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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

ガラスのたまご・24

2015-02-25 06:42:24 | 瑠璃の小部屋

★菫色の空

詩人さんのお葬式には、たくさんの人がきてくれた。画家さんと手品師さんは驚いた。彼の詩集を胸に抱いた弔問客をたびたびとみる。鳥音渡は、二人が思っていた以上に、多くの人々の心に何かを投げ込んでいた。涙が止まらないといって、駐車場の隅でうずくまって泣いている人もいた。

静かな読経の声がきこえてくる。ふたりは棺の中でかすかに笑っている詩人さんに別れを告げた後、もうその場にいる気になれず、葬儀場の外に出て、駐車場の隅で話をした。

あいつ、骨になるんだな、と画家さんが言った。
もういないのか、と手品師さんが言った。

自分はしぶといって、言ってたくせに。言いながら、画家さんは空を見る。ああ、空が、菫色だ。
手品師さんも見上げる。ああ、ほんとうに、菫色だ。白い雲が流れている。

鳥音渡は、第二詩集を出版してまもなく死んだ。もう彼の、新しい詩を読むことはできない。

国境を越え 怒りをすて
すべてを…

うっと、声を飲み込んだのは手品師さんだった。画家さんは彼の肩をつかんだ。会話なんか、必要ない。ふたりには。

ああ
だれの胸にも 明日の鳥は鳴いている
やすらぎの卵の中で
ガラスの小さな卵の中で
もう明日は始まっている
鳥よ
君の故郷は空にあるのだ

鳥音渡は死んだ。鳥とともに、空に帰った。冬木忍は空を見上げた。目に涙が盛り上がる。一瞬、吠え声をあげそうになった。馬鹿野郎! 死ぬなっていっただろうが!!

それから一年が経った。
水谷光はセレスティーヌを連れて、外国に移り住んだ。活動拠点をそこにおいて、日夜新しいことに挑戦している。

冬木忍は、歌穂さんと結婚し、まあまあの暮らしをしていた。絵からの収入で、なんとか二人は食べていけたが、子供が欲しいからと言って、歌穂さんはパートに出て働いている。アトリエも、見違えるほどきれいになった。

時々、昔のスケッチブックを開いてみると、そこでピエロのまねをした詩人さんがポーズをとっていたりした。

あのころは、よかったな。おまえがいて、ひかるがいて、おれもいて。なんとなく一緒にいて、楽しかった。

画家さんはスケッチブックを置くと、アトリエの窓を開けて、空を見る。ああ今日も、菫色だ。空は。まるで透き通った菫の花を一面にしきつめたように、静かな香りが降ってきそうだ。渡。

「最高の人生が、待ってるってことさ!」

そうとも、最高だよ。俺は俺を生きてる。光も光を生きてる。けれどおまえは。

「さ、い、こ、う、の、人生だったか、渡!」

画家さんは思わず空に向かい、声を殺して叫んだ。

もちろん、最高さ。どこからか、詩人さんの声が聞こえたような気がした。

(つづく)



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ガラスのたまご・23

2015-02-24 07:05:34 | 瑠璃の小部屋

★アトリエにて

ある日、画家さんと手品師さんは、画家さんのアトリエで、話をした。手品師さんも画家さんもいろいろと忙しく、詩人さんが入院してからは、こうしてゆっくりと話ができる時間を持てたのは、初めてだった。

「ちょっとは掃除しろよ。このアトリエ。わたぼこりでマリモができそうだ」
「うるせえ。何がどこにあるかは大体わかってるから、別にいいんだよ」

手品師さんは何気なく、足元に落ちているスケッチブックを拾って、それを開いた。するとそこに、詩人さんをモデルにして画家さんが描いた素描があった。手品師さんは片目をゆがめて笑いながら言った。
「曲芸師じゃないんだから、変なポーズさせるなよ。ただ同然でやってもらってたのに」
「まあな。昔はよくふざけて、いろんな馬鹿なもん描いてたから」

アトリエの隅には、石油ストーブが燃えている。季節は冬だった。彼らは今日の午前中に病院の詩人さんの元を訪ねたが、詩人さんはもうほとんど意識はなく、ずっと眠ったままだった。ふたりは無言のまま、渡のお母さんに挨拶し、このアトリエに来たのだ。いつものカフェによる気にはなれなかった。確実に、三人のうち一人が欠けるとわかってから、ふたりはもうあのカフェには二度といけないような気がしていた。

「市立図書館の絵、見たよ」
「へえ、そう」
「君は絵で食っていける。お嫁さんももうすぐ来るんだろ?」
「まあな」
「そしたら、このアトリエも少しはきれいになるだろうね」

会話しながらも、ふたりの思いはぼんやりとした不安の霧の中を泳いでいる。
手品師さんが、ストーブの火を見つめながら言った

「あかつきの悲しみは 空を見る
 あかつきの喜びは 星を見る
あかつきの 淋しさは…」

「鳥を見る」画家さんが何かに操られるように言った。

詩人さんの二冊目の詩集が出たころ、詩人さんは死んだ。息を引き取る前、一度だけ意識が戻って、詩人さんは小さな遺言を、残してくれたそうだ。意味は、誰にもわからなかった。

…国境には、菫が咲いていたよ。

風は冷たかったけれど、桜のつぼみが、ゆるみ始めていた。

二冊目の詩集のタイトルは「菫色の空」だった。

(つづく)



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ガラスのたまご・22

2015-02-23 06:56:56 | 瑠璃の小部屋

★手品師さんの明日

手品師さんは、病院への道を、セレスティーヌといっしょに歩いていた。今日、そこに入院している詩人さんに、彼女を紹介するつもりなのだ。

「ヒカル。下ばかり見てる。苦しい?」セレスティーヌが若干舌足らずな日本語で言う。
「いや」手品師さんは重い心を抱いたまま、歩いていく。その足取りに、セレスティーヌは自分の歩調を合わせて、心のリズムを合わそうとしている。

詩人さんが入院したと聞いた日から、やっと三週間後、彼はセレスティーヌと一緒に休みを取ることができた。もう、あらかた、画家さんから話は聞いていた。

退院と言っても、病気が治ったわけではなく、残り少ない日々を、家で過ごさせてやりたいという彼の両親の気持ちを、医師が許してくれたのだそうだ。詩人さんは、前に入院した時、もうすでに、五十パーセントは、だめだと思ってくれと言われていたそうだ。本人はこのことを知らない。

病院の白い建物の、玄関前に、二人で立つと、手品師さんはしばし立ち止まって振り向き、空を見上げた。

ああ、菫色の空だ。よく詩人さんはいう。この青い空が、なぜか詩人さんには、菫色に見えるのだという。

きっとあいつには、この世界は、ぼくたちとは違うように見えているんだろう。手品師さんはそう思いながら、病院の玄関をくぐった。セレスティーヌは黙ってついていく。

教えられた病室を訪ねると、そこは個室だった。点滴の管を何本もつけて、疲れ果てて痩せた詩人さんが、白いベッドの上に横たわっていた。詩人さんは手品師さんの顔を見ると、できるだけ明るい声を出して微笑み、「やあ、ひかる!」と言った。ああ、この声。いつも、詩と一緒に心によみがえってくるこの声。何度も聞いたこの声。いつも何かあると聞きたくなる、この声。

手品師さんは、セレスティーヌの手をぎゅっと握った。セレスティーヌは何も言わず、笑って、詩人さんに挨拶した。詩人さんはもう、画家さんから彼女のことを聞いていたので、笑って言った。

「やあ、きれいな人だね。光はいつも一番いいのを見つけるんだ」

ほんとにもう。と手品師さんは思う。うっすらと笑顔を返しながら、返事ができない自分がもどかしい。代わりにセレスティーヌが、わざと変な外国語なまりを演じて、いった。

「はい、わたしこのひとのつま、なるひとよ。もうすぐけこんするの。わたる、よろこんで」

「うん、よろこぶよ。うれしい」

ぐ、と手品師さんは自分の喉が鳴るのを聞いた。あとにも先にも、自分を抑えるべきところで抑えることができなかったのは、手品師さんにとって、このときだけだった。

(つづく)




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ガラスのたまご・21

2015-02-22 07:37:37 | 瑠璃の小部屋

★画家さんの明日

画家さんは、今日、例の洋画家に紹介された娘さんと、二度目のデートをした。

娘さんは 歌穂さんといい、背がちいさくてかわいい女性だった。そんなに美人というわけではないけれど、どこか静かな明るい香りがして、ああ、愛に包まれて育ったんだなっていう、気持ちの良い空気をまとっている。

デートと言ってもね、画家さんのことだから、まあ、美術館に行って絵の説明をしてあげたり、動物園に行って、犬の骨格と猫の骨格の違いを教えたり、そんなのなんだが、歌穂さんはうれしそうに、うんうんとうなずきながら、画家さんの話を聞いている。画家さんと話ができるだけで、嬉しそうだ。

美術館にある喫茶で一緒にコーヒーやお茶を飲んでいると、会話がなくなって、歌穂さん恥ずかしそうにうつむいて、お茶のカップに目を落とす。その伏せた瞼や長い髪が、なんとなく詩人さんに似ていると、画家さんは思う。

そういえば前、ここに渡をつれてきたことがあったっけな。ある版画展があったとき。あのときはその版画展に、画家さんの嫌いな画家の作品が一点含まれていて、それを見にいったのだった。

「きらいなら別に見に行かなくたっていいだろう」詩人さんは言った。
「うるさい。とにかく見てみろ」画家さんは件の版画の小品を指さした。それはふくよかな女性と花を描いた小さな版画作品だった。画家さんはこの絵が大嫌いだという。一見きれいには見えるのだが。「おまえ、どう思う?」画家さんは詩人さんに聞いてみる。詩人さんは「そうだなあ…」といってしぶしぶ、版画に見入る。

「…そうだね。たしかに。なんてかな、人に見せたくない、下描きの線を隠してるって感じだね」
「そう! それだ!」
画家さんは思わず大声を出して言った。それなんだよ、おれがこいつの絵を見て気持ちが悪いって思うときがあるのは!!

詩人さんは上手い。本当に痛いところを上手について、言葉を整理して言ってくれる。それで画家さんはいつも、自分の感性が正しいと思うことができるのだ。

「あの…」
画家さんが思いにふけっていると、歌穂さんがおずおずと顔をあげて、声をかけてきた。ふと我に戻った画家さんは、「あ、なんです?」とやさしく言った。

「…い、いえ、なにも…」歌穂さんは頬を染めてまたうつむく。まいったな、と画家さんは思う。かわいいね。女の子ってのは。歌穂さんは、きれいな忍さんが、本当に好きなようだ。ただ、それだけのようだ。

デートは美術館でお茶を一緒して終わり。夕食の前に、彼は彼女を家に送り届ける。中古の軽自動車でね。

家に帰った画家さんは、夕食の親子丼を食べ、ゆっくりと風呂に入った後、パソコンの前に座り、メールを見た。詩人さんからメールが届いていた。

「明日から、また入院することになった。頭がくらっとしたと思ったら、いつの間にか病院にいてさ。救急車で運ばれたんだって。一度家に帰っていいって言われたからこれ書いてる。前と一緒の病院だから。また林檎でももってきてよ」

画家さんはびっくりした。
「おい、大丈夫かよ」

(つづく)




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ガラスのたまご・20

2015-02-21 06:30:23 | 瑠璃の小部屋

★詩人さんの明日

詩人さんは、新しい詩集の原稿を練り、何度か出版社の人とやりとりして、なんとか原稿をまとめ、入稿までこぎつけた。入院中に書いたたくさんの詩の山もあったので、そう時間はかからなかった。前の詩集のときより、すいすいと順調にできたな。表紙の絵を、画家さんが描いてくれたし、第2詩集は前よりも立派なものになりそうだ。話によると、もう予約を入れてくれている人もいるときく。詩人さんは、たぶんあの、ストーカー的な人たちではないかと思っているのだが、実は詩人さんのファン層は、結構広い。思わぬ人が手にして読んでいたりするのだが、そういうことは、詩人さんは知らない。

まあ、あとは出版社にまかせるだけだ。

すみれのそらに すみとほる
あまき吐息を 吹く口の
歌玉転ぶ 絹を織る
白き蚕の 鶴や鳴く

白き蚕の 鶴や鳴く

来たり来たりや 余は来たり
天よりたらす 絹の緒を
光と交じへ よりひねり
君の背骨の 木に結ぶ

君の背骨の 木に結ぶ

文語調の詩は、自己流だ。詩人さんは古語辞典を読んで、気に入ったことばを見つければ、上代語であろうが江戸後期の言葉であろうが時代を無視して取り上げ、自分の詩に組み込む。昔の言葉で詩を書くと、現代の言葉でははっきりと言えないことが言えるのだ。

この詩は何を歌っているのだと思う?もちろん詩人さんは説明しない。
七五調が快くて読みやすいね。

一仕事終えて、コーヒーを入れて一休みする詩人さんである。窓から外の風景が見える。顔をあげて窓から空を見ようとしたそのとき、ふと詩人さんの目の中で、風景が揺れた。

(つづく)



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ガラスのたまご・19

2015-02-20 06:39:27 | 瑠璃の小部屋

★詩人さんの結婚

ある日のことである。画家さんが詩人さんの家を訪ねた。ちょうど昼時だったので、詩人さんは画家さんと一緒に昼食をとっている。

「うめえな。この味噌汁。おまえがつくったの?」
「まあね。結構料理には凝ってるんだ。無職だし、家事くらいはやらないとね」
「だし、なにつかってんの」
「かつおぶしと昆布だよ。そっちの梅干しもぼくがつくったんだ。食べてみる」
「おお。けっこういけるな」
「本に書いてあったとおり作っただけさ。でも手間暇かけると、やっぱり味が違うよ」
「ふつう男が梅干しなんかつけるか?」
「余計な御世話だ。黙って食え」

うーむ。シャケの焼き加減も絶妙。画家さんはうなった。そしてつい、言ってしまった。
「いいなあ。こんなの毎日食いてえ。おまえ俺の嫁になんない?」
「…なんか言ったか?」
「いや? べつに」

詩人さん、平静を装って聞き流したが、腹の中で一瞬、ぶっ殺してやると思った。

食事が終わり、食器を片づけた後、詩人さんは居間でくつろいでいる画家さんに言った。
「で、どうしたのさ。なんかあったの?きみがぼくんとこにくるときは、たいていなんかあったときだ」
「ふん。まあね」
画家さんは天井を見ながら、明日のことを思った。画家さんは明日、あるホテルで、例の女性と会う約束をしている。気が乗らないのは仕方ない。けれど行かなきゃならない。約束を破るわけにはいかない。いろんな思いが画家さんの頭の中をよぎる。詩人さんに相談しても、どうにかなるもんじゃない。自分はいったい何をしに、こいつのとこに来たんだか。

画家さんが深いため息をつく。その横顔を見ながら、詩人さんはなんとなく、腹に砂を抱くような苦しさを感じた。何かを言ってあげなければいけないような気がするが、何を言ったらいいのかわからない。

「あかつきの悲しみは 空をみる か」画家さんがぽつりと言った。詩人さんが続けた。
「ああ、あかつきの喜びは 星をみる」
「あれ、なんて意味なんだ?」
「まいったな。自作の詩の解説なんて、詩人の仕事じゃないよ」
「おしえろ」

画家さんの強引な言葉に、少し眉をひそめる詩人さんである。困ったやつだな。何があったのか知らないけど。こういうときは、言うとおりにしてやった方がいいか。

少し考えたあと、詩人さんは答えた。
「最高の人生が待ってるって意味だよ」

画家さんがふと詩人さんを見た。詩人さんも画家さんの目を見た。画家さんの目の中で、何かが動いた。

「さんきゅー、わたる」
何分か経った後、画家さんはそれだけ言って、詩人さんの家を出ていった。
詩人さんはただ、ぽかんとしていた。

(つづく)




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ガラスのたまご・18

2015-02-19 06:58:22 | 瑠璃の小部屋

★画家さんの結婚

ある宵のことである。画家さんは、ある結構高名な洋画家と一緒に、ある居酒屋で酒を飲んだ。その洋画家は日本画の趣のある題材を緻密な筆で描く、少々変わった画家だった。画家さんの絵を認めてくれる数少ない画家のひとりだ。長身美形の忍さんも、この小柄な画家の前に出ると、こどものように小さくなってしまう。

洋画家はその席で、少し困った顔をしながら、遠慮がちに、君に、会ってもらいたい娘がいるといった。画家さんは驚いた。洋画家はカバンの中から一枚の写真を取り出して、画家さんに見せた。写真の中では、丸顔で色白の、髪の長い少女のような女性が笑っている。

「しかし、自分はまだ駆け出しで、画家としてもまだ生活が…」
「いやね、実は、この娘が、君でなければいやだと言うんだ」

画家さんは、ぐっと、言葉を飲み込んだ。洋画家は、ぜひ、一度だけ会ってくれと頭を下げる。断るわけにはいかない。けれども、会ってしまったら、絶対に、結婚しなければいけなくなるだろう。

結局画家さんは、その娘さんと会うことを約束しなければならなかった。

居酒屋を出て、洋画家に別れを告げると、画家さんは目をあげて、夜空の星を見た。

これが、世間ていうものか。これが、人生って、いうものか。

好きでも嫌いでもない女性と、長い人生を一緒に暮らす。それは今、画家さんにとって、まるで真っ暗な洞窟の中に入っていくようなことに思えた。

少し町を歩いて夜風に触れ、酔いを覚ました後、画家さんは携帯を出して番号を押した。
「はい、利根…」
「よう、わたる」
「なんだ君か。何か用? モデルならしばらく遠慮するよ」
「ばあか」
画家さんはそう言ったまま、しばらく沈黙した。電話の向こうで、画家さんの息遣いを聞きながら、詩人さんは直感的に、何かあったなと、思った。

「しのぶ」詩人さんは静かな声で言った。「だいじょうぶさ。君は強い」

画家さんは唇を噛んだ。噛みながら、空を見た。涙が流れるのを我慢しようと思ったけど、できなかった。

「ばかやろう。んなことはわかってるよ」そう言って、携帯を切った。

画家さんは携帯をポケットにしまうと、向かい風に向かって、歩き出した。

(つづく)



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ガラスのたまご・17

2015-02-18 06:49:51 | 瑠璃の小部屋

★手品師さんの結婚

手品師さん、ほかの二人には内緒だが、実は婚約者がいる。

かのじょの名前はセレスティーヌ。日仏混血のタレントである。何年か前から、彼の助手として一緒に舞台に立っている。手品師さんが魔法の箱から出す美女は、彼女である。

外国人の血が混じっているということで、彼の両親は少し渋っているのだが、手品師さんはいつか彼女と結婚するつもりでいる。もちろん彼女も。

なぜ彼が、彼女を選んだのか。後に画家さんが手品師さんに尋ねると、手品師さんはこう答えた。

「そりゃ、彼女が一番頭がよかったからさ」

うーん。女の子をほめる言い方としては、どうなのかわからないが、光らしいと、画家さんは思ったそうだ。

そう。セレスティーヌは頭がいい。手品師さんが、女の子よりも、仕事に恋する男だということを、一番先に見抜いた。そしてそれで、彼を好きになってしまった。外国人の母を持つ彼女は、彼に接近する術も、ほかの女性たちよりうまかったそうだ。

セレスティーヌは言う。「彼は人に尽くさせる男なの。でもそれでいいのよ。わたしは尽くしたい女だから。苦労なんて、母親をみていたらわかるわ」

見事だね。女の子って、すごいと思うときがあるよ。

まあとにかく、今現在、ふたりには彼女のことを話してはいない。もう少し、双方の両親と話をして、重要なことが決まってから、ふたりに彼女を紹介しようと手品師さんは思っている。

その時のことを想像すると、手品師さんはくすっと笑う。詩人さんの驚いた顔が目に浮かぶからだ。女の子が、世の中で一番苦手なんだよな、あいつ。

(つづく)




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ガラスのたまご・16

2015-02-17 07:13:53 | 瑠璃の小部屋
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★手品師さんの今日

飛行機から降り、師匠とスタッフに挨拶をすると、手品師さんはタクシーに乗って、自分のマンションに向かった。ふう。深いため息が口から出る。

世界は、広かった。自分を驚かせることのできるマジシャンが、あれほどにもいるとは思わなかった。手品師さんの心には、自分が演じた舞台よりも、ほかのマジシャンが演じた舞台の方が強く印象に残っている。

彼は真剣な目で、ほかのマジシャンの手つきや目線や、その裏を見ていた。簡単にタネを見破れる技は多かった。けれど、自分にはどうしてもわからないことをする人もいる。

「おもしろいな。世界は」手品師さんはつぶやく。そして彼の胸の中で、もう一つの夢が動き始めていた。

あかつきの悲しみは 空を見る
あかつきの喜びは 星を見る

ふと、詩人さんの詩の一節が頭に浮かんだ。

夜のとばりに描いた夢を
小さく語るのは 星が呟いた虹の光だ
君はそれに情熱する
世界はぼくのものだと
叫ぶのは誰だと
空が君を目指して 叫ぶ

あかつきの悲しみは 空を見る
あかつきの喜びは 星を見る

知らなかったろう!君は今まで
遠く夢に見ていた銀河の花が
君の目の中に炎のように咲いていたことを

あかつきの悲しみは 空を見る
あかつきの喜びは 星を見る

手品師さんは懐から携帯を出した。
指は自然に番号を押す。

「はい、利根です」
聞き覚えのある声が聞こえた。

(つづく)




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ガラスのたまご・15

2015-02-16 06:51:22 | 瑠璃の小部屋

★画家さんの今日

詩人さんが、詩の推敲を終えて一休みのコーヒーを飲んでいた時、画家さんから電話がきた。
「渡か? ちょっとアトリエにきてほしいんだけど」
「ええ? またモデル?」
「いや、今日は…」
画家さんは、渋る詩人さんをなんとか説得して、アトリエに来てもらうよう頼んだ。あの、例のホ○疑惑があって以来、詩人さんは画家さんのアトリエにはいきたがらないのだ。

でも画家さんの強引なとこには正直かなわない詩人さんなのである。何か重要な用でもあるんだろうと、のこのこと画家さんのアトリエに向かう詩人さんなのである。それほど遠くもないので、以前は気軽に通っていたのだが、今の詩人さんはやっぱり気が重い。画家さんの家へ向かいながらも、周囲の目が気にかかる。変なことを勘ぐられはしないかと。

そういう気分で、画家さんのアトリエについた詩人さんを待っていたのは、アトリエの壁にかけられた、大きな一枚の絵だった。一目見て詩人さんは言った。

「へえ、クレーだね。これ、モデルは光?」
「やっぱわかる。そう。あいつをイメージにしてみたんだけどな」
「いいじゃん、明るくて。これ自体ぱあっと光ってる感じがするよ。ほんとにヒカルだな」
「まあ、あいつはいつも光ってるからな」

そうそう、これなのだ、と忍さんは思う。画家さんは詩人さんのこの声がききたかったのだ。…へえ!いいじゃん!

「今度市立図書館が新築になるだろう。実はそこのホールに飾る絵、頼まれたんだ。これくらいの大作は結構金になるからな」
「タイトルはマジシャン?それとも手品師がいいかな?いや、魔法使いっていうのはどうだろう!」
「お、いい感じ」
絵を前にして楽しそうな二人である。

話しているうちに、また少し疲れを感じて、詩人さんはアトリエの椅子に座りこんで、深いため息を一つついた。その詩人さんの顔を見て、画家さんが言う。

「どうした? 顔が青いぞ?」
「いや、大丈夫だよ」
「すまん、まだ病み上がりだったな」

画家さんは、いいよと何度も遠慮する詩人さんを、家まで送っていった。「おぶってやろうか?」と本気で言う画家さんに、詩人さんはとんでもないと言った。二人で町を歩いているだけで、人に何を思われるかわからないのに。

「でも今日はいいもの見せてもらったよ。忍はすごいよ。あんな絵、誰にも描けない」
別れ際、詩人さんは言った。画家さんは嬉しかったが、それよりも詩人さんの顔の色が気になった。不安が胸をよぎって、ついまた、画家さんは言ってしまう。
「おまえ、死ぬなよ」

詩人さんは笑う。「わかってるよ」

(つづく)




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