★菫色の空
詩人さんのお葬式には、たくさんの人がきてくれた。画家さんと手品師さんは驚いた。彼の詩集を胸に抱いた弔問客をたびたびとみる。鳥音渡は、二人が思っていた以上に、多くの人々の心に何かを投げ込んでいた。涙が止まらないといって、駐車場の隅でうずくまって泣いている人もいた。
静かな読経の声がきこえてくる。ふたりは棺の中でかすかに笑っている詩人さんに別れを告げた後、もうその場にいる気になれず、葬儀場の外に出て、駐車場の隅で話をした。
あいつ、骨になるんだな、と画家さんが言った。
もういないのか、と手品師さんが言った。
自分はしぶといって、言ってたくせに。言いながら、画家さんは空を見る。ああ、空が、菫色だ。
手品師さんも見上げる。ああ、ほんとうに、菫色だ。白い雲が流れている。
鳥音渡は、第二詩集を出版してまもなく死んだ。もう彼の、新しい詩を読むことはできない。
国境を越え 怒りをすて
すべてを…
うっと、声を飲み込んだのは手品師さんだった。画家さんは彼の肩をつかんだ。会話なんか、必要ない。ふたりには。
ああ
だれの胸にも 明日の鳥は鳴いている
やすらぎの卵の中で
ガラスの小さな卵の中で
もう明日は始まっている
鳥よ
君の故郷は空にあるのだ
鳥音渡は死んだ。鳥とともに、空に帰った。冬木忍は空を見上げた。目に涙が盛り上がる。一瞬、吠え声をあげそうになった。馬鹿野郎! 死ぬなっていっただろうが!!
それから一年が経った。
水谷光はセレスティーヌを連れて、外国に移り住んだ。活動拠点をそこにおいて、日夜新しいことに挑戦している。
冬木忍は、歌穂さんと結婚し、まあまあの暮らしをしていた。絵からの収入で、なんとか二人は食べていけたが、子供が欲しいからと言って、歌穂さんはパートに出て働いている。アトリエも、見違えるほどきれいになった。
時々、昔のスケッチブックを開いてみると、そこでピエロのまねをした詩人さんがポーズをとっていたりした。
あのころは、よかったな。おまえがいて、ひかるがいて、おれもいて。なんとなく一緒にいて、楽しかった。
画家さんはスケッチブックを置くと、アトリエの窓を開けて、空を見る。ああ今日も、菫色だ。空は。まるで透き通った菫の花を一面にしきつめたように、静かな香りが降ってきそうだ。渡。
「最高の人生が、待ってるってことさ!」
そうとも、最高だよ。俺は俺を生きてる。光も光を生きてる。けれどおまえは。
「さ、い、こ、う、の、人生だったか、渡!」
画家さんは思わず空に向かい、声を殺して叫んだ。
もちろん、最高さ。どこからか、詩人さんの声が聞こえたような気がした。
(つづく)