雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第八十七回  

2015-07-24 10:34:54 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 十三 )

夜が更けてゆくにつれて、嵐山の松風が雲居に響く音も物寂しい上に、浄金剛院の鐘の音がここまでも聞えて参るのです。

御祝宴もたけなわの中、御所さまが、『都府楼はおのづから・・・』とかいう朗詠を始められますと、皆さま感興は極まって座が静かになりました。すると、大宮院の御方から、
「ただ今、盃はいずれにありますか」
とお尋ねになられました。
新院の御前にございますとお答えがありますと、盃のある新院の朗詠で御酒をいただこうとの御意向でしたので、新院は畏まっておられましたが、御所さまがお盃とお銚子とを持って、母屋の御簾の中にお入りになり、大宮院の御方に一度お勧めした上で、『嘉宸令月歓無極・・・』と朗詠され始めますと、新院も御声を合わせられました。

大宮院は、
「年寄りの憎まれ口を申しましょう。
私はこの濁世の末世末代に生まれたのは悲しいことだとは申せ、もったいなくも后妃の位について、両上皇の親として、二代にわたっての国母であった。齢はすでに六十を超え、この世に思い残すところはない。ただ次の世で、九品のそれ以上がないくらいを望むだけであるが、今宵の御楽は上品蓮台の暁の楽の音もこのようなものかと思われ、今の御声は、極楽の迦陵頻伽(カリョウビンガ・極楽にいるという鳥)の御声もこれ以上ではありますまいと思うにつけても、願わくば今様を一返拝聴して、今一度御酒をあがりましょう」
と申されて、新院をも御簾の内に入られるよう申されました。

春宮大夫が御簾の側に召されて、小几帳を引き寄せて、御簾を半ばまで上げられました。
『 あはれに忘れず 身に染むは
  忍びし折々 待ちし宵
  頼めし言の葉 もろともに
  二人有明の 月の影
  思へばいとこそ 悲しけれ 』
と、両上皇が歌われましたのは、何にたとえることも出来ないほど情緒溢れるものでございました。

最後は、酔い泣きでしょうか、次々と昔の話などが出て来まして、皆様しんみりとなされ、やがて退出されて行きました。
御所さまは大井殿にお戻りになられることになり、新院も同じ御所にお泊りになるご様子でした。
春宮大夫実兼大納言殿は、その場の雰囲気を察せられてか退出されました。
御所さまには、まだ若い殿上人が三人ばかり伺候されているだけですので、姫さまも退出するわけには参りませんでした。 

     * * *



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