雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

五月ばかり月もなう

2014-10-08 11:00:52 | 『枕草子』 清少納言さまからの贈り物
          枕草子 第百三十段  五月ばかり月もなう

五月ばかり、月もなう、いと暗きに、
「女房やさぶらひたまふ」
と、声々していへば、
「出でて見よ。例ならずいふは、誰ぞとよ」
と仰せらるれば、
「こは誰ぞ。いとおどろおどろしう、きはやかなるは」
といふ。ものはいはで、御簾をもたげて、そよろとさし入るる、呉竹なりけり。

「おい。此の君にこそ」
といひたるをききて、
「いざいざ、これまづ、殿上にいきて語らむ」
とて、式部卿の宮の源中将・六位どもなど、ありけるは、去ぬ。
         (以下割愛)


五月の頃、月もなく、大変暗い夜、
「女房は詰めておいでですか」
と、男たちが口々に言うので、
「出てみなさい。いつになく案内を乞うのは、誰が目当てなのか」
と中宮様が仰せになるので、私は、
「これはどなたですか。ずいぶん大袈裟に、大声をお出しになるのは」
と尋ねました。先方は何も言わないで、御簾を持ち上げて、さらさらと音を立てて差し込んだのは、呉竹だったのです。


「おや。此の君でございましたか」
と私が言うのを聞いて、
「さあさあ、このことをまず、殿上の間に行って話そう」
ということで、式部卿の宮の源中将(源頼定。村上帝の皇子為平親王の二男)や六位の蔵人たちなど、そこにいた人たちは去りました。


ただ、頭弁(藤原行成。前段より一年ほど前か)は、お残りになられました。
「連中は、妙な具合で帰っていったものですなあ。『清涼殿の御前の竹を折って、歌を詠もう』ということで、竹を折ってきたのですが、『どうせ歌を詠むのなら、職の御曹司へ伺って中宮様の女房などを呼び出して詠もう』と、竹を持ってきたのですが、呉竹の異名(晋書の王徽之伝に由来する)を、すばやく言われたので帰っていったのは気の毒なことですよ。あなたは誰の教えを聞いて、普通は、人が知りそうもない文句を言うのでしょうかなあ」
などと、言われますので、
「竹の異名だなんて知りませんでしたよ。『失礼だ』などと、皆さんお思いになったのでしょうか」
と申し上げますと、
「なるほど。あなたは知らないでしょうね」
などと言われる。
(竹を「此の君」とした故事を清少納言が知らなかったはずはなく、また、行成もそれを承知の上でとぼけている受け答えである)


事務的な要件などを打ち合わせながら、私と座っていらっしゃると、
「種(ウ)えて此の君と称す」
と吟誦しながら、先程引き上げた殿上人たちが集まってきましたので、行成殿が、
「殿上の間で約束した目的も果たさないで、『どうしてお帰りになったのか』と不思議に思っていましたよ」
と仰いますと、
「あんな言葉をいただくと、どう返事をすればいいでしょうか。下手な返答は返ってまずいでしょう。殿上人の間でもこの話で大騒ぎでしたよ。天皇もお聞きになられて、大変興味をお持ちでございましたよ」
とお話される。
行成殿も一緒になって、先程と同じ言葉を繰り返し繰り返し吟誦なされ、大変興味深いので、女房たちも皆それぞれに殿上人たちと夜通し語り合ったうえに、帰る時になっても、殿上人たちはなお同じ言葉を声を合わせて吟誦して、その声は左衛門の陣に入るまで聞こえていました。


翌朝、大変早くに、少納言の命婦というお方が、天皇の御手紙を中宮様に持参されました時に、「此の君」のことなどを申し上げたらしく、自室に下がっていました私をお呼びになられて、
「そのようなことがあったのか」
と、お尋ねになられましたので、
「存じません。『此の君』の意味など知らなかったのですが、行成の朝臣が、うまく取り繕ったのでございましょう」
と申し上げますと、
「取り繕うといってもねえ」
と言って、にこにこされておられます。
お仕えする女房の誰のことであっても、
「殿上人が褒めていた」
などとお耳にされることを、そして、そのように評判にされる女房のことも、お喜びになれるのが、とてもすばらしいのです。



本段も、少納言さまのご自慢話といえばそれまでなのですが、『此の君』の出来事からも、少納言さまが相当の才媛であったことがよく分かります。
同時に、その知識を隠そうとしているあたりは、取りようによっては嫌みに見えるかもしれませんが、当時の女性にとって、漢文や漢詩の素養は正当に評価されず、むしろ非難を受ける風潮にあったのも事実のようなのです。
また、最後の部分の中宮の様子ですが、中宮定子の性格のすばらしさがよく伝わってきますし、少納言さまが敬愛してやまない人柄の一端がよく描写されていると思われます。







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