雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

歴史散策  神武登場 ( 9 )

2015-09-01 08:35:27 | 歴史散策
          神武登場 ( 9 )

豊玉毘売

さて、器についている玉を見ると豊玉毘売は下女に尋ねた。
「もしか、誰か外にいるのですか」
「人がいて、私どもの井戸の辺りにある桂の木の上にいらっしゃいます。たいへん立派な青年です。我が王にもまして、たいへん高貴な方と思われます。それで、そのお方が水を求めたので差し上げますと、その水を飲まずに、この玉を吐き入れたのです。これは、離すことが出来ません。それで入ったままにして持ってきて差し上げたのです」と、下女が答えた。

豊玉毘売命は不思議なことだと思い、外に出てその姿を見ると、たちまち惹きつけられて、目くばせをして、その父に申し上げた。
「わが家の入り口に立派な人がいます」と。
娘の言葉に、海の神は自ら出て行って、火遠理命(ホオリノミコト)を見ると、「この人は、天津日高の御子、虚空津日高(ソラツヒタカ)だ」と言って、すぐに家の内に連れて入り、アシカの皮の敷物を幾重にも重ねて敷き、さらにその上に絹の敷物を幾重にも重ねて敷き、その上に座らせて、たくさんの台を並べてご馳走し、すぐに娘の豊玉毘売と結婚させた。
火遠理命は、三年になるまでその国に住んだ。

やがて、火遠理命は、その国にやって来た最初の目的を思い出して、大きなため息を一つついた。
すると、豊玉毘売命はそのため息を聞いて、父に言った。
「火遠理命は、この国に三年住んでいますが、その間は一度もため息をつくことなどなかったのですが、昨夜は大きなため息を一つしました。もしかすると、何かわけがあるあるのでしょうか」と。
そこで、父である海の神は、婿となっている火遠理命に尋ねた。
「今朝、私の娘が言うのを聞くと、『あなたは、三年いらっしゃって、いつもはため息などついたことがないのに、昨夜は大きなため息をつきました」とのことです。もしかすると、何かわけがあるのでしょうか。また、あなたがこの国にやって来たのは、何かわけがあってのことではなかったのでしょうか」と。
火遠理命は、兄の釣り針を失くし、そのことで兄に責められていることを詳しく話した。

それを聞いて、海の神は海にいる大小さまざまな魚をことごとく集めて尋ねた。
「この中に、その釣り針を取った魚はいないか」と。
すると、多くの魚が、「最近、鯛が『のどに骨が刺さって、物が食べられない』と嘆いています。きっと、その釣り針を取ったのでしょう」と答えた。
そこで、鯛ののどを探ると、釣り針があった。すぐに取り出して洗い清め、火遠理命に差し上げたが、その時、海の神である綿津見大神(ワタツミノオオカミ)は火遠理命に、
「この釣り針をその兄にお渡しになる時、「この釣り針は、ぼんやりの釣り針・怒り狂う釣り針・貧しい釣り針・愚かな釣り針(いずれも呪いの言葉らしい)』と言って、後ろ手に与えなさい。そして、その兄が高地に田を作ったら、あなたは低地に田を作りなさい。その兄が低地に田を作ったら、あなたは高地に田を作りなさい。私は水を支配しますから、きっとその兄の方は収穫が少なくて貧しくなるでしょう。
そして、そのような状態を恨んで戦を仕掛けてくれば、塩盈球(シオミチノタマ)を取り出して溺れさせなさい。もしも、そのような状態を嘆いて赦しを求めてくれば、塩乾珠(シオヒノタマ)を取り出して生かしなさい。このようにして、困らせ苦しめなさい」
と言って、塩盈珠・塩乾珠の二つを授けた。

そして、すべてのワニを集めて、「今、天津日高の御子、虚空津日高が、上つ国においでになろうとしている。誰が幾日でお送りし復命することが出来るか」と尋ねると、めいめいがそれぞれの身の丈に応じて日数を申す中で、一尋(ヒトヒロ)ワニが、「私は、一日で送って帰ってくることが出来ます」と申し出た。
そこで、海の神は一尋ワニに、「それならば、お前がお送り申し上げよ。もし海原の真ん中を渡る時には、恐ろしい思いをさせないようにせよ」と命じられ、すぐにそのワニの背中に火遠理命を乗せて送り出した。
一尋ワニは、約束通り一日の内に送り届けた。そして、そのワニが帰ろうとした時、火遠理命は身に帯びていた紐付きの小刀をほどいて、ワニの背中に結び付けて帰した。
そのようなことから、その一尋ワニは、今、佐比持神(サヒモチノカミ・佐比は刀の意。)というのである。

火遠理命は、海の神に教えられた通りにして、その釣り針を兄の火照命(ホデリノミコト)に返した。
それから後、火照命はどんどん貧しくなり、さらに荒々しい心を持つようになり、火遠理命を攻めようとした。そして、まさに攻めかかろうとした時に、火遠理命は塩盈珠を取り出して溺れさせた。そして、火照命が嘆いて赦しを請うと、塩乾珠を取り出して救った。
このように、困らせ苦しめたところ、火照命はぬかずいて、「私は、今から後は、あなたの昼夜の守護人(マモリビト)としてお仕えします」と申し上げた。
それで、今に至るまで、その溺れた時の様々なことを伝えて、お仕えしているのである。
( 前に、火照命は隼人の阿多君の祖先である、と記されている。)

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