一月(いちぐわつ)
山嶺(さんれい)の雪(ゆき)なほ深(ふか)けれども、其(そ)の白妙(しろたへ)に紅(くれなゐ)の日(ひ)や、美(うつく)しきかな玉(たま)の春(はる)。松籟(しようらい)時(とき)として波(なみ)に吟(ぎん)ずるのみ、撞(つ)いて驚(おどろ)かす鐘(かね)もなし。萬歳(まんざい)の鼓(つゞみ)遙(はる)かに、鞠唄(まりうた)は近(ちか)く梅(うめ)ヶ香(か)と相(あひ)聞(き)こえ、突羽根(つくばね)の袂(たもと)は松(まつ)に友染(いうぜん)を飜(ひるがへ)す。をかし、此(こ)のあたりに住(すま)ふなる橙(だいだい)の長者(ちやうじや)、吉例(きちれい)よろ昆布(こんぶ)の狩衣(かりぎぬ)に、小殿原(ことのばら)の太刀(たち)を佩反(はきそ)らし、七草(なゝくさ)の里(さと)に若菜(わかな)摘(つ)むとて、讓葉(ゆづりは)に乘(の)つたるが、郎等(らうどう)勝栗(かちぐり)を呼(よ)んで曰(いは)く、あれに袖形(そでかた)の浦(うら)の渚(なぎさ)に、紫(むらさき)の女性(によしやう)は誰(た)そ。……蜆(しゞみ)御前(ごぜん)にて候(さふらふ)。
(泉鏡花「月令十二態」~青空文庫より)
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