雅工房 作品集

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親の心子知らず ・ 今昔物語 ( 20 - 33 )

2024-06-22 08:18:06 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 親の心子知らず ・ 今昔物語 ( 20 - 33 ) 』


今は昔、
武蔵国多磨郡鴨の郷(所在地不詳)に、吉志火丸(キシノヒマロ)という者がいた。その母は、クサカベノマトジ(日下部真眉か?)である。

聖武天皇の御代に、火丸は筑前の守[ 欠字。人名が入るが不詳。ただし、このあたり原話から誤訳しているらしい。]という人について、筑前国に行き、三年を過ごしたが、その母も火丸について行ったので、その国で母を養っていた。
火丸の妻は本国に残って留守宅を守っていたが、火丸は妻が恋しくなり、「自分は妻のもとを離れて久しく会っていない。しかし、許可が下りないので本国へ行くことが出来ない。されば、この母を殺して、その服喪の期間に許可を得て本国に行き、妻とともに過ごそう」と考えた。

この母は、慈悲の心があり、常に善行積んでいた。
ある時、火丸は母に、「この東の方角の山の中に、七日の間法華経を講ずる所があります。行って聴聞なさい」とすすめた。
母はこれを聞いて、「それは私が願っている所です。早速に行かせていただきます」と言って、信仰心を起こし、湯を浴び身を清めて、火丸と共に出掛け、遙か遠くまで出掛けたが、仏事を営むような山寺は見当たらなかった。

やがて、人里を遙かに離れた所まで来ると、火丸は母を睨みつけ、恐ろしげな顔つきになった。
母はその顔を見て、「お前は、どうしてそのように恐い顔をしているのですか。もしかすると、鬼でも乗り移ったのですか」と言った。
すると、火丸は刀を抜いて母の首を切ろうとしたので、母は、子の足もとにひざまずいて言った。「人が樹を植えるのは、果実を得たり、その木陰で休むためです。子を育てるのは、子の力によって養ってもらうためです。それなのに、どうしてわたしの子は思いと違って、わたしを殺そうとするのですか」と言った。
火丸は、母の言葉を聞いても思い止まろうとせず、なおも殺そうとするので、母は、「これ、しばらく待ちなさい。わたしは言い残しておくことがあります」と言うと、着ている着物を脱ぐと、三つに分けて置き、火丸に「この一つを嫡男であるお前にあげます」と言い、「もう一つは、わたしの次男であるお前の弟に渡して下さい。そしてもう一つは、末の子の弟に渡して下さい」と遺言したが、火丸はなおも刀で以て母の首を切ろうとした。

その時、突然地面が裂けて、火丸はその穴に落ち込んだ。
母はそれを見ると、火丸の髪を捕まえて、天を仰いで泣く泣く言った。「わたしの子は、鬼に取り付かれたのです。これがこの子の本心ではありません。どうか天道様、この子の罪をお許し下さい」と。
しかし、いくら叫んでも、火丸は穴に落ちて行ってしまった。母が捕らえていた髪は抜けて、母の手に握られたまま残った。 
母は、その髪を持って、泣く泣く家に帰り、子のために法事を営み、その髪を箱に入れて仏前に置き、謹んで諷誦(フジュ・経文などを声を出して読誦すること。)をしてもらった。母は慈悲の心が深いので、自分を殺そうとした子を哀れんで、その子のために善根を積んだのである。

これでよく分ることは、不幸の罪を天道は明らかに憎まれるのである。世の人はこの事を知って、親を殺すようなことはあるまいが、ひたすら心から父母に孝養を尽くし、決して不幸をしてはならない、
となむ語り伝へたるとや。

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