牛込日乘

日々の雜記と備忘録

松本清張『象徴の設計』(文春文庫)

2007-07-15 23:59:50 | Book Review

 松本清張『象徴の設計』読了。明治の元勲・山県有朋が一八八二(明治一五)年に軍人勅諭を制定し、近代日本の黎明期において陸軍を天皇の軍隊として成立せしめる過程を描いた作品。それから六十余年の歳月を経た後に、周知の通り帝国陸軍は崩壊した。

 いまだに代議士諸公は天皇制について皇室の尊厳などと馬鹿げきったことを言い、大騒ぎをしている。天皇制というものは日本歴史を貫く一つの制度ではあったけれども、天皇の尊厳というものは常に利用者の道具にすぎず、真に実在したためしはなかった。
 藤原氏や将軍家にとって何がために天皇制が必要であったか。何が故に彼等自身が最高の主権を握らなかったか。それは彼等が自ら主権を握るよりも、天皇制が都合がよかったからで、彼等は自分自身が天下に号令するよりも、天皇に号令させ、自分が先ずまっさきにその号令に服従してみせることによって号令が更によく行きわたることを心得ていた。……
 それは遠い歴史の藤原氏や武家のみの物語ではないのだ。見給え。この戦争がそうではないか。実際天皇は知らないのだ。命令してはいないのだ。ただ軍人の意志である。……
 ……しかもその軍人たるや、かくの如くに天皇をないがしろにし、根底的に天皇を冒瀆しながら、盲目的に天皇を崇拝しているのである。ナンセンス! ああナンセンス極まれり。しかもこれが日本歴史を一貫する天皇制の真実の相であり、日本史の偽らざる実態なのである。 ――坂口安吾『続堕落論』(一九四六年)

 坂口安吾が指摘した構図は言うまでもなく今でも健在で、最近極端に右傾化しているネット上やジャーナリズムでの言説に触れるにつけ、テクノロジーの進化は人間をちっとも利口になどしないことがよくわかる。

 『象徴の設計』には、板垣退助の自由民権運動や秩父困民党事件に代表される反体制運動を、密偵を巧みに使いながら失敗に追い込む山県有朋の執拗な弾圧政策も詳しく描かれている。不況や重税に対する国民の不満を、政府でなく朝鮮半島や中国に目を向けさせることで解消するというメディア操作も、すでにこの時代からおこなわれているのである。

 初出=「文藝」一九六二年三月号~六三年六月号
 単行本=一九七六年十一月(文藝春秋)

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象徴の設計 (文春文庫)

松本清張『象徴の設計〔新装版〕』(文春文庫、2003)


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