どんな
生き方を
したとしても
死ねば全ては終わりだと
言う人達がいます。
確かに その通りです。
あなたが死ねば
あなたが例え どんなに
立派な生き方を して来て
いたとしても
或いは
その逆に あなたが
どんなに好い加減な生き方を
していたとしても それら
全ては無に帰してしまいます。
けれども
それは あなたの
表面の姿だけを見て
あなたが生きた場合の話しです。
あなたには
内面の表面に見えていた
生き方の場所しか無い訳ではなく
更に深い場所が存在しています。
その
あなたの内面の
表面の生き方に目を向けて
生きるだけで終わる人もいれば
もっと深い
あなたの内面の
場所までを見破ってしまい
その場所までの
あなたの内面全体に
目を向けてしまい生きる事も
出来ます。
あなたの
内面の奥深い場所は
あなたの内面の表面に
見えていた生き方などは
全く見えない場所です。
そこには
あなたの生き方も、
お天気の様にクルクルと回り
移り変わる あなたの思考も
或いは あなたの激しい感情の動きも
全く見えませんし有りません。
あなたが
死んでからではなく
今 生きている この最中にも
既に何もかもの全てが無くなっていて
そればかりか
新たな生が 次々と誕生していて
何一つとして その場に留まれる物など無い位に
絶対的な深い無の場所が あなたの中に有ります。
本当は
あなたは その場所にも
同時に生きているのですが
表面の派手な動きに目を奪われて
しまっていて あなたの深い場所まで
目を向ける事が出来ないだけの話しなのです。
勿論 その他にも
理由は幾つか有ります。
まだ深い場所を
見つめる事の出来る
感受性が開いていないとか
自分に
何処までも
正直に成る事が
出来ていないとか
けれど
あなたは確かに
奥深い場所の”生”も
同時に生きているのです。
その何処に
目を向ける事が
出来ているかで
あなたの生きる姿勢や
生きる場所や形態も変わります。
そして
あなた自身の楽さや
過酷さも違って来ます
表面に
目を向けたままで
生きる事や その途中の
多くの思考や 感情の中を
生きる事も 過酷で 厳しい
人生に成りますし
それらは あなたに
かなりの心理的なダメージを
与えてしまいます。
そして
驚く事に
一番過酷の様に
見えている あなたの中の
最も深い場所に有る 何一つとして
見えない 絶対的な無の中を生きる事の方が
ずっと楽チンなのです。
何故なら
新鮮な無は常に
あなたに活き活きとした
生を与えてくれるからです
更に あなたの
最後の死に際してでも
その場所に生きる あなたが
死によって奪われてしまうものは
何一つとして無いのです。
元々
何一つとして
無かった場所に
毎日、毎日 あなたが
降り立つ事で いつも身軽で
何一つとして持ち込んでなどいない
現実の
あなた自身の姿を
あなたが受け容れながら生きて行く道も
あなたには有るのだと言う事を
どうか忘れないで下さい。
別に あなたが
死んでから 初めて
何もかもが無くなるのではなく
実際には いつも常に何もかもが
無くなってしまっているのが
私達の真実の姿であり真理です。
そして私達には
いつでも私達の決断一つで
真実と共に生き 真理の中を
生きる事が出来るのです。
そこまで
見通す事が
あなたにも出来れば
死さえも あなたの脅威では無くなり
深い恐怖と絶望とを齎すものでは
無くなってしまいます。
あなたの
心の見つめ方の
手助けが出来ます。
誰も知らない楽な生き方
絶望から あなたを救い出し
生きる上での大きなヒントを与える
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