雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

中関白家の悲哀 ・ 望月の宴 ( 121 )

2024-09-28 08:22:18 | 望月の宴 ④

     『 中関白家の悲哀 ・ 望月の宴 ( 121 ) 』


彰子中宮に若宮(敦成親王)が誕生なさったことは、道長殿にとっては、まことに待望の慶事でございました。ご出産にあたっての様々な御祈りや、御誕生後の御行事のどれもこれも、先例を見ないほどの豪華にして御心を尽くされたのも当然のことと申されましょう。
しかも、この慶事は、道長殿にとりまして、また彰子中宮にとりましても、さらなる御繁栄への始まりでもありました。


さて、若宮(敦成親王)のまことに際立った美しさは、山の端からさし昇った望月などのようでいらっしゃるのを、帥殿(ソチドノ・故道隆の子、伊周。故定子皇后の兄。)の一門の人々は、胸がつぶれんばかりに大変な事だとお思いになって、人知れず長年御心の内で描いていた事どもも、すっかり当てが外れてしまったように思われ、
「やはり、この世においては、世間から物笑いにされて終る身であったようだ。まことに情けないことだ。思いがけなくすばらしい夢など見て(定子が敦康親王を儲けたこと)からは、これから先は望みをかけたが、『異なることなき人の例の果て見て(格別な事のない人でも、最後まで見て初めて平凡であったかどうか分る・・当時の諺か?)』などと世間では言っているのだから、いくらなんでもと、そのまま精進や斎戒で過ごし、ひたすら仏神をお頼みしてきたが、今となってはこれまでの定めであるらしい」と、御心の内で嘆かれるお気持ちになられ、「あてにもならない事に頼みをかけて世を過ごすのは、たいそう見苦しいことなど出てきて、いよいよ生きがいのない有様に追込まれるに違いない。どうしたものか」などと、御叔父の明順、道順(アキノブ、ミチノブ・高階氏。伊周の母方の叔父。)らに相談なさる。

「たしかに世の有様は、おっしゃる通りです。そうだといって、ほかにどうすることが出来ましょうか。ただ御命だけご無事であるようにと、その事だけをお頼みしていくしかありません」などと、しみじみとしたあれこれを涙ながらに申し上げるので、帥殿も、「こうして、何することなく罪業を積み重ねていくというのも、全くつまらないことであろう。物の因果の道理を知らない身でもないのだから、何事を期待しているのかと思うと、たいそう虚しいことだ。やはり、今となっては出家して、しばらく修行して、せめて後世の安楽を願うことにしようと思うにつけても、一途に発起した道心でもないので、山林に住んで経を読み修行をしても、俗世の事などを忘れてしまえそうもない。そのように様々な俗縁にまつわれながら、念誦や読経を行っても何の甲斐があるのだろうかと思うと、まだ、とても決心がつかないのだ」などと言い続けられる。たいそういたわしいことである。
中納言(伊周の弟、隆家。)、僧都の君(同じく、隆円)なども、世の中に対しては同じ思いではあるが、それほど深くお考えにならず、気軽そうに見受けられる。
この殿(伊周)だけは、万事において世の流れに絶えず心を痛められているご不運なので、いっそうおいたわしいことである。

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