雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百十九回

2015-08-05 11:12:19 | 二条の姫君  第四章
          第四章  ( 七 )

明ければ、いよいよ鎌倉に入りました。
最初に、極楽寺という寺に参詣いたしました。僧の振る舞いは都と違わず、とても懐かしい感じがします。
化粧坂(ケワイザカ)という山を越えて鎌倉の方角を眺めますと、東山で京を見るのとは全く違っていて、まるで階段のように家々が重なっていて、袋の中に物を入れたかのように狭苦しく住んでいる有様は、とてもみじめに見えて、思い描いたものとは違い、姫さまは少しがっかりされたご様子でした。

由比ヶ浜という所に出て見渡してみますと、大きな鳥居が見えました。若宮の御社も遥かに見えています。
八幡の御神は、「他の氏よりは源氏の者を守護する」とお誓いになったということですが、大きな因縁のもとに八幡の御神に護られるべき御家にお生まれになられた姫さまでございますが、この苦しい旅路の途上であるだけに、「いかなる前世の報いなのか」などと申されるのです。

しかしながら、そのような弱気なお言葉に続けて、姫さまの御父上である故大納言殿の後生の生まれます所が極楽であるように誓願なされましたときに、「今生のそなたの果報に代えて聞き遂げよう」との御託宣を受けているのでした、と微笑まれるのでした。
ですから、八幡の御神をお恨みする心などございませんし、たとえ物乞いをして歩くとしても、それを嘆いていてはならないのですよ、と供の者に話されましたが、ご自身に言い聞かせておられたのでございましょう。
また、「小野小町も衣通姫(ソトオリヒメ)の流れを引く女性だということだが、粗末な竹籠をひじに掛け、蓑を腰に巻いているという、その身の果てはみじめな有様であったというが、私ほど思い悩んだのだろうか」などと、姫さまは珍しく愚痴をこぼされました。

様々な思いを振り払うようにして、まずは御社に参詣なさいました。
鶴岡八幡宮の鎮座まします場所の有様は、石清水男山八幡宮の景色よりも、海が望めるあたりが素晴らしいと言えましょう。
色とりどりの直垂(ヒタタレ・武家の常服)で参詣し下向しているのも、男山八幡宮とは、ずいぶん様子が違います。
さらに、荏柄天神、二階堂、大御堂などという所をあちらこちらと参拝して回りました。

大倉の谷(ヤツ)という所に、小町殿といって鎌倉将軍維康親王にお仕えしている人は、姫さまとは、またいとこにあたる土御門定実殿の縁者なので、連絡を取っておりましたところ、「たいへん思いがけないことです」とのご返事があり、「ぜひとも私の所へおいでください」と言ってくださっていましたが、姫さまはお気が進まない様子でしたので、その近くに宿をとることにしました。
そのことをお知りになった小町殿は、「ご不便でしょうから」と再三お誘いくださいましたので、姫さまもようやくそのつもりになられ、旅の疲れをしばらく癒すことといたしました。

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