牛込日乘

日々の雜記と備忘録

Truman Capote "In Cold Blood" (1965)

2007-06-24 23:55:37 | Book Review

 定例の読書会でカポーティー『冷血』を読む。

 1959年の11月のある日曜の朝、カンザス州の片田舎にあるホルコムという村で、敬虔なプロテスタント信者で裕福な農場経営者であるクラッター氏の一家四人が、何者かによって惨殺されているのが発見された。人望も厚く飲酒以外には他者にも寛容な彼に、殺すほどの怨恨を持つ者がいるとは考えられない。犯人(あるいは犯人たち)は周到に痕跡を消して逃走したため、捜査に当たるアルヴィン・デューイ刑事らKBI(カンザス州捜査局)のチームは手がかりを求めて奔走する。

 28歳の元塗装工ディックは、刑務所に入っているときに同房者フロイド・ウェルズから耳寄りな情報を聞く。彼がかつて働いたことのあるカンザスの小村の農場主が、自宅の事務所に大金の入った金庫を持っているというのだ。ディックは、既に出所しているかつての受刑者仲間ペリーと組んで、仮釈放されたらすぐにその農場主の家を襲うことを計画する。なにしろペリーは「生まれついての殺人者」だ。目撃者はすべて消さねばならない。そして、そのターゲットとなる者の名前は――ハーブ・クラッターであった。

 デューイたちの必死の捜索にもかかわらず、犯人の行方は謎に包まれていた。手掛かりのないまま焦燥の日々を送る彼に、突然有力な情報が届く。カンザス州刑務所のある服役囚が、懸賞金にひかれて犯人と被害者の両方を知っていると申し出たのだ。その男、ウェルズが明らかにした名前はディック・ヒコック。犯行後、メキシコからカンザス、マイアミと逃避行を続けていた彼と相棒のペリー・スミスは、ついにラス・ヴェガスで捕らえられた。

 取り調べが進み、ペリーの口から凄惨な殺害の様子が語られる。しかし、彼は言う。「クラッター氏はいい人だと思う。俺は彼を傷つけたくなかった」「でも、彼は代償を払うために死ななければならなかった」――白昼夢の世界に生きるペリーに精神科医が下した診断とは。裁判の中で明らかにされるディックの犯行の本当の目的とは。そして、地元から選ばれた陪審員たちは、最終的にどのような判決を下すのか。最後にそれらが明らかにされた後に読者に残されるのは、「冷えた血」を持っているのはいったい誰のことなのか――という疑問である。

 事件自体は半世紀も前のことであり、この作品がなければ米国民にすら全く忘れ去られていてもおかしくはない。日本においてもこれに勝るとも劣らない凶悪犯罪はいくらでも起こっているし、これからも起こるだろう。しかし、当事者たちにとって事件はたった一つの、それぞれの人生を襲った個別の体験でしかあり得ない。無理矢理な結論を導き出して一般化するのではなく、あくまでも事象の一回性に迫っているが故に、この作品は広く、深い普遍性を持つのだと思う。最大の読みどころは、必ずしも幸福ではない人生を送ってきたディックとペリーの――というよりペリー・スミスの――精神史だ。さまざまな角度から繰り返し語られる彼の短い生の断章は、こうして記録さえされない無数の人生の存在に思いを至らせる。

***
Truman Capote "In Cold Blood" (1965)

In Cold Blood: A True Account of a Multiple Murder and Its Consequences (Vintage International)

edition: Vintage Books (1994)


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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
面白そうですね (キムリー)
2008-03-26 06:03:01
読んでて「冷血」面白そうね。読もうかしら。

という気分になりました。読んでなかったから。
で、「心臓を貫かれて」を読んで、面白かったことも思い出しました。
「心臓に~」も一読する価値はあると思いますよ多分。

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心臓を… (牛込散人)
2008-03-27 00:20:53
…は妻が買った訳書が家にありました。「冷血」を読んだという話は最近ちらほら聞きます。大古典の地位を確立しつつある感じです。

映画『カポーティ』も後でビデオで観てみました。これは「冷血」を執筆するプロセスを追ったものですが、読んでから観ると内容がよりよく分かるだけでなく、“作家(にしかなれない人間)の業”について思い知らされます。

…凡人でよかった(たぶん)。
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フリップ・シーモア・ホフマン (キムリー)
2008-03-27 20:41:44
映画「カポーティー」見に行かなかったけれど
カポーティー役のフリップ・シーモア・ホフマン!
外見がカポーティーそっくりになってたわね。

ちなみにあの人、偉大なる失敗作(笑)「マグノリア」で、
おいぼれじいさんの自宅ケアで、看護師役してた人ですよ。
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