りなりあ

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約束を抱いて-38

2006-11-14 09:43:12 | 約束を抱いて 第一章

祖母に呼ばれて1階に降りた優輝は、ダイニングの隣にある和室で座っているむつみを見て、驚いた。
「学校のノートを持ってきてくれたらしいよ。」
祖母が和室から出て行くと、優輝は入り口付近に立ったまま小さな声で言った。
「どうして斉藤さんがいるんだよ。」
「ノートを持って来たの。」
それは、祖母が言っていたから分かっている。何故、むつみが来たのかを優輝は知りたかった。クラスメイトは他にも大勢いるのに。
「帰れよ。」
小さな声だが、荒れた声がむつみに投げかけられたが、むつみはピクリとも動かず、そのまま座り続けている。
優輝は、祖母が出て行った方の襖を開ける。既に祖母はダイニングにおらず、優輝は冷蔵庫を開けた。
ミネラルウォーターを取り出して、口に含む。
既に夕方なのに、朝から一歩も外に出ていない。具合が悪いわけではないけれど、体を動かしていない優輝は、妙な体の重さと頭痛を感じていた。
「優輝君、顔色悪いけれど具合が悪いの?」
尋ねるむつみの声が耳に障る。
「ノートはコピーしてあるから、置いていくね。」
優輝が和室を見ると、立ち上がろうとしている彼女と目が合った。
「あの…みんな、心配してるわ。」
「よく平気でそんなことが言えるな。」
優輝は空になったペットボトルをシンクへと放り投げた。その音に驚いたむつみが、再び座ってしまう。
「誰のせいで、こんな事になったんだよ。俺は転校して、全部やり直すつもりだったんだ。それなのに、どうして斉藤さんがいるんだよ。余計な事ばかりして俺を縛りつける。テニスをやめようが続けようが俺の勝手だろう?よく平気で来れるな?」
むつみは何も悪くない、そんな事は優輝だって充分に分かっていた。
「ご、ごめんなさい。」
むつみの瞳が揺れる。溜まった涙が溢れそうになるのを見て、優輝は、泣けばいい、そう思っていた。
「…ごめんなさい。」
優輝は分かった気がした。
幼い頃から妬まれるのが嫌だった。自分はただテニスが好きなだけ。晴己に教えてもらうのが好きなだけ。それだけなのに、同級生や先輩から妬まれてきた。妬む人達の気持ちが分からなかったが、今なら分かる。
晴己の気持ちを受けている“存在”というものは、限りなく鬱陶しい。
「晴己さんは、やめればいい、そう言ったよ。」
きっと晴己なら、今のむつみを抱きしめる。何度も見てきた光景に、優輝の心は乱れていく。
「…はる兄が?」
むつみの声に優輝は苛々する。彼女の発音する“はる兄”という言葉には愛情が含まれていて、その響きを聞くのが嫌だった。
「晴己さんは、捻挫が治った事を証明する為に、俺を試合に出させようとした。どうして、俺がそんな事をしなきゃならないんだ?」
自分が試合に出る事で、むつみが安心してくれるのなら、優輝自身がそう思っていたのは事実だ。晴己が何も言わずに放っておいてくれれば、素直に試合に出て勝つ事を選んだのに。だけど、最初に決断した時よりも、状況は複雑になってきている。
「俺は晴己さんの代わりじゃない。」
初めて会った時、むつみが自分の向こうに晴己を見ていたのかと思うと、怒りに似た感情が沸き起こってしまう。
『テニスが、はる兄と似ていたから。』
以前、この家の廊下でむつみが言った言葉が頭から離れない。確かに自分は晴己を目標にしていたし、彼のようになりたいと思っていた。だけど、むつみから、そんな言葉は聞きたくなかった。

「帰れ。」
ゆっくりと言った優輝の声に、むつみがビクリとして、怯えた瞳を向ける。

優輝は苛々としていた。
絵里の気持ちが分かる気がした。
『あの子の全ては新堂晴己に支配されているのよ。見ていると苛々する。』
絵里がむつみを叩いたように、同じ事をしたいと思うわけではないが、目の前にいる存在が自分の気持ちを乱していくのは事実だ。感じた事のない知らない感情が自分を支配していくようで、優輝はむつみに言葉を投げ続ける。
絵里が言った言葉を。
「鬱陶しいんだ。目障りなんだよ。帰れよ。」
その言葉は優輝自身の心にも突き刺さった。



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