雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第四十八回

2015-07-12 09:25:53 | 二条の姫君  第二章
               第二章 ( 六 )


正月からの大騒ぎは一段落し、いつしか三月になりました。
三月は、いつもの後白河院追善の御八講の行われる時分でございます。
かつて行われていた六条殿長講堂は焼失しておりますので、正親町殿の長講堂で行われました。
その結願の十三日に御所さまの御幸がございましたが、その間にお参りになられた方がありました。御所さまの異母弟であられる仁和寺の性助(ショウジョ)法親王でございます。

「還御をお待ち申し上げよう」
と仰って、そのままおいでになっていて、二棟の廊にいらっしゃいました。
姫さまがお目にかかられまして、
「ほどなく還御でございます」
とご案内申し上げて帰ろうとしますと、
「しばらくそこにおいでなさい」
と仰るのです。姫さまは、何の御用かとも思われましたが、そわそわとして逃げ出さなければならないようなお人柄ではありませんので、そのまま伺候することになりました。

特別なお話があるわけではないのですが、いつしか昔話をなされ、
「故大納言がいつも申されていたことも忘れられない」
などと申されるのが姫さまにはとても懐かしく、緊張していた気持ちも緩みうちとけて対坐していますと、何としたことでしょうか、思いがけないことに姫さまに好意を持っているなどと話しだしたそうでございます。

「私の気持ちを、御仏は邪念のある勤行だとお思いであろうと、気が咎めるのだが」
などと仰るものですから、姫さまには全く意外なお話なので、何とか話題をそらしてその場を立ち退こうとしましたが、その袖をさえ引きとどめて、
「どのようなわずかな隙にでも、ほんの少しばかりでも逢おうと、せめて期待を持たせて欲しい」
とまで言われるのです。
嘘偽りではないように見えるお袖の涙が煩わしく感じられたちょうどその時、「還御」という声があり、人々がざわつき始めたのを潮に、姫さまはお袖を振り切って立ち去ることが出来たそうでございます。

意外なことながら、今のことはわけの分からない夢だと思えばよいのかなどと姫さまが考えていますと、御所さまはこの性助法親王とご対面になって、「久し振りだから」などと言って、お酒をお勧めになられたのです。
当然姫さまは、その配膳を勤めることとなり、つい先ほどのお話や、性助法親王の心の内や、はたまた御所さまは何かを感じておられるのだろうかなどと考えてしまったそうです。
そして、姫さまは、この時はまだ、そのようなことを考えているご自分が可笑しかっただけなのでした。

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