩人さんは自分がモデルになった絵の前に立ち止まって、ふと言った。

詩人さん「なんで花なんか持ってるんだ? 描いてた時、こんなもん持ってたっけ」
画家さん「そりゃ、花でも描かなきゃ、こんな変態男の絵、売れるわけないだろう」
詩人さん「誰が変態なんだ」
画家さん、口を滑らした。

実は画家さん、何度か詩人さんに画廊についてきてもらっているうちに、画廊の女主人に、妙な誤解をされてしまったのだ。

画家さんは、長身美形の熱血漢である。詩人さんは、長髪蒼顔の病人である。おまけにふたりとも女の子にはあまり興味がない。この二人が並んでいるところを見ると、特に女性は、ある種の想像をするらしい。

まことしやかなうわさが流れている町の中を、詩人さんはのんきに歩いている。その姿を見て、画家さんは、黙っていてやったほうが幸せだなと思う。迷惑なのは、画家さんも同じなのだが。詩人さんは、ある分野においては博学かつ繊細な感覚の持ち主なのだが、ある分野においては、鉄壁の鈍なのだ。つまり、女の子のことなんか、何にも知らない。

「へえ、いいね。これなんか、ゴッホのオリーブの林みたいだ」
「そりゃ山手の方の柿の林だ。あそこまで空を明るく描けない」
「ゴッホは絵の中で妖精があばれているのさ。だからとんでもない色になって、感覚が刃の噴水みたいになって吹き出てくる。この絵もどことなくそういうとこがあるよ」
「ふん、なるほどね」

詩人さんは西洋絵画に関する教養もあなどれないところがあるが、彼の感覚で絵を見るときの言葉には、画家さんの感性を強く刺激するものがある。

ところで、冒頭の詩人さんの絵、なんと、売れたそうである。それを聞いた時、詩人さんはなんとなくいやな予感がしたのだが、これには後日談がある。詩人さんは、ある日、散歩の途中で、その絵を買った、ある濃いファンの襲撃を受けたのだ。ショックを受けた詩人さんは寝込んだ。画家さんはリンゴを持って詩人さんを見舞った。寝床でうなっている詩人さんに、画家さんはやさしく、「リンゴむくか?」と言った。すると詩人さんは猛烈な勢いで起き上がり、「そんなことをするから、変な誤解をされるんだ!!」と叫んだそうだ。

(つづく)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ガラスのたまご・5

2015-02-06 06:35:48 | 瑠璃の小部屋

★詩人さんのかっこいいとこ

詩人ていえば、詩を書いてれば、詩人と言えると、思ってますか?

詩は、誰にでも書けるけれど、それだけで、詩人とは言えない。詩人さんは、詩人だ。だから、詩人なのだ。

詩人に必要なもの、それを知っていて、ちゃんと持っている。というか、勉強している。まじめにね。まじめなのが、詩人さんのいいとこだが、まじめにも、一応、区切りをおいとけよ、と言いたいほど、まじめなのだ。まあ、それだからこそ今、無職の暇人なのだけども。 

詩人に必要なのは、こころと、ことばだと、詩人さんは言う。具体的に言えば、教養だ。とにかく詩人さんは、たくさんのことを知っている。歴史、文学、芸術、哲学、信仰、愛、科学、神話、伝説、幻想、天文、地質、植物、動物、人間、神、道交法、刺繍のやり方、肉じゃがの作り方、洗濯物の分別法、タコ焼き機のナイスなメーカーの名前…

まあ、知識やことばを集めることは、趣味というかもう、呼吸だな。

詩人さんは詩人だから、詩を書く。そして詩の言葉で、言う。

読者よ、読書したまえ!!

詩人さんは子どもの頃から、読書家であった。なんでも興味を持ったものは、乱読していた。そういう地があるから、詩人ができるのだと、詩人さんは言うのだ。

だてに詩人を名乗っているわけではない。言葉を操るのは、詩人さんの情熱だ。心にある、言いたいことを、美しい隠喩に溶かし、炎のような直喩で突き、宝石や、星や、日や月や、砂漠の砂、菫色の空、緑の大地、ガラスの海、奈落の静寂、壊れた星のうめき、すべてを操って、いかにも、整った、正確な、言葉で、言い抜く。書き抜く。正鵠を、つく!!

ぴったりと、表現できたときは、快感だね!!

だから詩人さんは、画家さんに、言うのだ。

「君は、青空を焼きつけた、でっかい、岩だね」

だから詩人さんは、手品師さんに、言うのだ。

「君は、氷の中で、燃えている、藍玉の、炎だね」

実に、かっこいい!! 

詩人さんは、詩人なのだ。


★画家さんのかっこいいとこ

画家さんは、もともと、かっこいいが、もっと、かっこいいところがある。

絵を描く技術は当たり前。画家は絵を描くから、基礎はちゃんと学んでいる。かなり、勉強している。職業だからね。当たり前。技術があれば、絵は描ける。あとは、自分だ。

画家さんがかっこいいとこ。まずは、正義漢というとこだ。まっすぐなとこは、とにかくまっすぐだ。痛い奴には、文句があるなら、来いという。まあそれで、あんまり、売れてないんだけども。いろいろ、あるそうだ。世間とぶつかってね。女性は、別なようだけど。

女の子に好かれるのは、いいことだとは思うがね、画家さんは、黙ってよそを向く。そういうのは、苦手なのだ。

まあ、次に、かっこいいとこ。それは、胸が、ひろいということだ。背が高くて、実際に胸囲は大きいけれども、そういう意味じゃない。愛する時は、深く愛する。友達や、親戚や、知ってる人が、苦しんで、死にそうな叫びをあげている時、画家さんは、まっさきに飛んでゆく。

「大丈夫か!!」

倒れている人を、抱き上げる。そして、細やかに、世話をしてやる。その心と言ったら、やさしいとしか、言いようがないのだ。

そして画家さんは、本当に人を愛した時、心から、本当に、「愛している」というのだ。これは、画家さんにしか、できない。詩人さんは、詩で言う。手品師さんは、別の表現をする。画家さんだけだ。そのままの心を、胸の奥から取り出して、どっかりと、相手の前に、置くのは。

愛してる。おまえは、すごいやつだ。おまえは、いいやつだ!!

好きだよ、画家さん。たまらない。

だから、詩人さんは、画家さんに、自殺を考えたことは、言ってない。そんなことを言ったら、画家さんが、詩人さんを、どんなに深く愛するか、わからないからだ。

画家さんの、愛は、怖い。全てを包んでやろうとする。同じ痛みを、同じ量だけ、食べてやろうとする。抱きしめて、抱きしめて、抱きしめる。苦しい。

手品師さんは、そんな画家さんに、同じ男の匂いを、感じている。だけど、表現は違う。

画家さん、男だね!!

好きだよ!!


★手品師さんのかっこいいとこ

手品師さんの、かっこいいとこは、たくさんあるが、何よりも、怒ると怖い、ということである。

でも、滅多に怒らない。手品師さんは紳士で、人に対する態度もやさしく、とても親切だ。仕事では雄弁だが、友達の前ではいつも、静かに笑っている。

滅多に怒らない。めったに、おこらない。めっっっった、に、おこらない。

めったに、めったに、めーーーーーったに、おこらない。

手品師さんが怒ったらおしまいなのだ。

画家さんと詩人さんは、学生時代、手品師さんが怒ったところを、一回だけ、見たことがある。そのときのことは、あまり思い出したくない。

さすがの画家さんも、茫然とした。

詩人さんは目を閉じ、天を仰いで、アーメン、と言った。

おそろしいことが、起こったのだ。

どういうことが起こったのかって。はは。そんなこといえるわけないじゃないか。とんでもないことなんだ!ものすごいんだ!こんなの、あってたまるもんか!!

言いたくない。ほんとは。でも、こういうときは、詩人さんが役に立つ。詩人さんには、ひょうげんりょく、てのがあるからね。詩人さんのいうところによれば、それは、こういうことだったそうだ。

地べたに手をついて座り込み、額を土にぶつけて、

おみごとでございます!!

と叫びたくなるような、絶妙、かつ、正確なやり方で、がつんと、やったのだ。

暴力なんて必要ない。こわいのだ。手品師さんは…

友達同士で、会う時、手品師さんは時々、詩人さんを見て、微笑む時がある。詩人さんは、整ったきれいなことばで、自分の言いたいことを、正確に言ってくれるからだ。画家さんとは、あまり目を合わす必要はない。

だけど、手品師さんは、詩人さんが、「愛してる」っていう意味で使うことばを、まっっったく、同じ意味で、こういうのだ。

「馬鹿なやつは、死ね!!」

ご推察ください。賢明なる読者の皆さま。

こわいんです。

(つづく)




  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする