「月の宿」という用語は日本国語大辞典・第2版では、『無言抄』(1598年)からの例を早い用例として挙げていますが、もっとさかのぼる用例が複数あります。
秋の田のつゆしくとこのいなむしろ月のやどとももるいほりかな
(続後撰和歌集、巻第六・秋中、362、後鳥羽院下野)
『新編国歌大観 1』1983年、角川書店、395ページ
夜もすがら露もよすがにむすばれて月のやどなるしののかり庵
(38・文保百首、藤原為実、秋二十首、2342)
『新編国歌大観 4』1986年、角川書店、528ページ
「月の宿」という用語は日本国語大辞典・第2版では、『無言抄』(1598年)からの例を早い用例として挙げていますが、もっとさかのぼる用例が複数あります。
秋の田のつゆしくとこのいなむしろ月のやどとももるいほりかな
(続後撰和歌集、巻第六・秋中、362、後鳥羽院下野)
『新編国歌大観 1』1983年、角川書店、395ページ
夜もすがら露もよすがにむすばれて月のやどなるしののかり庵
(38・文保百首、藤原為実、秋二十首、2342)
『新編国歌大観 4』1986年、角川書店、528ページ
「端午の節」という用語の用例として日本国語大辞典は「公事根源」〔1422年頃〕を早い例として挙げており、それよりもさかのぼる用例があると、2017年5月6日のブログに投稿しましたが、更にもう少々さかのぼる用例を発見しました。
(裏書)「五日、天陰、霖雨頻甚、端午之節也、幸甚幸甚、伝聞、三位家時卿亭白波乱入云々、此間過法歟、」
(民経記・安貞1年5月5日条(113ページ)~東京大学史料編纂所HPのデータベースより)
「童形(どうぎょう)」という単語は、日本国語大辞典によると、語釈が二つありますが、いずれも「吾妻鏡」にさかのぼる用例があります。
語釈① まだ結髪していない子ども。また、その姿。稚児姿(ちごすがた)。『平家物語』(13C前)用例
廿一日、癸巳、筥根ノ児童等、召に依りて去夜参著す、是来月三日鶴岡の舞楽勤仕の為なり、童形八人、増寿、筥熊、寿王、閉房、楠鶴、陀羅尼、弥勒、伊豆石丸等なり、(略)
(吾妻鏡巻第九、文治五年二月二十一日)
『吾妻鏡 二(岩波文庫)』龍肅訳注、岩波書店、1940年、177~178ページ
語釈② 貴人の元服前の称。『東寺百合文書‐を』弘安一〇年(1287年)一一月一八日「四辻宮入道善統親王譲状案」用例
十一日、甲子、未剋、南御堂柱立なり。武衛監臨し給ふ、此間、西海の飛脚參じ、平氏討滅の由を申す、廷尉一巻記を進ず、是去月廿四日、長門國赤間關海上に於て、八百四十餘艘の兵船を浮べ、平氏又五百餘艘を艚ぎ向けて合戰す、午尅、逆黨敗北す、
(略)
一生虜人々、
前内大臣 平大納言〈時忠〉、右衛門督〈清宗〉、前内藏頭信基〈疵を被る〉、左中將〈時實、同上〉、兵部少輔尹明 内府子息六歳の童形〈字は副將〉、 (略)
(文治元年四月十一日)
『吾妻鏡 一(岩波文庫)』龍肅訳注、岩波書店、1939年、180~181ページ
十八日 庚寅 北条殿ノ三男〈十五歳、〉御所ニ於テ、首服ヲ加ヘラル。秉燭ノ程、西侍ニ於テ此ノ儀有リ。武州駿河ノ守広綱、遠江ノ守義定、参河ノ守範頼、江間殿、新田ノ蔵人義兼。千葉ノ介常胤、三浦ノ介義澄、同キ十郎義連、畠山ノ次郎重忠、和田ノ太郎義盛、岡崎ノ四郎義実、小山田ノ三郎重成、八田ノ右衛門ノ尉知家。足立右馬ノ允遠元、工藤庄司景光、梶原平三景時、土肥ノ次郎実平。宇佐美ノ三郎祐茂、著座ス。〈東上〉 二品出御シタマフ。先ヅ三献。江間殿、御酌ヲ取ラシメ給フ。千葉ノ小太郎成胤、相ヒ代ツテ之ヲ役ス。次ニ童形、召シニ依テ参進ゼラレ、御前ニ蹲踞シタマフ。次ニ三浦ノ十郎義連ニ、加冠タルベキノ由ヲ仰セラル。義連頻ニ敬屈ス。頗ル辞退ノ気有リ。重ネテ仰セニ曰ク、只今上首、多ク祗候スルノ間、辞退一旦然ルベシ。但シ先年、三浦ニ御出ノ時、故広常ト義実ト諍論ス。義連之ヲ宥ムルニ依テ、無為ナリ。其ノ心操尤モ感ジ思シ食サレキ。此ノ小童ハ、御台所殊ニ憐愍シ給フノ間、将来ニ至ルマデ、館方人タラシメンガ故ニ、計ラヒ仰セラルル所ナリ。此ノ上子細ニ及バザルナリ。小山ノ七郎朝光、八田ノ太郎朝重、脂燭ヲ取リ進ミ寄ル。梶原源太左衛門ノ尉景季、同キ平次兵衛ノ尉景高、雑具ヲ持参ス。義連加冠ニ候ズ。名字〈時連五郎ト云云〉。今夜加冠ノ役ノ事、兼日ニ定メラレザルノ間、思ヒ儲クルノ輩、多ク当座ニ候ズト雖モ、御計左右ニ能ハザル事カ。
(吾妻鏡【文治五年四月十八日】条~国文学研究資料館HPより)
「たける(長・闌)」という単語には「季節が、その盛りを過ぎる。その季節が終わりに近づく。」という語釈があり、日本国語大辞典では、和漢朗詠集(1018年頃)の例を早い用例として挙げていますが、もっとさかのぼる用例があります。
杜鵑(とけん)の啼序(ていじょ)春将(まさ)に闌(た)けむとし、
(頭注:ほととぎすのなくべき時がやって来て、春は盛りを過ぎようとしている)
杜鵑啼序春将闌。
(文華秀麗集、23・敬和左神策大将軍春日閑院餞美州藤大守甲州藤判官之作一首、巨識人)
『日本古典文学大系69(懐風藻 文華秀麗集 本朝文粋)』小島憲之校注、岩波書店、1964年、215~216ページ
秋欲闌閨門寒
秋闌(た)けなんとして 閨門(けいもん)寒し
秋もふけようとして閨(ねや)の入口のあたりは寒い
(経国集、奉和擣衣引、惟氏)
『王朝漢詩選(岩波文庫)』小島憲之編、岩波書店、1987年、261ページ
「端午の節」という用語の用例として日本国語大辞典は「公事根源」〔1422年頃〕を早い例として挙げていますが、もっとさかのぼる用例があります。
五日△甲辰△(略)夜ニ入テ御所ニ於テ、和歌ノ御会。端午ノ節ヲ賞ゼシメ給フカ。
(国文学研究資料館HP・古典選集本文データベースより、吾妻鑑の寛元二年五月五日条)