雅工房 作品集

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強欲な国守 ・ 今昔物語 ( 20 - 36 ) 

2024-07-01 08:00:06 | 今昔物語拾い読み ・ その5

      『 強欲な国守 ・ 今昔物語 ( 20 - 36 ) 』


今は昔、
河内の国讃良郡(サララノコオリ)に郡司の男がいた。三宝(仏法僧)を信じて、ひたすら後世のことを恐れていたので、仏の姿を写し奉り、経を書写し奉ったが、長い間供養しないでいたが、晩年となり、一生の貯えを投げ棄てて、吉日を選んで、供養を営むことにした。
そこで、比叡山の[ 欠字。人名が入るが不詳。]阿闍梨という人を、わざわざ招いて講師とした。

やがて、その日となり、法会が始まると、国内の上下の人が聴聞のためにやってきて、市を成すように居並んだ。
壇越(ダンエツ・施主。ここでは郡司のこと。)は高座の近くで合掌してうずくまって坐っている。
講師は声を張り上げて、表白文(ヒョウハクブン・法会の趣旨を記した文。)を読み上げようとした時、この居並んでいる聴聞の者たちが、突然縁側から慌ててばらばらと飛び降りて騒ぎ始めた。
壇越は、「何事だ」と訊ねたが、誰も答えない。講師も[ 欠字。「あきれ」か。]て、しばらく何も言わずにいたが、ほどなく、国守の[ 欠字。人名が入るが不詳。]という人が姿を見せた。国守はたいそう高齢なので、郎等共に抱かれて馬から下ろされ、背負われてやってきた。

縁側に上がり、中央部の部屋に坐ると、「ここで『尊い法会が行われる』と聞いたので、『結縁(ケチエン・仏縁を得て往生の頼りにすること。)しよう』と思ってやってきたのだ」と言って、手を摺り合わせて、講師に向かって、「早く表白を申し上げて下さい」と勧めたので、講師は、「物の道理など分らない田舎者ばかりなので、闇夜などのように(何を説いても張り合いのない例え。)思っていたが、この国守は高齢であり、昔の高僧たちの説法の様子などもよく聞き集めているだろう。また、学才も当代一流の者なのだから、然るべき因縁や譬喩(ヒユ)なども聞いて知っているだろう。されば、この者が聞くからには、知識の限りを尽くして聞かせてやろう」と思って、声を張り上げて、扇を開いて使い、如意(ニョイ・法具の一つ。)を高々と振り上げて、臂をぐっと伸ばし、今まさに説法を始めようとした。

すると、その時、国守は、「この翁は、参拝に来てすっかり疲れてしまった。結縁さえ出来れば十分だ。退出して休息しよう」と言うと、講師のために設けた控え室の方に立って行った。そのため、壇越も説教を聞き終わることなく国守のもとに行った。
講師は、国守も説教を聞くことなく席を立ち、壇越も行ってしまったので、あきれるばかりであった。
「せめて、壇越が戻ってきてから説教を終らせよう」と思って、どうということもないつまらない話をぐだぐだと続けていた。前もって段取りしていた事がみな狂ってしまったので、説教の良し悪しが分る者もいないままに、適当に話していたのである。
それでも、「どれも法文なのだから、功徳にはなるだろう」と思いながらも、情けないことは例えようもない。

国守の前には、食膳など調えられていたので、国守は「まことに結構だ。腹も空いたので頂戴しよう」と言って、酒も二、三杯ばかり呑んだ。そして、壇越に、「この講師は、当代の尊い名僧であられる。布施もいい加減な物であれば恥をかく。そのようなことは、田舎者では分るまい。どのように準備しているのか、出してみよ。包み方も調べてやろう。また、布施はお供の僧たちにも取らせよ」と言ったので壇越は喜び、説教も聞かず罪を得るだろうと心配していたが、守がこう言ってくれたので、嬉しくなり、布施を取り出して、三包み守の前に置いた。
一包みには綾織りの絹三十疋(一疋は反物二反分。)、一包みには八丈絹三十疋、一包みには普通の絹五十疋、いずれもきれいな絹で包んでいた。

守はこれを見て、「とても良く準備されている。そなたは、なかなかの物知りだ。それに、大変な財産家だから、このように準備することが出来たのだろう。ところで、そなたには納めねばならない租税がたくさんある。これらは、その代わりとして我がもらおう。講師には、また取り出して、これと同じように、数が劣らぬように急いで包んで、差し上げるのだ。決して、手を抜いてはならぬぞ」と言うと、「これ、こちらに来て、これを持っていけ」と命じると、郎等二人がやってきて、三包み全部を抱きかかえて持っていった。
そして、守は馬を引き出させ、這い乗って、行ってしまったので、壇越は目も口も開けて、あきれかえって物も言えなかった。しばらくすると、目から大きな涙を雨のように落して、泣くこと限りなかった。そのまま泣き崩れて伏してしまったので、子供や親類などは気の毒がり、それぞれ走り回って、粗末な絹を三十疋ばかり探し集めて、講師への布施とした。

その時、壇越は高座にいる講師のもとに行き、「あのような貧道(ヒンドウ・乞食野郎などと守をののしった言葉。)に功徳を妨げられ、悲しいことです」と言って、大声で泣き叫んだので、講師は説教する気も無くなって、高座から降りて、「どうなさったのです」と訊ねると、泣き入って答えようとしない。
壇越の息子がやってきて、「このような事がございました」と話すと、講師は、「何も嘆かれることはありませんよ。私は布施が無くても、決して不満には思いません。あなたは、すでにご高齢とお見受けします。しかも、貧しい身でありながら長年の貯えをこの法会の費用に充てて、ようやく願いを遂げようとしているところに、突然大悪魔が現れて妨げたというのは、私の功徳の至らぬ結果でもあります。そうだとはいえ、私としては、道心を起こして、真剣に経文を講釈させていただきましたので、『後世の事は、必ず助かる』とお思い下さい。講師の説教が疎かだったので悪魔に妨げられたのでしょう。私への布施の手違いなど、そのようなお話しをお聞きした上は、いただいたのと同じことです。決してお嘆きになることなどありません」と言ったので、壇越は、「そのように仰せ下さることは、嬉しいことでございます」と泣く泣く言った。

講師は、心の内では、「あの国守は、大変な罪を造ったものだ」と思い、京に上って、憎さのあまり、この事を言い広めた。
その後、幾らも経たないうちに、守は死んでしまった。

これを思うに、守は、死後にどれほどの罪を受けるのであろうか。
人は、決して見る物に心を奪われて、このように仏物を盗用してはならない、
となむ語り伝へたるとや。

     ☆   ☆   ☆


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