★詩人さんの今日
詩人さん、印字した自分の詩を読みながら、推敲しているところである。ワードで書いてるんだから、ワードで推敲したらいいと思うんだが、一度は紙に印刷された文字を見ないと、すっきりしないらしい。
実は詩人さん、このたび二冊目の詩集を出すことになった。
何が幸いするかわからないもので、例の嫌がらせをしていたファンが警察に捕まったことが新聞に載り、それがきっかけで、詩人さんの名前がいろんな人に知られて、詩集の売れ行きがよくなったそうなのだ。びっくりである。で、両親の後押しもあり、めでたく2冊目の詩集を出せることになったのだ。出版社の人の態度も、何か微妙に暖かい。
前は、いろんなきつい批評ももらったもんだけどな。自分の詩に対する批評には、詩人さんは、ほとんど耳を貸さないことにしている。一度、ある地方詩人の批評を真に受けて、しばらくの間、まったく詩が書けなくなったことがあったからだ。詩の世界ってのにも、結構ドロドロがありましてね。他人の詩に好意的な批評をするときは、たいてい、相手の方が、自分より下手だと思っているときなんです。これは、画家さんが言ったことだけど。絵の世界でもそういうことよくあるんだってさ。
自分は自分らしい詩を書くしかないよね。その点、詩人さんは自分の世界ってのを確かに持ってる。子供の頃から頭がよくて、秀才と言われた。それでいじめられたりしたこともあったんだけど。本を読むのが好きで、美しい言葉を読むのが好きだった。詩人さんは今も言う。まあ、詩人をやるなら、辞書と図鑑を合わせて20冊、それと聖書と論語と仏典の三種は持っていた方がいい。信仰じゃなくて教養のためだ。もちろん、聖賢の言葉はとても美しいし、生きるために役に立つ。日本でもギリシャでも北欧でもゲルマンでも、神話に関する教養はほどよく持っておこう。あと、大事だけど忘れがちなものがある。色だ。色彩辞典。これ、便利だよ。詩を書くときには。けっこう重要なことを教えてくれる。感情を表現するときには、色がとても大事だからさ。おすすめだね。今も売ってるかどうかわからないけど。
こういうとこがいやみにとられるのかなあ。ぼくはまじめに勉強してるだけなんだけどな。
詩人さんはため息をつく。ほんとにね。今の世の中、真面目に生きている奴のほうが、損するみたいだ。かといって、簡単にずるができるほど、詩人さんは強くない。
おっと。詩人さんは少しめまいを感じて、椅子に座った。退院して間もないからまだ、長いこと立っていると、くらりとするのだ。
「ふう。体力つけなきゃな」といいつつ、詩人さんはまた紙に印字した自分の詩を読む。いつものように、人間に甘くて、優しすぎて、きれいなだけだと、ある詩人に言われる詩を。
(つづく)