雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

猿の宿願 ・ 今昔物語 ( 14 - 6 )

2020-02-29 15:20:17 | 今昔物語拾い読み ・ その4

          猿の宿願 ・ 今昔物語 ( 14 - 6 )

今は昔、
越後の国三島の郡に国寺(クニテラ・正しくは乙寺(キノトデラ)が正しい。誤記されたものらしい。)という寺があった。
その寺に一人の僧が住んでいて、昼夜法華経を読誦することを仕事として、他のことは何もしなかった。

さて、いつの頃からか、二匹の猿がやって来て、お堂の前にある木に座って、この僧が法華経を読誦するのを聞くようになった。猿たちは、朝にやって来て、夕方には帰っていく。
このようにして三か月ばかり過ぎたが、毎日欠かさずやって来て、同じように、木に登って聞いている。僧は、これを不思議なことと思って、猿のもとに近付き、猿に向かっていった。「これ猿よ。お前たちは何か月もこのようにやって来て、この木に登って、法華経を読誦するのを聞いている。もしかすると、法華経を読誦したいと思っているのか」と。
猿は僧に向かって頭を横に振って、否定している様子である。
僧はまた言った。「それでは、経を書写したいと思っているのか」と。
すると、猿は喜んでいる様子をみせた。僧はその様子を見て、「お前たちが、経を書写したいと思っているのであれば、私がお前たちのために経を書写してやろう」と言った。猿はこれを聞いて、口を動かし、さらに[ 欠字あるも不詳。]て喜んでいる様子で、木から下りて帰っていった。

それから、五、六日した頃、数百匹の猿が、それぞれ皆何か物を背負ってやってきて、僧の前に置いた。見てみると、木の皮をたくさん剥ぎ集めて、持ってきたのである。僧はそれを見て、「この前言った写経のための紙を漉(ス)けということらしい」と感じ取って、奇妙なことだと思いながらも、たいそう尊いことだと思った。
それから、その木の皮をもって紙を漉き、吉日を選んで法華経を書き始めた。すると、書き始めた日からずっと、この二匹の猿は毎日欠かさずやって来た。ある時には、山芋や野老(トコロ・山芋の仲間?)を掘って持ってきた。ある時には、栗、柿、梨、ナツメなどを持ってきて僧に与えた。僧はその様子を見て、ますます「奇妙なことだ」と思った。

やがて、この経の第五巻を書き奉る時になったが、この二匹の猿が二、三日姿を見せなかった。
「何かあったのか」と僧は怪しく思い、寺の近辺に出て、山林を廻って見ると、あの二匹の猿は、林の中に山芋をたくさん掘り置いて、その土の穴に頭を突っ込んで、二匹とも同じように倒れて死んでいた。僧はこれを見て、涙を流して泣き悲しみ、猿の屍(シカバネ)に向かって、法華経を読誦し念仏を唱えて、猿の後生を弔ったのである。
その後、猿のために始めた法華経は書き終えず、仏の御前の柱を刻んで、その中に込めて置いた。そして、その後四十余年が過ぎた。

その頃、藤原子高朝臣(越後守などを歴任し、従四位まで上った人物。)という人が、承平四年(934)という年、この国の守となって下ってきた。国府に着任した後、まだ神事も行わず、政務も始めない前に、まず夫婦そろって三島郡にやって来た。
従者も国府の役人も、「どういうわけで、この郡に急いでやって来たのか」と不思議に思っていると、守は国寺に参詣した。そして、住持の僧を召し出して尋ねられた。「もしかすると、この寺に書き終えていない法華経はございませんか」と。僧たちは驚いて捜したが、見つからなかった。

すると、あの経を書いた持経者が年は八十余りで、老耄の様子ながらまだ生きていて、その者が出てきて守に申し上げた。「昔、私がまだ若かりし頃、二匹の猿がやって来て、これこれの次第で私に書かせた法華経がございます」と。そして、昔のことを詳しく語った。
これを聞いて、守はたいそう喜んで、老僧に礼拝して、「速やかにその経を取り出してください。私たちは、その経を書き終えさせていただくために、人間界に生まれて、この国の守に任じられたのです。その二匹の猿というのは、今の私たちがそうなのです。前世において、猿の身に生まれ、持経者が読誦なさいました法華経を聞かせていただいたおかげによって、信仰心を起こして、法華経を書写しようと思っておりましたが、聖人のお力によって法華経を書写することが出来ました。されば、私たちは聖人の弟子なのです。心から尊び敬い申します。私がこの国の守に任じられたことも、いい加減な縁ではありません。極めて有り得ないようなことですが、それもひとえにこの経を書き終わらせたいためなのです。願わくば聖人様、速やかにこの経を書き終わらせて、私の願いを遂げさせてください」と言った。
老僧はこれを聞いて、雨のように涙を流した。そして、すぐさま経を取り出して、心をこめて書き上げた。
守もまた、別に三千部の法華経を書き奉って、老僧の経に添えて、一日の法会を営んで、作法通りに供養し奉った。

老僧は、この経を書き奉った功徳により浄土に生まれ変わった。二匹の猿は、法華経を聞くことによって法華経を書写する願を立て、猿の身を棄てて人間界に生まれ、国司に任じられた。そして、夫婦ともに宿願を果たし、法華経を書写し奉ることが出来た。
その後も、道心を起こし、いっそう善根を修めた。

まことにこれは稀有のことである。畜生の身であるといえども、深い信仰心を起こしたことにより、このように宿願を遂げることが出来たのである。
世間の人々は、この事を知って、深い信仰心を起こさなければならない、
となむ語り伝へたるとや。

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