球形ダイスの目

90%の空想と10%の事実

俺は枯れ草でもあなたのためならば

2010-02-24 | マジメな話
今日は仕事が紛糾の嵐になっている中暢気にも(?)教育があって
現場はより紛糾の嵐の様相を呈してしまったものの、
そこまでして行った教育ではとてもよい気分が味わえたので書いておく必要があるだろう。

教育内容
自我状態
 かなりの広がりを持つ内容ながら、かなり限定的に言えば話の腰の折り方と
 話の継続の仕方に関する話。
・自己実現に関し
 以下参照。



僕は院卒なので、社会人4年目なのにもう30近い年齢である。
月並みな表現を許してもらえるならとても忙しく、年食ってから振り返る分には
充実した時を過ごしているのだと思う。

今日の教育で学んだ成功者の条件が6つあったが、その中で自分が印象的だったのは
・協力者がいること
・健康であること
の2つ。あと4つは積極性とか、徹底したプラス思考とか、目標をもっているとか、
そういう誰でも思いつきそうなやつだったので大して印象的ではない。
上記の二つほど、とりわけ自分に欠けている心当たりがなかったと言ってもいい。

今日は前者の件について書きたい。

協力者がいること。
協力者には3種類の型があり
 ・Fan…考え方ややることに同意してくれる存在
 ・2つめ、なんだったか忘れた
 ・Sponser…成果に対して報酬を与える存在
があり、

協力者を得たければ何よりもまず他人を第一に仕事をするということ。
こうして書き下してしまうと、今日感じた感動が恐ろしく安っぽく思えてしまうが、
忙しい時期になって他の人に与えることを忘れてしまいがちになっている
今の自分にとっては、そんな言葉が、支えになった。

自分が努力する目的が、他の人に貢献するというよりも
自分の腕一本で生きていくということに集中していた自分を最近は強く感じていたから。

でも、普通のサラリーマンは他の人のために
自分を犠牲にする機会がやたら多い。時間から言えば多分一日の半分を超える。
恐らく仕事量が多ければ多いほど、
自分のために自分本位で働く時間の割合は減っていく。
よって、不満が多くなる。

自分の仕事がやれない。プライベートまでレベルを落としても
行きたい買い物にいけない、睡眠時間が足りない、趣味がやれない、
体がいっつも疲れていてリラックスしている時間がない。

自分のことばかり考えていると、社会人生活は本当に不満ばかりだ。
※誰かとの共同生活といってもいいかもしれないが。

しかしまぁ、今日終電まで残ったのも上司のためと思えば
多少気持ちは安らぐし、明日もどうせ終電になるのも同僚の、
或はお客さんの、ちょっとイメージが難しくなるが一般消費者のためとか思いさえすれば
救いが見えるような気もする。

自分本位で動いていたときに感じていたような、自分のやりたいことが他人によって
悲しいくらいに潰されていくときに感じる毒々しい敵意が多少は中和されてくれるだろうか。
協力者を得られないようなことをずっと続けていた俺、
自分という人間に対し客観的に思い入れを持って接していたのかどうか、ちょっとわからなくなってしまうのだった。
多分ここからがプロかヘボかの分かれ道。見誤りはしない。

ということで全く忙しいときに入りやがった教育ではあったものの、
僕としてはこうして共感と感動を認めることになった。
今日感じた暖かい気持ちを忘れないようにしながら30歳を迎えたいものだ。
コメント (2)
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