りなりあ

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指先の記憶 第二章-6-

2008-10-22 18:25:27 | 指先の記憶 第二章

「買物?」
急いで買物をしていた私の焦る気持ちは、弘先輩の穏やかな声に消えていく。

「はい。夕食の買物です。」
こんなに元気な声を出す私を、須賀君と絵里さんが見たら、冷たい視線を向けられそうだ。

「そういえば姫野さん1人暮らしだったね。自分で作っているんだ?
凄いね。」
須賀君が作ってますなんて、言えないし、言いたくないかも。
「このチョコ買うの?新発売だよ。どうぞ。」
弘先輩がチョコの箱を差し出してくれる。
「あ、りがとうございます。えーっと、新発売だし、どんなかなぁ、と思って。」
満面の笑顔で勧められると、喜んで受け取るのが正しい気がして、ちょっと困る。
「美味しそうだよ。僕も買おうと思っているんだ。それとも一緒に食べる?」
違う意味で、私の気持ちが焦りだす。
「そ、そうですね。か、買ってみようかな。」
答えながら弘先輩の買い物籠を見て、私は思わず一歩下がった。
「ひ、弘先輩。連休にどこかに旅行、ですか?」
弘先輩が持っている籠には、お菓子が山盛りに入っていて、凄い光景だった。
「あ…これ?頼まれた買物。僕が全部食べるわけじゃないよ?姫野さんは、連休はどうするの?僕は」
「あの、弘先輩?」
「なに?」
ご機嫌っぽい?
今日の部活では、眠そうで面白くなさそうでボンヤリとしていたけれど。
「チョコ、貰って良いですか?」
「はい。どうぞ。」
弘先輩が再び差し出してくれたチョコの箱を受け取って、自分の籠に入れた。
あの本を手に取る事が出来なかった日を思いだす。
「これぐらいで大丈夫かな?姫野さんは、まだ買物あるの?」
「いえ、終わり、ました。」
「じゃあ、一緒にレジに行こうか?」
“一緒”という単語を、あまり聞かせないで欲しい。
会計を終えて、スーパーから出て、弘先輩とは方向が逆だから挨拶をしようと思ったのに。
「一緒に帰ろうか。姫野さん。」
絵里さんに言われたように、身だしなみをきちんと整えておけば、弘先輩の好意を素直に喜べたのに。
「えぇっと、方向逆、ですよね?私、こっちですから。」
「送って行くよ。もうすぐ暗くなるから。」
須賀君が待っているから、早足で帰るべきなのに。
でも、須賀君が怒るのは、暗い道を1人で歩くからだよね?
弘先輩に送ってもらったと言えば…許してくれる、かな?

◇◇◇


「…階段。」

自宅へと続く階段の前に来た時、弘先輩が階段を見上げて呟いた。

「弘先輩、ありがとうございました。」
「姫野さんの家…この上?」
「はい。向こうから坂道もあるけれど、いつも、こっちです。」
「大変だね。」
「慣れてます。子どもの時からですから。」
弘先輩が階段を上ろうとする。
「弘先輩、ここで大丈夫です。」
「…ここ。」
「はい?」
「上に…広場、ある?」
「はい。今は使われていませんけれど。中には入れないし。広場と言うか森と言うか、そんな感じになってます。」
「小さい時、遊んだかも。」
「そうですよね。私も小さい時は遊具で遊んだ記憶があります。」
不思議だった。
近所なのだから不思議ではないかもしれないけれど、幼い時、同じ場所を遊び場にしていたのが不思議だった。
「久しぶりだから、上ってみてもいい?」
「でも、“広場”には入れませんよ?」
弘先輩は止める私の言葉を聞かずに、階段を上っていく。
そんな弘先輩の後ろ姿を見ながら、私も階段を上り、家まで送ってもらうのが嬉しくて、少しでも長く一緒にいられる事が嬉しくて。
そして、肝心の事を忘れていた。
家の門を開けて、ここまで来たのだから家に招くべきなのか?と考えて、私の自宅に須賀君がいる可能性を考えていた時。
「遅い!」
須賀君の声とともに、玄関の扉がガラガラと音を立てて中から開けられる。
「姫野!雅司と一緒に昼寝してから、どれだけウロウロ」
そして、扉がガラガラと閉められた。



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